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抱き締めても良いですか?
23.嵐の夜
しおりを挟む回収した防犯カメラを見ながら、心は違うことでイライラしていた。碕山陸人がヒートで入院している間に、彼のアリバイか、或いは犯人かもしれない線を固めたかったけれど。
「もう、帰って下さい。そんな顔で横に居られたら迷惑です」
後輩の杉野がたまらず俺の視界を遮った。腕を組み、足を揺すっていた俺が気になって仕方がないらしい。
「番さんが浮気なんて、俺的には全く想像できないんですけどね」
「俺だってそうだけど。あいつにとって桃ノ木家は別格なんだ。求められたら……断らないかもしれない」
「じゃあ、帰って確かめて来て下さい。後は俺が見ておきますから」
「いや、それとこれとは話が別だ。ヒートが終わる前に……」
「捜査に集中できてない人が居ても、効率悪いだけですから」
俺を椅子ごと回転させている。無理矢理腕を引っ張られ、立たされた。
「ずっと、帰り遅かったでしょう? 帰って下さい、マジで」
「……悪い。駄目な先輩だな」
仕事中に、プライベートのことが頭から離れないなんて。顔を手で覆ってしまう。表情が作れない。
「ま、人間臭くて良いんじゃないですか? 何でも完璧な人なんて、気持ち悪いだけですよ」
「気持ち悪いって……」
「さっさと番さんと仲直りしてきて下さい。で、明日俺に差し入れ下さい」
「……分かったよ」
荷物を片付けると杉野の肩を叩いた。
「お先。お前もキリが良いところで上がれ」
「はい。お疲れ様でした」
杉野に見送られ、警察署を後にした。まだ午後八時だ。九時前には家に着くだろう。深呼吸をすると車に乗り込み、マンションへ帰った。
鍵を開け、ドアを押し開けた。
「……ただいま」
玄関に入ると、浩介が足早に迎えに来てくれる。
「お帰りなさい」
ホッとしたように笑っていた。まだ、風呂に入っていなかったのか、スーツの上着を脱いだだけだった。
「夕飯、食べますか?」
「食べる……」
「すぐ、用意しますから」
いつもと変わらなかった。キッチンに立った浩介は、俺のために用意していた夕飯を温めていく。唐揚げだったのか、掛けられていたラップを外している。
「連絡を下されば、揚げたてを出せたのですが」
「別にいい……」
「……どうかしましたか?」
落ち着け、浩介に限って、瑛太とキスしたりしない、と思う。
思うけれど、携帯電話から聞こえてきた、浩介の喘ぎ声が頭から離れない。二人は何をしていたのだろう? どうして浩介は普通の顔ができるのだろう?
「唐揚げ……嫌でしたか?」
「そうじゃない! お前……!」
思わず怒鳴ってしまった。誤魔化しているのだろうか。会話が噛み合わない。
「……先、シャワー浴びてくるから!」
「あの……!」
追い掛けてこようとした浩介を睨むと浴室へ入った。服を脱ぎ捨ててしまう。
冷静に話しをしようと思ったけれど、どうしても感情が先に立ってしまう。浩介にとっては、瑛太とキスをすることはやましいことでは無いのだろうか。
茜は? 知っているのだろうか?
浩介と瑛太が、キスをする関係だと。
「くそっ! ムカツク!!」
壁を叩いてしまう。頭からシャワーを浴びて、感情的になるなと言い聞かせた。浩介から何があったか聞かなければ。聞いて、これからどうするか考える。
俺は、浩介が、他の人に触れられるのは嫌だ。
たとえ彼が恩義に感じている桃ノ木家の人だとしてもだ。
体を洗い、いくらか冷静さを取り戻すと浴室を出た。リビングに戻ると、浩介が立ち尽くしていた。俺がシャワーを浴びている間、ずっと立っていたのか。
「……あなたが……怒っている理由が……分かりません」
言った後、崩れ落ちてしまった。力なく膝をついて項垂れている。
「考えても……分かりません!」
無表情の顔が崩れ、両手で顔を覆っている。
思わず駆け寄りそうになった。抱き締めたくなった。
握り拳を作ると堪えた。
「俺は……お前が俺以外のやつとキスするのは許せない」
絞り出した言葉に、浩介が顔を上げている。
「あなた以外の方と、キスをしたことはありません」
「してたろ! 今日! 瑛太さんと!」
冷静に、と思うのにどうしても怒鳴ってしまう。俺を見上げた浩介は、分からないと眉間に皺を寄せている。
「いいえ、していません」
「……嘘は嫌いだ」
「嘘ではありません。口は塞がれましたが」
「だからキスだろ!?」
「手で塞ぐ行為も、キスになるのですか?」
不安そうに見上げられる。
見上げられながら、頭の中がグルグルしていた。
口を塞がれていた。
塞いでいたのは、手?
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