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抱き締めても良いですか?
25.開花したΩの習性
しおりを挟む少し夜更かしをしてしまった。深夜にやっていたアニメが面白くて、ついつい見てしまう。欠伸を噛み殺しながら部屋を出ると、真澄と瑛太が話していた。
「分かったよ。リモートワークならできるだろうから、浩介君と相談するね」
「うん。ありがとう、兄さん」
真澄の頭を撫でていた瑛太が俺に気がついた。
「おはよう」
「おはようございます。秘書さん、大丈夫ですか?」
「たぶん、大丈夫だと思う。でも、琴南さんが昨日、ちょっと切られてね」
「え!? 大丈夫なの!?」
真澄の血の気が引いている。フラリとよろめいた体を瑛太が受け止めた。
「五針縫ったらしいけど、本人はピンピンしてた。あの人、痛みに鈍感なのかな」
瑛太は笑っている。見上げる真澄の背中を軽く叩いて大丈夫だと言った。
「番の二人が一緒に過ごせば治りは早いし。さすがに昨日は盛り上がってたと思うし」
「盛り上がる?」
「ああ、ごめん。子供にはまだ早いかな」
瑛太が真澄の手を引くと歩いて行く。俺もその後ろからついていく。真澄が空いている手を伸ばしたので握った。
「こうしてると、兄さんと浩介さんみたい」
「甘えん坊だな、真澄は」
「浩介さん、休ませてあげてね」
「もちろん」
三人で瑛太の車まで歩いた。真澄が少しだけ寂しそうに手を放す。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
「真澄、運動は軽くからだからね」
「うん」
後部座席に乗せてもらい、瑛太が運転する車で高校まで向かった。眼鏡を掛けていない瑛太は印象が変わる。やはり兄弟だからか、真澄が大人びたらこんな感じなのだろうと思う顔立ちをしている。
「Ωを襲ってる犯人は、白い粉を使うから。気をつけてね」
「粉?」
「うん。襲われたΩが吸わされてね。番が居てもヒートになってしまう。それも抑制剤が効かないヒートに、ね。まったく不愉快極まりないよ」
運転しながら話す瑛太がバックミラーに映っている。その目元が鋭く尖って見えた。
「この情報はメディアには知らせてないから他言はしないで。あの子の口が固いなら、あの子までは話して良いよ」
「有紀ですか?」
「うん。それと、粉を吸ってヒートになったΩは、他のΩのヒートを誘発するから」
「ΩがΩを? そんなことがあるんですか?」
「あるから困ってるし心配してる。抑制剤が効かないΩのヒートは辛いの一点だよ」
瑛太の言葉に、多少なりとも理解ができる。俺は抑制剤の効きが悪いから、二度のヒートはどちらも辛かった。もし、全く抑制剤が効かないとなると、想像するだけで憂鬱になる。
「男Ωは特に注意して」
「了解です」
商業施設の駐車場に着くと、当然のように瑛太も下りてくる。いつも会うクラスの女子が、外車から下りてきた俺に物言いたそうにしていた。
「……やべぇ。秘書さんの時より目立ってるかも」
「この車、良いでしょ! 茜さんのお気に入りなんだよ!」
「つか、こんな高級車で来られると目立つって」
毎朝、送迎され、見送られ、あまつさえ外車になったとクラスの女子は思っているだろう。物言いたそうな顔を見ないようにしながら通り過ぎた。
早く有紀と合流しなければ。足早になる俺に笑いながら付いてくる。
「ずいぶん、体が育ってるみたいだね。どう、浩介君の指導は?」
「まだ一回だけだから。もっと鍛えてもらって投げてやる!」
「待ってるよ。まあ、浩介君を倒せるくらいじゃないと私には勝てないと思うけど」
冗談ではないことは分かっている。腹筋の割れ方は浩介の方が何倍も凄いけど、瑛太はテクニックがある気がする。慎二もどちらかというとテクニック派だろう。力を技で返す、俺もそうなりたい。
「おっはよ~!」
「おはよう!」
バスから降りた有紀が走ってくる。パンッと手を打ち合う俺達に笑っている。
「じゃ、行ってらっしゃい。愛しの真澄の愛歩君をお願いね」
「了解でっす!」
「なんすか、それ」
「そのままだよ」
俺の肩を叩いた瑛太が車へ戻っていく。有紀を見ると顔がにやけていた。
「真澄さんの愛歩を、俺、守らないと!」
「変態兄さんの言葉に踊らされるなよ?」
溜息をつく俺の背中を笑いながら押してくる。二人で歩きながら、先ほど聞いた瑛太の情報を有紀にも話した。
ΩがΩをどうして苦しめるのだろう。有紀も少し真剣な顔になっている。
「要するに、粉を吸ってヒートになってるΩにも近づくな、ってことだよな?」
「そうらしいな。やなもん作りやがって」
高校の敷地内に入ると、後ろから思い切り背中を叩かれる。振り返ると、駐車場で会ったクラスの女子だった。
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