86 / 152
抱き締めても良いですか?
27.白か 黒か
しおりを挟む早朝に、浩介から電話が掛かってきた。愛歩を迎えに行くため早めに身支度を整えながら出ると、いつもの浩介の声だった。
[おはようございます、桃ノ木様」
「おはよう。熱、下がったの?」
[はい。問題ありません。田津原様の送迎は私が行います]
ハキハキとした話しぶりに、本当に熱が下がったのだと分かった。
ということは。
「琴南さんと過ごせたんだね」
[はい。あの人に治して頂きました]
[お前……! そう言うことは言わなくて良いんだよ!]
[……そう、なのですか?]
[そうなの!]
電話の向こうで軽く揉めている。茜が私のネクタイを締めてくれているのに笑いかけた。
「昨日、ラブラブだったみたい」
「そうなんですか? 怪我が治るまではってあんなに頑なだったのに」
「良い傾向だよ。熱が下がってくれたのはありがたい」
昨日の慎二からのメールによれば、今、入院している碕山は犯人に近い人物だ。できれば茜と一緒に出勤したい。彼をもう、一人にはできない。
[桃ノ木様、失礼しました]
「いいよ、いいよ。詳しくは聞かないから! それより、愛歩君、お願いね」
[はい。桃ノ木様、寺島様、くれぐれもご用心を]
「うん、警戒は緩めない」
愛歩は浩介に任せ、通話を切った。私を見つめていた茜の柔らかい髪を撫でてあげた。
「良かった。茜さんの側に居られる」
「……あの人、本当に犯人なんですか?」
「警察はほぼ、確定してるみたい。絶対に、一人では会わないで」
「はい」
身支度を済ませると、二人揃って出勤した。一度、執務室へ寄り、診察時間が来るまでコーヒーを飲んでまったりしていた私達に内線がかかる。
碕山陸人のヒートが終わったと連絡が入った。出しても良いのかと問われ、まだ鍵を開けず病室で待っていてもらうよう伝えた。
「おかしいな。茜さんでも、ヒートは四日は続いたよね?」
「はい。三日は早すぎです」
救急車で運ばれてきた男Ωの碕山陸人は、運ばれてきて三日目でヒートが終わったという。不定期だった茜でも、四、五日はかかっていた。慣れたΩは平均的に五日で終わるけれど、三日で終わるΩはほとんど見ない。
それも、今朝ではなく、夜中に終わったと連絡が入ったそうだ。判断がつかず、朝まで待ってもらってからの連絡だった。
極端に短いのは何故だろう。
少し緊張している茜の肩を抱き、赤い唇にキスをした。
「私も一緒に居るから」
「……はい」
診療時間になり、茜は白衣を身にまとっている。私もまとうと、二人でΩ病棟へ向かった。茜は診察室に入ると深呼吸をしている。私は後ろの処置室の方で待機した。
碕山を呼ぶよう伝える。入ってきた碕山は、確かにヒートが終わっていた。
碕山は、限りなく黒に近いグレー。
警察が証拠固めに動いている男Ω。
処置室からそっと診察室を覗いた。距離をとって二人は座っている。
「いつも短いんですか?」
「ええ。もう、歳ですしね」
少しやつれた碕山を観察した。自嘲気味に笑っている。
「番候補は居なかったんですか?」
「……居ましたよ。居ましたけど……居なくなりました」
溜息まじりに俯いている。じっと虚空を見つめている。
「男Ωを馬鹿にしていたけど、他のβと一緒になっても良いっていう条件で番になってくれる約束でした。でも、別のΩのヒートに当てられて、精神崩壊寸前までいって入院したんですよ」
そしてそれから会えていないと言う。三十歳になっても番が見つからなかった碕山は、仕事も長続きせず転々としているという。
「先生は綺麗ですね。あなたくらい綺麗なら、番が見つかったかな」
「男性が好きなαも居ますから。きっと見つかりますよ」
「……もう、どうだっていいです。今更、番なんていらないですしね」
碕山はじっと茜を見つめている。ヒート中、剃らなかった無精髭を撫でている。
「先生は、誰かを抱いて見たいと思ったことはありませんか?」
「……ありません」
「へ~。俺はβと付き合ったこと、ありますよ。Ωじゃなきゃ、今頃結婚、できてたかな」
「βでも、理解がある方なら……」
「ある訳ないでしょ。俺がΩだと分かると、すぐに逃げていきましたよ」
低い声で話す碕山に茜の顔が強ばっている。距離を詰めようとした碕山に危険を感じ、診察室へと入っていった。
0
お気に入りに追加
342
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
貢がせて、ハニー!
わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。
隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。
社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。
※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8)
■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました!
■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。
■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる