抱き締めても良いですか?

樹々

文字の大きさ
上 下
70 / 152
抱き締めても良いですか?

23.嵐の夜

しおりを挟む

 回収した防犯カメラを見ながら、心は違うことでイライラしていた。碕山陸人がヒートで入院している間に、彼のアリバイか、或いは犯人かもしれない線を固めたかったけれど。
「もう、帰って下さい。そんな顔で横に居られたら迷惑です」
 後輩の杉野がたまらず俺の視界を遮った。腕を組み、足を揺すっていた俺が気になって仕方がないらしい。
「番さんが浮気なんて、俺的には全く想像できないんですけどね」
「俺だってそうだけど。あいつにとって桃ノ木家は別格なんだ。求められたら……断らないかもしれない」
「じゃあ、帰って確かめて来て下さい。後は俺が見ておきますから」
「いや、それとこれとは話が別だ。ヒートが終わる前に……」
「捜査に集中できてない人が居ても、効率悪いだけですから」
 俺を椅子ごと回転させている。無理矢理腕を引っ張られ、立たされた。
「ずっと、帰り遅かったでしょう? 帰って下さい、マジで」
「……悪い。駄目な先輩だな」
 仕事中に、プライベートのことが頭から離れないなんて。顔を手で覆ってしまう。表情が作れない。
「ま、人間臭くて良いんじゃないですか? 何でも完璧な人なんて、気持ち悪いだけですよ」
「気持ち悪いって……」
「さっさと番さんと仲直りしてきて下さい。で、明日俺に差し入れ下さい」
「……分かったよ」
 荷物を片付けると杉野の肩を叩いた。
「お先。お前もキリが良いところで上がれ」
「はい。お疲れ様でした」
 杉野に見送られ、警察署を後にした。まだ午後八時だ。九時前には家に着くだろう。深呼吸をすると車に乗り込み、マンションへ帰った。
 鍵を開け、ドアを押し開けた。
「……ただいま」
 玄関に入ると、浩介が足早に迎えに来てくれる。
「お帰りなさい」
 ホッとしたように笑っていた。まだ、風呂に入っていなかったのか、スーツの上着を脱いだだけだった。
「夕飯、食べますか?」
「食べる……」
「すぐ、用意しますから」
 いつもと変わらなかった。キッチンに立った浩介は、俺のために用意していた夕飯を温めていく。唐揚げだったのか、掛けられていたラップを外している。
「連絡を下されば、揚げたてを出せたのですが」
「別にいい……」
「……どうかしましたか?」
 落ち着け、浩介に限って、瑛太とキスしたりしない、と思う。
 思うけれど、携帯電話から聞こえてきた、浩介の喘ぎ声が頭から離れない。二人は何をしていたのだろう? どうして浩介は普通の顔ができるのだろう?
「唐揚げ……嫌でしたか?」
「そうじゃない! お前……!」
 思わず怒鳴ってしまった。誤魔化しているのだろうか。会話が噛み合わない。
「……先、シャワー浴びてくるから!」
「あの……!」
 追い掛けてこようとした浩介を睨むと浴室へ入った。服を脱ぎ捨ててしまう。
 冷静に話しをしようと思ったけれど、どうしても感情が先に立ってしまう。浩介にとっては、瑛太とキスをすることはやましいことでは無いのだろうか。
 茜は? 知っているのだろうか?
 浩介と瑛太が、キスをする関係だと。
「くそっ! ムカツク!!」
 壁を叩いてしまう。頭からシャワーを浴びて、感情的になるなと言い聞かせた。浩介から何があったか聞かなければ。聞いて、これからどうするか考える。
 俺は、浩介が、他の人に触れられるのは嫌だ。
 たとえ彼が恩義に感じている桃ノ木家の人だとしてもだ。
 体を洗い、いくらか冷静さを取り戻すと浴室を出た。リビングに戻ると、浩介が立ち尽くしていた。俺がシャワーを浴びている間、ずっと立っていたのか。
「……あなたが……怒っている理由が……分かりません」
 言った後、崩れ落ちてしまった。力なく膝をついて項垂れている。
「考えても……分かりません!」
 無表情の顔が崩れ、両手で顔を覆っている。
 思わず駆け寄りそうになった。抱き締めたくなった。
 握り拳を作ると堪えた。
「俺は……お前が俺以外のやつとキスするのは許せない」
 絞り出した言葉に、浩介が顔を上げている。
「あなた以外の方と、キスをしたことはありません」
「してたろ! 今日! 瑛太さんと!」
 冷静に、と思うのにどうしても怒鳴ってしまう。俺を見上げた浩介は、分からないと眉間に皺を寄せている。
「いいえ、していません」
「……嘘は嫌いだ」
「嘘ではありません。口は塞がれましたが」
「だからキスだろ!?」
「手で塞ぐ行為も、キスになるのですか?」
 不安そうに見上げられる。
 見上げられながら、頭の中がグルグルしていた。


 口を塞がれていた。


 塞いでいたのは、手?


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

リオ・プレンダーガストはラスボスである

BL / 連載中 24h.ポイント:30,744pt お気に入り:1,695

いつでも僕の帰る場所

BL / 連載中 24h.ポイント:5,971pt お気に入り:1,190

社畜くんの甘々癒やされ極上アクメ♡

BL / 完結 24h.ポイント:213pt お気に入り:89

高貴なオメガは、ただ愛を囁かれたい【本編完結】

BL / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:375

煽られて、衝動。

BL / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:60

BLゲームの世界に転生したらモブだった

BL / 完結 24h.ポイント:248pt お気に入り:19

【本編完結】朝起きたら悪役令息になっていた俺についての話。

BL / 完結 24h.ポイント:454pt お気に入り:3,071

恋人に尿道を弄り回される話

BL / 完結 24h.ポイント:85pt お気に入り:69

趣味を極めて自由に生きろ! ただし、神々は愛し子に異世界改革をお望みです

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:38,490pt お気に入り:12,421

処理中です...