抱き締めても良いですか?

樹々

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抱き締めても良いですか?

24.大切な家族

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 病院へ出勤後、執務室で書類を整理していた私は、愛歩を送って出勤してきた浩介を見て驚いた。
「何があったの?」
「何でもありません」
「ごめんね、浩介君。私のせいで琴南さんと揉めたんだね」
 浩介の目元が腫れている。彼が泣いてしまうほど、何かがあったのだろう。慎二からの電話でも、彼が切れていた様子がよく分かったから。
「私のせいだからね? 浩介君は気にしなくて良いから」
「いえ。私の言葉が足りないせいですから」
「少し、冷やした方が……」
 腫れている瞼に触れようとして気が付いた。
「熱出てない?」
「……そうでしょうか?」
「ちょっと座って。体温計あったかな」
 浩介をソファーに座らせ、デスクの引き出しを開けた。出した体温計で熱を測らせると、七度五分まで上がっている。健康体そのものだった浩介が熱を出した姿はいつぶりだろうか。
「本当に何があったの? 番になっているのに熱なんて」
「大したことではありませんから。大丈夫です」
「大丈夫じゃないよ。今から上がってくるんだから」
 逞しい肩を掴むと横にさせた。コートを脱がせ、それを上から掛けてやる。
「解熱剤、処方してもらうから」
「お構いなく」
「そうはいかないよ。もう、琴南さんに焼き餅はやかせないから。本当にごめんね」
 何があったか聞きたいけれど、浩介は話さないだろう。サラサラしている髪を撫でてやると瞼を閉じていく。子供のように眠ってしまった。
 暫く眺めていた私は、執務室に入ってきていた茜に気付かなかった。
「……焼けますね」
「びっくりした!!」
「だから僕も、琴南さんも、疑うんですよ」
 浩介の頭をなんとなく撫でていた私を見つめている。
「僕と琴南さんでは入れない絆が強すぎて。でも、でもなんです」
 茜はしゃがんでいた私の背中にしがみついてくる。
「僕たち男Ωにとって、頼れるのは番のαしかいないんです。僕も、琴南さんも、男が好きってわけじゃない。あなただから……受け入れたんですよ?」
「茜さん……」
 背中を包んでいる体温を感じながら、眠っている浩介を見守った。撫でていた手を離すと茜を真正面から抱き締める。
「私はね、浩介君が好きだよ。とても大切だ」
 ビクッと揺れた体を強く抱き締める。
「浩介君と、幸子さん。二人の存在は、私の世界を百八十度変えたんだ。甘っちょろい世界に生きていた私の世界をね」
 茜を立たせると、向かいのソファーに座らせた。細い腰を抱き寄せ、熱を出して眠っている浩介を見守った。
「仲睦まじい父と母を見て育った私は、αはΩと結ばれるものだと思っていた。将来、私にも大好きなΩが現れるんだ、ってね」
 αはΩを守り、愛するものだと思っていた。
 でも、世界は違っていた。
 浩介の母・幸子は、違っていた。
「もともと、私は医者になる気は無かったんだ。それなりにバンド活動は有名でね、これでもスカウトが来ていたんだよ」
 高校二年の時までは、ロックバンドを夢見ていた。父も、私がなりたいものを優先してくれていた。その時には浩介と幸子も桃ノ木家にいた。桃ノ木家のお手伝いとして雇われた幸子と一緒に、浩介も暮らすようになった。
 一歳年上の浩介はあまり感情を出さない人だった。体が弱かった真澄の遊び相手になってくれた浩介は、幸子と一緒に仕事もしていた。
 寡黙だろうと、浩介は友達だった。私が話す言葉をいつも聞いてくれて。真澄も良く懐いていた。幸子のように優しい人だった。
「幸子さんが亡くなった時のことが、頭から離れないんだ」
 茜の手を握り締めた。まだ十八歳だった浩介は、幸子の遺体を連れて、祖父母のもとへ帰ったけれど。
「呆然としていてね。立ち尽くしていたんだ。幸子さんの父親も母親も、娘の死を悼んではいなかった。孫の浩介君を責めていたんだ」
 父と一緒に、浩介の親族が集まる場所へ行った時、葬儀の相談もせず、皆が浩介を責めていた。お前のせいで、娘が苦労をしたのだと。
「私と父さんを見つけた時、崩れ落ちて泣いたんだ。温和な父さんがあんなに怒った姿を見たのも初めてだったよ」
 父は浩介の親族全てを追い出し、葬儀は桃ノ木家が行った。浩介の後見人も、父が引き受けた。
「私と真澄、浩介君は兄弟みたいなものなんだよ」
「そう、ですね」
「うん。幸子さんと母さんが高校の時の親友でね。母さんの最後のお願いだった。浩介君を頼む、って」
 幸子が亡くなったそのすぐ後に、母も亡くなった。浩介は、母の死にも泣いてくれた。
「Ωを守りたい、そう思って、医者になろうって決めたんだ。父さんが進めていたΩ病棟を作るためには、私も医者にならないと、ってね」
 高校三年に上がった時、バンド活動はきっぱり辞めた。一年だけ、真澄を浩介に託し、勉強に打ち込んだ。
「どうして、沢村さんの祖父母は、彼を責めるんですか?」
「……責めることそのものが、私には許せないんだけどね」
 茜の柔らかい髪を撫でた。私が守り、愛するΩだ。
「この世は不平等で理不尽だ。浩介君が琴南さんに話せるようになったら、茜さんにも話してあげる」
「……分かりました」
 頷いた茜の唇を自分の唇で塞いだ。
「そういうことで、兄弟のように育った人に、変な気は起きないから安心して」
「……はい」
「私にとって浩介君は、真澄と一緒なんだよ」
 愛する家族だ。可愛くて仕方が無い。
「茜さんは私が見つけた唯一無二のΩだから。不安になんてならなくて良いよ」
 おでこを付き合わせると笑ってくれる。美しい、大切な私のΩ。
「コーヒー、飲みますか?」
「うん、お願い。今日の愛歩君のお迎えは私が行くから」
「分かりました。沢村さんが無理をしないよう、見張っておきますね」
「お願いね」
 立ち上がった茜の細い背中を見つめ、眠る浩介に視線を戻した。
 慎二には、浩介の側に居てもらいたい。
 浩介が初めて、私達に求めたたった一人の人だから。
「さて、どうしたものか」
 私のせいでこじれてしまっている。やっと距離が近づいた二人が、私のせいでまた離れてしまいかねない。
 赤い顔の浩介は、深い呼吸を繰り返していた。
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