抱き締めても良いですか?

樹々

文字の大きさ
上 下
68 / 152
抱き締めても良いですか?

22-3

しおりを挟む

***

 ここ数日、チョコレート作りをしていたせいか、ずいぶん疲れているようだった。頬を撫でたり、肺が落ち着くよう胸に手を置いたり、真澄の呼吸が安定する場所を探して触っていた。
 ドアがノックされる。返事をすると、先ほど来た料理長とお手伝いさんが数名入ってきた。
「夕飯、準備しますね」
「ありがとうございます」
 料理長は年配の女性だった。浩介とも親しいらしい。二人で良くレシピの話しをしているようだった。
「今日はスペシャルコースです! ぼっちゃんも食べられるようになったし、腕によりをかけましたからね!」
「やっぱり、気付いてたんですね」
 あっ、と料理長が慌てている。お手伝いさんが腰を突いていた。
「もう、すぐ口に出すんですから!」
「仕方がないでしょう! 素直なの、私は昔から!」
 テーブルのセッティングをしている料理長は、長年、桃ノ木家で働いている人だった。だから真澄の味覚が無くなっていたことに気付いていた。
 気付いていても、真澄が秘密にしていたから、気付かないふりをして。俺の料理と、真澄の料理は、いつも微妙に違っていた。
 口に入れるのがしんどかった真澄のために、少しだけの量に栄養を詰め込んでいた。時々、真澄が残していた料理を食べていた俺は、すぐに味が違うことに気がついた。
 俺がスムージーを提案した時、料理長は凄く喜んでいた。堂々と、栄養を詰め込めるからだ。
「ぼっちゃんには内緒ですよ」
「分かってます」
「ねえねえ、愛歩君ってモテるの?」
 お手伝いさんが料理を並べながら聞いてくる。真澄が寝ていることを確認して、首を横へ振った。
「あれは最後だからですよ。いつもはあんなに貰わないから」
「今時、腕に箱抱えて帰ってくる子、初めて見たんだけど!」
「何個あるの? 告白とかされたの?」
「無いですって。義理ですよ、全部義理!」
 真澄が起きないよう、声を抑えている俺とは違い、女性陣は盛り上がっている。
「愛歩君、格好良いもんね。Ωなのがもったいない!」
「あら、Ωでもモデルやってる人いるじゃない? 愛歩君もスカウトされちゃうかもね」
「ほらほら、手が止まってる! 愛歩君、先に着替えてきて。もうすぐ終わるから」
「はい。あの、チョコのことは真澄さんには言わないで下さい」
 他に貰ってきているとは言いづらい。女性陣は皆、頷いている。
「分かってるわよ~」
「もう、純情ね」
「ぼっちゃんのチョコレートが一番よね!」
 わいわい騒ぎ出した女性陣から逃げるように自分の部屋へ入った。制服を脱いでトレーナーとジャージに着替えてしまう。真澄の部屋に戻ると、もう料理長達は居なかった。テーブルにいつもより豪勢な料理が並べられている。
「あ、起きたんですね」
「うん。今日、凄いね」
 真澄は椅子に座って待っていた。その隣に俺も椅子を置くと太腿を触れ合わせながら座った。焼きたての分厚いステーキと、ホカホカ湯気が出ているスープが美味そうでたまらない。
「頂きます!」
「頂きます」
 早速分厚いステーキにナイフを入れた俺とは違い、真澄はスープから口を付けている。焼きたてパンを手に取ると、小さく千切って口に入れている。
「肉、食って下さいね」
「分かってるよー。お肉を先に行くと後が入らなくなるから」
「俺は平気です」
 せっかく分厚いステーキだ、分厚い一口にして口に入れている。頬を張らしている俺に真澄は笑ってばかりだ。
「凄いな~。だからモテるのかな」
「美味いですから。……モテる?」
 肉を飲み込んだ俺とは違い、小さく切った肉をツンツン突きながら俺とは反対方向を見ている。
「たくさん、チョコもらってきたんでしょう?」
「起きてたんですか?」
「うん。目が覚めたら、愛歩君がチョコ抱えて帰ってきたって言ってて……」
 声が小さくなっていく。切った肉を焼きたてパンに挟み、レタスも挟むと噛みついた。
「まあ、皆、友チョコですけどね」
「……本命も、居たと思うよ」
 下から見上げられる。真澄の手が止まっているので、俺が切った分厚いステーキを彼の皿に乗せた。
「本命の相手に、積み木みたいに箱乗せていきますか?」
「……わかんない」
「道すがら、ついでのように乗せられたチョコばっかですよ。顔は良いって言われてるけど、結局、俺はΩだから」
 目の保養、何人かに言われた。αがβだったら良いのに、とも。
 俺だってそう思う。Ωじゃなくて、せめてβだったなら。このもやもやした想いは生まれていないだろう。
 好きなスポーツでもして、ほどよく活躍して、それなりにモテて。そんな学生生活だったかもしれない。
 でも、どうあっても俺はΩで。
 隣に座っている人は、αだった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

純情なる恋愛を興ずるには

有乃仙
BL
 事故に遭い、片足に後遺症が残ってしまった主人公は、陰口に耐えられず、全寮制の男子校へと転校した。  夜、眠れずに散歩に出るが林の中で迷い、生徒に会うが、後遺症のせいで転んだ主人公は、相手の足の付け根の間に顔が埋まってしまう。  翌日、謝りに行くものの、またしても同じことが起きてしまう。  それを機に、その生徒と関わることが増えた主人公は、抱えているものを受け入れてもらったり、彼のことを知っていく。  本来は、コメディ要素のある話です。理由付けしたら余分なシリアスが入ってしまいました。主人公の性格でシリアスをカバーしているつもりです。  話は転校してからになります。  主人公攻めで、受けっぽい攻め×攻めっぽい受け予定です。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

僕の番

結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが―― ※他サイトにも掲載

僕の穴があるから入りましょう!!

ミクリ21
BL
穴があったら入りたいって言葉から始まる。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

処理中です...