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抱き締めても良いですか?
30-2
しおりを挟む「この子は、桃ノ木家へ連れて行きます」
「どうして!? 病院じゃないんですか!?」
「平田先生! 俺も桃ノ木家に賛成!」
「でも、お前!」
「この子にとって、相性の良いαがいます。真澄のα性はもう、開花している。今度はあの子が、愛歩君を助ける番だから」
小走りに駆け寄ってきた浩介の手を取った。まだ、少し震えている。
「お願い、浩介君。愛歩君を助けたい」
「はい」
「車、取ってきて。真澄にはもう、連絡してる」
「承知しました」
長身が走って行く。その背中を見送りながら、愛歩の手を取った。脈がかなり速い。あまり時間をかけてはいられない。
「今の愛歩君のヒートは、犯人による薬の影響です。熱を発散すればすぐに収まります」
「発散って……この子、まだ高校生ですよ!?」
「意識があれば自分でさせます。長引けば危険なことはご存じでしょう? これは医師としての判断と、個人的な判断の両方ですが、愛歩君もきっと、真澄のことを……」
「めっちゃ好きだから! 先生、俺が保証する!」
「……お前が、知っている人か?」
「会ったことはないけど、愛歩が毎日自慢してる。ふわふわしてて可愛いんだって」
「そう、真澄は可愛い! そして、これだけは約束します。あの子は、愛歩君の意思を無視したりはしない」
浩介が車を取ってきた。後部座席のドアを開けている。
「どうか、学校側には善処をお願いしたい。薬の影響が切れれば、戻りますから。突発的にヒートになったりはしません」
「……言われずとも、全員揃って卒業させます。田津原を、お願いします。もし、田津原に何かあれば、黙っていませんから」
「もちろんです」
浩介が愛歩をそっと抱き上げている。震えている体を刺激しないよう、静かに後部座席に寝かせた。
「では、送ってきます」
「お願いするね。私は暫くあっちに集中するから。ちゃんと琴南さんに甘えるんだよ?」
「……はい」
頷いた浩介が車を出した。見送った後、待っていた救急車へ向かう。
「琴南さん!」
乗りこむ前に声を掛けた。ヒートで近づけない慎二が私を見ている。
「浩介君、お願いします! 受け止めて下さい!」
「はい!」
力強い返事に安心し、救急車に乗りこんだ。拘束も兼ねて担架に固定されている。応急処置をされた碕山は、意識を取り戻していた。
「病棟へ入れる前に、Ωがいないか再度確認すること! 患者さんが出てきてないことも確認して」
「はい!」
「Ω病棟で宜しいのですか?」
「Ωを苦しめるヒートを起こしてるんだ。一般病棟へは連れて行けない」
眼鏡越しに碕山を見下ろせば、彼も私を見上げている。睨まれている。何か言いたそうにしているけれど、顎が割れているから話せないでいる。
自分で薬を吸った割に、意識がはっきしている。何度も吸っているから慣れているのだろう。ならば愛歩ほど、状態を気にしなくて大丈夫そうだ。脈拍もそれほど速まってはいない。
桃ノ木病院へ到着した救急車から、病棟内の状況を確認後、碕山を運び入れた。後ろからついてきていたパトカーから警察官が二人降りてくる。応援の警察官も後ほど来ることを告げられた。
「怪我の具合はどうでしょうか?」
「見た目は酷いですが、命にかかわることはありません。まずはこのヒートを自分で発散してもらわないことには手術ができませんから」
Ω病棟の一番奥の部屋に碕山を運んだ。ベッドに寝かせ、見下ろす私に、痛む顎を押して口を開けている。
「このままに……する……つもりか?」
「ご自分で蒔いた種でしょう。ヒートが終わったら連絡を。安全が確保されたら一般病棟へ移し、手術に入りますので」
「ふざ……けるな! つぶされ……たんだぞ!?」
「ぬるいこと言ってんじゃないよ」
掛けていた眼鏡を外した。開けていたドアから警察官が見張っている。
「医者が聖人君子だとでも思ってるのか? できることならお前に被害者と同じ思いをさせてやりたい」
「……されなくても……しってる! あいつらの、おやと、こいびとが……おれに……!」
「被害者のΩは、お前とは無関係だったはずだ。お前が誰を恨んでいるかなんて興味はないが、少なくとも、あの人達には襲われて良い理由なんて無い。絶対にな」
私を睨みつけている碕山に告げた。
「言っておくが、私の家族に手を出す者は誰であれ許さない。あの子に万が一があれば、お前をとことん追い詰める」
冷ややかに見下ろすと、碕山が口を噤んだ。
「傷が痛むならさっさとヒートを終わらせろ。手術はする、医者して、な」
外していた眼鏡を掛けると部屋を出た。ドアを閉めてしまう。
「あの……」
「ヒートが終わるまで、こちらは手を出せません。意識の混濁は見られませんし、何度も薬を使って慣れているようなので、問題はありません」
言い切る私に、警察官二人が顔を見合わせている。ヒートが終わらないと動けない、それは二人も分かっているだろう。ドアの前に立っている。
「窓開けて! 患者さんにはもう少し待ってもらって」
βの看護師達が慌ただしく窓を開けていく。もう、誰もこんな酷いヒートにはさせない。苦しいだけのヒートなんて。
「碕山が薬をどこで入手したのか、調べはつきましたか?」
「いえ。まだ捜査の途中です」
「二度と、世に出したくないものですから。捜査は迅速にお願いします」
数時間は終わらないだろうから、一度、Ω病棟の事務所へ向かった。一般病棟から来て貰っているスタッフをねぎらいにいく。
「皆、ありがとう」
「院長代理、少し休んで下さい。顔色が悪いですよ」
「ちょっと心配でね」
愛歩のヒートを、真澄が上手く受け止められるだろうか。
どうか愛歩の意識が戻り、いつものように憎まれ口を叩いてくれますようにと願った。
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