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抱き締めても良いですか?
27.白か 黒か
しおりを挟む早朝に、浩介から電話が掛かってきた。愛歩を迎えに行くため早めに身支度を整えながら出ると、いつもの浩介の声だった。
[おはようございます、桃ノ木様」
「おはよう。熱、下がったの?」
[はい。問題ありません。田津原様の送迎は私が行います]
ハキハキとした話しぶりに、本当に熱が下がったのだと分かった。
ということは。
「琴南さんと過ごせたんだね」
[はい。あの人に治して頂きました]
[お前……! そう言うことは言わなくて良いんだよ!]
[……そう、なのですか?]
[そうなの!]
電話の向こうで軽く揉めている。茜が私のネクタイを締めてくれているのに笑いかけた。
「昨日、ラブラブだったみたい」
「そうなんですか? 怪我が治るまではってあんなに頑なだったのに」
「良い傾向だよ。熱が下がってくれたのはありがたい」
昨日の慎二からのメールによれば、今、入院している碕山は犯人に近い人物だ。できれば茜と一緒に出勤したい。彼をもう、一人にはできない。
[桃ノ木様、失礼しました]
「いいよ、いいよ。詳しくは聞かないから! それより、愛歩君、お願いね」
[はい。桃ノ木様、寺島様、くれぐれもご用心を]
「うん、警戒は緩めない」
愛歩は浩介に任せ、通話を切った。私を見つめていた茜の柔らかい髪を撫でてあげた。
「良かった。茜さんの側に居られる」
「……あの人、本当に犯人なんですか?」
「警察はほぼ、確定してるみたい。絶対に、一人では会わないで」
「はい」
身支度を済ませると、二人揃って出勤した。一度、執務室へ寄り、診察時間が来るまでコーヒーを飲んでまったりしていた私達に内線がかかる。
碕山陸人のヒートが終わったと連絡が入った。出しても良いのかと問われ、まだ鍵を開けず病室で待っていてもらうよう伝えた。
「おかしいな。茜さんでも、ヒートは四日は続いたよね?」
「はい。三日は早すぎです」
救急車で運ばれてきた男Ωの碕山陸人は、運ばれてきて三日目でヒートが終わったという。不定期だった茜でも、四、五日はかかっていた。慣れたΩは平均的に五日で終わるけれど、三日で終わるΩはほとんど見ない。
それも、今朝ではなく、夜中に終わったと連絡が入ったそうだ。判断がつかず、朝まで待ってもらってからの連絡だった。
極端に短いのは何故だろう。
少し緊張している茜の肩を抱き、赤い唇にキスをした。
「私も一緒に居るから」
「……はい」
診療時間になり、茜は白衣を身にまとっている。私もまとうと、二人でΩ病棟へ向かった。茜は診察室に入ると深呼吸をしている。私は後ろの処置室の方で待機した。
碕山を呼ぶよう伝える。入ってきた碕山は、確かにヒートが終わっていた。
碕山は、限りなく黒に近いグレー。
警察が証拠固めに動いている男Ω。
処置室からそっと診察室を覗いた。距離をとって二人は座っている。
「いつも短いんですか?」
「ええ。もう、歳ですしね」
少しやつれた碕山を観察した。自嘲気味に笑っている。
「番候補は居なかったんですか?」
「……居ましたよ。居ましたけど……居なくなりました」
溜息まじりに俯いている。じっと虚空を見つめている。
「男Ωを馬鹿にしていたけど、他のβと一緒になっても良いっていう条件で番になってくれる約束でした。でも、別のΩのヒートに当てられて、精神崩壊寸前までいって入院したんですよ」
そしてそれから会えていないと言う。三十歳になっても番が見つからなかった碕山は、仕事も長続きせず転々としているという。
「先生は綺麗ですね。あなたくらい綺麗なら、番が見つかったかな」
「男性が好きなαも居ますから。きっと見つかりますよ」
「……もう、どうだっていいです。今更、番なんていらないですしね」
碕山はじっと茜を見つめている。ヒート中、剃らなかった無精髭を撫でている。
「先生は、誰かを抱いて見たいと思ったことはありませんか?」
「……ありません」
「へ~。俺はβと付き合ったこと、ありますよ。Ωじゃなきゃ、今頃結婚、できてたかな」
「βでも、理解がある方なら……」
「ある訳ないでしょ。俺がΩだと分かると、すぐに逃げていきましたよ」
低い声で話す碕山に茜の顔が強ばっている。距離を詰めようとした碕山に危険を感じ、診察室へと入っていった。
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