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抱き締めても良いですか?
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ここ数日、チョコレート作りをしていたせいか、ずいぶん疲れているようだった。頬を撫でたり、肺が落ち着くよう胸に手を置いたり、真澄の呼吸が安定する場所を探して触っていた。
ドアがノックされる。返事をすると、先ほど来た料理長とお手伝いさんが数名入ってきた。
「夕飯、準備しますね」
「ありがとうございます」
料理長は年配の女性だった。浩介とも親しいらしい。二人で良くレシピの話しをしているようだった。
「今日はスペシャルコースです! ぼっちゃんも食べられるようになったし、腕によりをかけましたからね!」
「やっぱり、気付いてたんですね」
あっ、と料理長が慌てている。お手伝いさんが腰を突いていた。
「もう、すぐ口に出すんですから!」
「仕方がないでしょう! 素直なの、私は昔から!」
テーブルのセッティングをしている料理長は、長年、桃ノ木家で働いている人だった。だから真澄の味覚が無くなっていたことに気付いていた。
気付いていても、真澄が秘密にしていたから、気付かないふりをして。俺の料理と、真澄の料理は、いつも微妙に違っていた。
口に入れるのがしんどかった真澄のために、少しだけの量に栄養を詰め込んでいた。時々、真澄が残していた料理を食べていた俺は、すぐに味が違うことに気がついた。
俺がスムージーを提案した時、料理長は凄く喜んでいた。堂々と、栄養を詰め込めるからだ。
「ぼっちゃんには内緒ですよ」
「分かってます」
「ねえねえ、愛歩君ってモテるの?」
お手伝いさんが料理を並べながら聞いてくる。真澄が寝ていることを確認して、首を横へ振った。
「あれは最後だからですよ。いつもはあんなに貰わないから」
「今時、腕に箱抱えて帰ってくる子、初めて見たんだけど!」
「何個あるの? 告白とかされたの?」
「無いですって。義理ですよ、全部義理!」
真澄が起きないよう、声を抑えている俺とは違い、女性陣は盛り上がっている。
「愛歩君、格好良いもんね。Ωなのがもったいない!」
「あら、Ωでもモデルやってる人いるじゃない? 愛歩君もスカウトされちゃうかもね」
「ほらほら、手が止まってる! 愛歩君、先に着替えてきて。もうすぐ終わるから」
「はい。あの、チョコのことは真澄さんには言わないで下さい」
他に貰ってきているとは言いづらい。女性陣は皆、頷いている。
「分かってるわよ~」
「もう、純情ね」
「ぼっちゃんのチョコレートが一番よね!」
わいわい騒ぎ出した女性陣から逃げるように自分の部屋へ入った。制服を脱いでトレーナーとジャージに着替えてしまう。真澄の部屋に戻ると、もう料理長達は居なかった。テーブルにいつもより豪勢な料理が並べられている。
「あ、起きたんですね」
「うん。今日、凄いね」
真澄は椅子に座って待っていた。その隣に俺も椅子を置くと太腿を触れ合わせながら座った。焼きたての分厚いステーキと、ホカホカ湯気が出ているスープが美味そうでたまらない。
「頂きます!」
「頂きます」
早速分厚いステーキにナイフを入れた俺とは違い、真澄はスープから口を付けている。焼きたてパンを手に取ると、小さく千切って口に入れている。
「肉、食って下さいね」
「分かってるよー。お肉を先に行くと後が入らなくなるから」
「俺は平気です」
せっかく分厚いステーキだ、分厚い一口にして口に入れている。頬を張らしている俺に真澄は笑ってばかりだ。
「凄いな~。だからモテるのかな」
「美味いですから。……モテる?」
肉を飲み込んだ俺とは違い、小さく切った肉をツンツン突きながら俺とは反対方向を見ている。
「たくさん、チョコもらってきたんでしょう?」
「起きてたんですか?」
「うん。目が覚めたら、愛歩君がチョコ抱えて帰ってきたって言ってて……」
声が小さくなっていく。切った肉を焼きたてパンに挟み、レタスも挟むと噛みついた。
「まあ、皆、友チョコですけどね」
「……本命も、居たと思うよ」
下から見上げられる。真澄の手が止まっているので、俺が切った分厚いステーキを彼の皿に乗せた。
「本命の相手に、積み木みたいに箱乗せていきますか?」
「……わかんない」
「道すがら、ついでのように乗せられたチョコばっかですよ。顔は良いって言われてるけど、結局、俺はΩだから」
目の保養、何人かに言われた。αがβだったら良いのに、とも。
俺だってそう思う。Ωじゃなくて、せめてβだったなら。このもやもやした想いは生まれていないだろう。
好きなスポーツでもして、ほどよく活躍して、それなりにモテて。そんな学生生活だったかもしれない。
でも、どうあっても俺はΩで。
隣に座っている人は、αだった。
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