抱き締めても良いですか?

樹々

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抱き締めても良いですか?

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「今のは?」
「ちょっと嫉妬してもらおうかと思って。いや、かなり、かな?」
「嫉妬……あの人は、そういったことは無いと思います」
「そう? 結構、効いたと思うよ」
 携帯電話の向こうでは、焦っている声が聞こえていた。慎二には、私が浩介に悪戯しているように感じただろう。
 これで飛んで帰ってくるほど、職務を軽んじたりはしないだろうけれど。浩介のことを少しでも心に刻んでいてほしい。ようやく普通の恋人のように過ごしていた二人の距離が、また開いてしまわないように。
「そろそろ茜さんも戻ってくるし。浩介君、愛歩君をお願いね」
「はい」
 愛歩の下校時間が近づいている。ボディーガードも兼ねた送迎のため、浩介がソファーから立ち上がる。もう、いつもの顔に戻っていた。
「お先に失礼致します」
「うん、おつかれ」
 浩介が一礼すると歩いて行く。
「寺島様、お先に失礼致します」
 振り返れば、茜が私を睨んでいた。
「はい、お疲れ様でした」
 浩介に挨拶をしながらも、私を睨んでいる。背筋よく浩介が出て行くと、茜が持っていた書類を投げてきた。バサバサと飛んで落ちていく。
「茜さん!?」
「ちょっと……頭にきました」
「違うからね!?」
「何がですか?」
 声が低かった。いつから見ていたのだろう。ソファーの背もたれのせいで何をしていたか見えず、妄想で私と浩介がいけないことをしていたことになっているようだ。血の気が引いてしまう。
「浩介君のために琴南さんを嫉妬させたくて……」
「それで? 僕が居ないからってキスしてたんですか?」
「ち、違うって! キスするわけないでしょ!?」
「沢村さんとならできそうですよね。彼も、あなたの言うことならきくでしょうし」
 微笑んでいる顔が怖かった。美人が怒ると非常に怖い。
「茜さん! 誓ってしてないから!」
「そうですか? ずいぶん色っぽい声で笑ってましたけど?」
 背筋が凍りそうだった。慌てて立ち上がり茜に駆け寄ったけれど、抱き締めようとした手を払われてしまう。
「いつからお二人はその様な関係に?」
「もう! 嫉妬してくれるのは嬉しいけど! 誤解は止めて!」
「誤解もなにも、この目で見て聞いて……」
「聞いてはいても見てないでしょ?」
 強引に腰を抱いた。抵抗する茜の手を封じると、赤い唇にキスをした。病院内ではしないと約束していたけれど、ここでこじれると後が長い。暴れる体を押さえ込み、口を開かせると舌を差し込んだ。
「こうやって……ぅん、キスして、ちゅっ、愛したいのは茜さんだけだから」
 耳に囁いた。体が震えている。私を払いのけようとしていた腕から力が抜けていく。素早く抱き込んだ。大人しく私の胸に顔を埋めている。
「……ごめんなさい、取り乱しました」
「良いよ。嫉妬してる茜さん、新鮮だった」
 投げられた書類が散らばったままだ。こんな風に怒りをぶつけられたのは初めてではないだろうか。柔らかい髪を撫でてあげる。
「……怖かったから」
 腰に細い腕が回ってくる。しがみつかれていた。
「あの人が、犯人だったら……また、ヒートになったらって思うと……!」
「茜さん……」
「それで瑛太さんに会いたくて来たら……二人が……!」
「ごめん。本当に浩介君とは何も無いから。彼は琴南さん一筋だよ、知ってるだろう?」
 泣いてしまった茜の額にキスをした。落ち着くよう何度も背中を撫でてあげる。
「私も、茜さん一筋なんだけど? 浩介君が可愛くても、キスはできないよ」
 涙を掬い取るようにキスをした。しゃくりあげている背中が愛しくて。
「抑制剤が無いと、苦しくて……! 瑛太さんが居ないと……僕……!」
「大丈夫だよ」
 震えている背中を抱き締めた。柔らかい髪にキスも落としてやる。
「側に居る。離れないから」
「……はい!」
 私にめいっぱいしがみついた茜が落ち着くまで、そのままにしてあげた。医者だって人間だ、怖いものは怖い。震える体は、私を求めていた。
 このか弱い存在を、必ず守ると誓った。
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