抱き締めても良いですか?

樹々

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抱き締めても良いですか?

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「……風呂、入ってこい」
 ベッドから下りて手を洗った。浩介も力なく下りてくると、言われた通りに風呂に入りに行っている。大きな溜息をつくと、用意されていた夕飯を食べた。香ばしいはずの唐揚げの味を全く感じない。
 浩介が悪い訳ではない。分かっているのに、無防備に触らせている彼にイライラしてしまった。
 浩介と、瑛太は、兄弟のようなもの。
 分かっている。何度も言い聞かせた。
 分かっていても、瑛太が触れていたと思うと感情を抑えられなかった。


 瑛太は、俺が知らない浩介の過去を知っている。


 クリスマス会で見た、高校時代の瑛太。その頃には、浩介は桃ノ木家に居たことになる。どういういきさつで桃ノ木家に居たのか、浩介は話してくれない。
 俺は、浩介の過去を何も知らなかった。
 聞こうとすると、浩介の顔がいつも強ばるから。
 言いたくないのなら、無理には聞かない。そう、思っていても、俺には言えないのかとも思ってしまう。俺は、頼りにならないのか、と。
 食べ終えた食器を洗い、浩介を待っていたけれどなかなか出てこない。いつも早いのに、今日はやけに出てこない。
 気になって様子を見に行った。俺があまりにも当たるから怒っているのかもしれない。
「浩介? まだかかるか?」
 ノックをしても返事が無い。浴室に入ると、裸のまま、椅子に座って項垂れていた。濡れていた髪からポタポタと雫が落ちている。シャワーだけで済ませたのか、体はもう、乾きかけていた。
「お前、風邪ひくだろう。何してんだよ!」
 腕に触れると冷たかった。いつからぼんやりしていたのだろう。腕を引き、立たせると大人しくついてくる。ただ、顔は完全に無表情だった。
「ごめん、お前に当たった。頼むから、ちゃんと拭いてくれ」
 脱衣所で体を拭いてやるけれど、もうずいぶん冷えてしまっていた。俺のせいだろう、恋愛に疎い浩介を責めてしまった。
「ごめん、本当にごめん。浩介、なあ、返事をしてくれ」
 冷たくなっていた髪を拭いてやった。肩を揺さぶると、ぼんやりしていた焦点が戻ってくる。俺を見て、顔を強ばらせると視線を外した。
 ショックだった。
 髪を拭いていた手から力が抜けてしまう。俺の手をすり抜けた浩介は、黙々と下着とパジャマを着ると出て行った。
 俺が、悪い。
 浩介の言葉をまともに聞かず、責め立てたのだから。
 どう謝れば許してくれるだろう。浩介を追い掛けた俺は、彼が冷蔵庫から缶ビールを出している姿を見た。蓋を開け、一気に飲み干している。
「浩介……お前どうした……!?」
 体当たりをされていた。床に押し倒されてしまう。俺の腰に力一杯抱きついた浩介は、腰を折りそうな勢いだった。
「浩介……! いってぇよ!」
「私は……! どうしたら良いですか!?」
 ギリギリ、腰が締め付けられていた。腹部に顔がめり込んでくる。
「私の望みは……! あなたが笑って下さるだけで良いんです! どうして怒っているのか分かりません! どうしたらあなたは笑って下さいますか!?」
「浩介……」
「桃ノ木様もぼっちゃんも! 旦那様も奥様も! 私には大切な方々です! あの方々が私に触れて下さるのを嫌だと思ったことはありません! 家族だとおっしゃって下さった方々なんです!」
 顔を上げた浩介は泣いていた。
「あの方々に私に触れるなとは決して言えません! でも、あなたを怒らせてしまう……! 私は……私はどうしたら……!」
 グラリと体が傾いた。気絶するように意識を飛ばしている。酒が回った浩介は、泣きながら眠ってしまった。冷えてしまった体が折り重なっている。
「俺は……大馬鹿だ……!」
 両手で顔を覆った。俺の上で泣いている浩介をここまで苦しめてしまうなんて。俺と瑛太に挟まれて、浩介の心は限界に達していた。
「ごめん! ごめん、浩介! 俺が悪い、お前じゃないんだ。泣かないでくれ……!」
 崩れ落ちた浩介を抱き締めた。悲鳴を上げていた浩介の心に気付かなかった自分を激しく責めた。
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