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抱き締めても良いですか?
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お帰りなさいと、迎えに来てくれるのが当たり前になっていた。
俺が早く帰ってきたと、喜んでいた浩介のあの笑顔を思い出すと、昨晩の俺の行動は度を超していた。
苛立ちを浩介にぶつけて、彼が桃ノ木家を大切に思っていることを知っているのに責め立てた。
「よし、やるぞ」
眠っている浩介を起こさないようベッドを抜け出した。キッチンに立つと、簡単な朝食作りに取りかかる。浩介のように凝った料理はできないけれど、味噌汁、野菜炒め、卵焼きくらいは俺もできる。久しぶりに作るので、多少焦げているのは多めに見よう。
ご飯が炊けた頃、浩介がセットしていたアラームが鳴っている。起きてきた彼は、俺に声を掛けることができないでいる。
「おはよう。顔、洗ってこいよ」
「……はい」
力なく歩いて行く背中を見ると、胸の奥が痛くてたまらない。テーブルの上に料理を並べ、戻ってきた浩介を手招きした。何を言われるのかと、強ばらせている顔を引き寄せた。
「ごめん。全面的に俺が悪かった」
「……怒って……いませんか?」
「怒ってない。瑛太さんには怒ってる。後でやっぱり文句言うから」
「あの……」
「俺と瑛太さんの問題。お前と桃ノ木家じゃない。良いな?」
瑛太を庇おうとする浩介に釘を刺す。俺を見つめた浩介は、小さく頷いた。
「よし。安心しろ、ぶん殴るのは我慢してやる」
「……はい」
「目、腫れてる」
引き寄せると瞼にキスをした。ずいぶん泣いていたからヒリヒリしているだろう。頬も撫でる俺に、ようやく強ばっていた浩介の顔が緩んでいる。
「朝飯、久しぶりに作ってみた。お前みたいなプロの味じゃないけど食ってくれ」
「嬉しいです」
浩介を座らせ、ご飯をよそった。お茶も淹れると、向かい合わせで座った。
「「頂きます」」
自分で作っておいてなんだけど、やっぱり味気ない。浩介の料理が恋しい。
「なあ、弁当作る時間あるか?」
「はい、大丈夫です。すぐに作ります」
「杉野にも何か作ってやってくれないか? 昨日、かなり迷惑かけたんだ」
「分かりました」
頷いた浩介は、俺が作った味気ない料理を全て食べてくれた。片付けまで済ませると、弁当のためのおかずを作り出した。冷凍していたものもあるのか手際が良い。隣に立つと、終わった鍋やフライパンを洗った。
「浩介、俺さ」
「はい」
「お前が浮気してるって思って、ぶち切れたんだよ」
洗い終わった食器を拭いた。ハンバーグを焼いていた浩介を見ながら笑った。
「めっちゃ惚れてるんだな、お前に」
ただの番ではなく、浩介という人を、俺は支えにしているのだろう。彼が誰かのものになっているかもしれない、そう思うと正気ではいられなくて。
「お前、本当に浮気したら覚悟しとけ? 何するかわかんないぞ、俺」
「しません。あり得ません」
ハンバーグをひっくり返した浩介は、手を止めると顔を寄せてくる。遠慮がちに寄せてくるので、後頭部を掴むと引き寄せた。重なった唇に満足する。
「お前も俺に惚れてるよな?」
「はい」
「当然だな」
ニッと笑った俺に、口元を少し緩めている。焼けたハンバーグを弁当箱に詰め込んでくれた。杉野のために、爆弾おにぎりも作ってくれている。
「ありがとう、あいつめっちゃ食うから喜ぶよ」
「チョコレートの残りもありますが」
「持ってく!! 美味かった、ありがとうな」
チョコレートも入れてもらい、時計を確認した浩介が慌ただしく服を着替えている。愛歩を送るため、そろそろ出なければいけない。
車のキーを持ち、玄関に向かう浩介を追い掛ける。
「行ってらっしゃい」
いつも、俺を迎えてくれる浩介を、今日は俺が笑いながら見送った。
「……行ってきます!」
安心したように笑った浩介が出かけて行く。その笑顔に、俺は崩れ落ちていた。
「くそっ……! あいつマジで不意打ちしかけてくるな……!」
笑うと可愛い。惚れた目線で見れば、かなり可愛い。
フルフル震えながら立ち上がると、携帯電話を取り出した。浩介に聞かれるとまた気にするかもしれないので、彼が出かけたら掛けようと思っていた。
数コール目で相手が出る。
[もしもし……]
「今度やったらマジでぶん殴りますから。覚悟して下さい」
先制した俺に、瑛太は笑っている。
[酷いな~。まあ、今回は私も調子に乗りすぎたと反省していますから。すみませんでした]
「すみませんで済めば俺達要らないんで」
[切れてますね-。茜さんもご立腹で怖かったし、もう二度としませんよ。琴南さんが、ちゃんと浩介君の側に居てくれるなら、ね?]
言いたいことは分かっている。
「事件、解決したいのはあなたも一緒でしょう?」
[もちろん。でも、だんだんしょんぼりしていく浩介君を見ていると、放っておけないでしょう? あなたが帰って来ないと寂しいオーラ全開だったもので]
文句を言うつもりが、文句を言われている。
負けてはいられない。
「それと、浩介に触りまくるのと、繋がらないでしょう?」
[ちょっとだけ焼き餅を焼いてもらおうと思ったんですけど……かなりこんがり焼けたようで。安心して下さい、茜さんの焼き餅が凄くてもう二度と悪戯する気になれませんから]
「そうして下さい」
[はい。ではでは~]
通話が切れると、大きな溜息をついた。いつもそうだ、あの人はこちらの怒気を受け流すのが上手い。もう少し強めに釘を刺しておきたかったのに、反対に責められていた。
まあ、茜が焼き餅を焼いているのなら、二度目は無いだろう。瑛太の暴走は茜に止めてもらおう。
着替えを済ませ、浩介が作ってくれた弁当箱と爆弾おにぎりを持つと家を出た。ずっしり重い弁当箱は、浩介の想いのようだった。
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