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抱き締めても良いですか?
21.悪戯心にご用心
しおりを挟む男Ωがヒートを起こし、桃ノ木病院へ運ばれてきた。警察官の琴南慎二が見つけ、身元の確認と、所持品の確認を行っていた。特に怪しい物は持っておらず、通常のヒートであることは確認されている。
「警戒は緩めない。マニュアル通りに行くよ」
「はい。他の患者さんには室内で待っていてもらっています」
男Ωだからと、全てを疑ってかかるのはいけないけれど、警戒をしない訳にもいかない。入院しているΩと、スタッフを守る義務が私にはある。
「茜さん、診察する時は私も入るから」
「はい。頼りにしています」
二度と、番の茜に苦しい思いはさせない。犯人ではないことを願うばかりだ。
廊下の窓は全て開けている。到着した救急車から男Ωが運ばれてくる。救急隊員の様子は変わらず、確かに、通常のヒートのようだった。
「抑制剤は?」
「警察官の方が緊急抑制剤を打っています。現在はフェロモン量は抑えられているようです」
「では、部屋へ運んで下さい」
茜が付き添いながら男Ωを病室へ運んだ。私もついていく。室内のベッドに下ろすと意識確認を行った。
「聞こえますか?」
「……はい、聞こえています」
「ここはΩ病棟になります」
「Ω……病棟?」
「このまま入院になります。ご家族の方の連絡先を教えて頂きたいのですが」
「家族は……他県です……ぁっ」
男性は丸まっている。カタカタ震えだした。茜は男性の様子を確認し、処方した抑制剤をテーブルに置いている。
「時間がきたら飲んで下さい。辛いでしょうが、時間と容量は守って下さい」
「はい……!」
「ヒートが終わったら、このボタンを押して下さい。それまで、外には出られませんから。必要な物があるときも、遠慮無く呼んで下さいね」
男の額の汗を拭ってやった茜は、私の背中を押して外に出た。勝手に出ないよう、外から鍵をかける。窓にも柵をかけられた病棟は、ヒートを閉じ込めるためのものだ。
「通常のヒートと変わりません」
「うん、今のところ大丈夫みたいだね。彼のヒートが終わったら連絡して」
「はい。では、退院予定の方を呼んで下さい」
茜は診察へ戻っていく。私も一般病棟の方へ戻った。先日の事件があってから、私は外来担当から外れ、いつでもΩ病棟の方へ来られるようにしている。
裏方の方へまわり、緊急事態に備えるために。
「何事もないのが一番だね」
「はい」
「……ビックリした!!」
独り言のつもりが、いつの間に後ろに控えていたのか浩介が居た。一緒に歩いていたようだ。
「考え事をなさっていたようでしたので」
「もう、浩介君、最近、影が薄くなってるよ」
「影が薄く? そのようなことが?」
蛍光灯でできる自分の影を確認している。苦笑しながら逞しい背中を叩いてやった。
「なに、琴南さんが甘えてくれないの?」
「あの人は、今は事件で頭がいっぱいですから……」
どことなくしょんぼりしているように見える。オールバックを止めた浩介は、少し若返って見えるせいだろうか。表情が分かり易くなった。
「まあ、私達も一刻も早く捕まえたいからね。協力しないと」
「……はい」
「気持ちは伝えたんでしょ? 今日は早く帰ってくるんじゃない?」
「そうであれば良いですが……」
番と離れている時間が長いせいか、浩介が萎んで見える。元気を出させるため、執務室へ連れて行った。真澄にもらったチョコレートを一緒に食べようと思って。
コーヒーを淹れてもらい、二人で真澄手作りのチョコレートを開けた。茜の分もある。茜と一緒に食べようと思っていたけれど、あまりにも浩介が落ち込んでいるので放っておけなかった。
「料理長と浩介君で教えたんでしょう?」
「はい。田津原様はビター系が良いとのことで、コーヒー味の物を提案しています。あの人にも同じ物を作りました」
「へー。琴南さんは何でも好きそうだけど」
「はい。ぼっちゃんのチョコレートが甘いので、私はほろ苦く仕上げました」
「うん。真澄のチョコレート、すっごく甘いね」
コーヒーに良く合う。数ヶ月前までは、真澄が起きてチョコレートを手作りする姿など、想像もできなかった。十年以上、病んでいた体が、今では走ることさえできている。
本当に、真澄は愛歩が好きなのだろう。
好きだから、愛歩のΩ性をより求め、α性が開花していく。
「二人が番になってくれたら、言うこと無いな~」
「宜しいので?」
「真澄が好きになったんなら、反対するわけ無いだろう? 愛歩君も良い子だし、真澄の運命の番が彼で良かったよ」
真澄可愛さに、愛歩の意思を無視して面倒を見せてしまった。彼に言われ、確かに知らないαの側にずっと居ろと言うのは、Ωにとっては苦痛だっただろうに。
それでも、真澄を見てくれた。側に居てくれた。
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