抱き締めても良いですか?

樹々

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抱き締めても良いですか?

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 休憩スペースで弁当を食べ終え、持ってきていた二つの箱の内、まずは真澄の箱を開けた。杉野が前のめりで覗き込んでくる。
「へー、もう貰ったんですか?」
「こっちは知り合いの子で、こっちが浩介から」
「味覚が無かったって子ですか?」
「そう。まだ体力が無い中で一生懸命作ってくれたかと思うと嬉しいよ」
 ここへ来る前にお礼の電話は入れておいた。本命の愛歩には、彼が高校から帰って来てから渡すらしい。渡す前に作っていることがばれてしまったと笑っていた。
 二人がまとまってくれたら良いな、と思っている。真澄には愛歩が必要だ。運命の番というのは抜きにしても、精神面で愛歩の存在は大きい。俺達大人は、真澄の弱い体を気遣いすぎていたのかもしれない。
「チョコが作れるくらい、元気になったんだな~」
 一つ口に入れると甘かった。小さなハート型になっている。
 真澄のチョコレートを食べている俺の前で、杉野もラッピングされた箱を開けている。
「彼女からか?」
「そうなんですけど……でかいんですよ」
「確かにでかいな」
 俺のは二つとも掌サイズだが、杉野の箱は、掌二つ分で平たい箱に入っている。包装紙を解いて開けた杉野は、すぐに閉めてしまった。
「……いや、まずいっすね」
「どうした? 見せろって」
「いや、うん……つ、番さんの箱、開けましょう!」
「誤魔化すな。気になるだろう?」
 隠そうとする杉野の手を握って払うと、素早く箱を開けた。
「……愛されてるな、お前」
 駄目だ、吹き出しては駄目だ。
「くっそ~! 笑いたきゃ笑って下さいよ!」
「……ふっ……いや、うん、良いじゃないか!」
 口元がヒクついてしまう。杉野は大きなハート型に描かれていた自分の顔をパキンッと割って噛みついた。
 大きなハート型に固めたチョコレートに、色々な色のチョコレートでデコレーションされたのは、杉野をイラスト化した絵だった。それだけなら笑ったりしない。
 イラスト化された杉野には、王子様風の衣装を着せていた。周りに星を飛ばし、キラキラにされていた。
 そのイラストの横に、「I☆LOVE☆王子様」と書かれていた。
「一度、会ってみたいな。紹介しろよ」
「……台風みたいな子ですから。それより、番さんの見せて下さいよ」
 自分の顔を噛み砕いている杉野は、浩介の箱が気になって仕方がないらしい。俺も気になっていた。ラッピングを解くと、丸いチョコレートが入っている。一つ口に入れると、ほろ苦いコーヒー味のチョコレートだった。半生のような食感だ。
「うまっ!」
「俺の顔と交換しましょうよ」
「顔は食いにくいな」
 杉野にもやると、自分の顔のチョコレートと見比べている。
「ギャグ派と正当派に分かれましたね」
「お前のも愛情はたっぷりだからな」
「わかってますって」
 自分の顔を何度も割って食べている杉野は完食した。俺も真澄と浩介のチョコレートを食べ終える。今日はもう、何もかも満足した気分だった。
「今日は早く帰りたいって顔してますね」
「まあ、な。あいつにチョコ貰ったの初めてだよ」
「前から思ってたんですけど、先輩って男好きですか? 女好きですか?」
「……どういう意味だ?」
 杉野がちょっと待ってとコーヒーを買いに行っている。俺の分も買ってきてくれると渡してくれる。
「前から気になってたんですよね。署のΩ女子を見て、あの子可愛いとかって普通に言うじゃないですか」
「可愛い子は、可愛いだろう?」
 Ωに限らず、小柄で良く笑っている女の子は可愛いと思う。俺も男だ、可愛い子には惹かれる。
「で、可愛い女子好きの先輩が、強面鉄仮面の番さんと一緒になったのが不思議で」
 長身の彼は、いつも足を余らせている。足を組んだ杉野は、探る様に俺を見てくる。
「お前、俺がΩって忘れてるだろう?」
「忘れてませんよ。α女子との番も有りじゃないですか」
「……考えたことはあるけど、実現は難しいんだよ」
 αの女性は、男根がある。だからヒートを止めるための、男Ωの選択肢は二つだ。αの女性と番になるか、αの男性と番になるか。
 二択あるけれど、ほぼ一択しかない。
「可愛いと思った子はいたさ。でもな、ヒートを止めることを考えてみろ。男Ωの番になろうっていうα女子には、少なくとも俺は出会わなかった」
 俺が、抱かれる立場にあったから。α女子は男根はあっても、やはり自分で子供を産みたい人が多い。α女子のほとんどは、同じα同士か、βと結婚している。
「Ωがヒートを止めるためには、αが必要だからな」
「それで番さん?」
「そう。まあ、抵抗がなかったと言えば、嘘になるけどな」
 戸惑いはあった。俺はΩだけれど、男の意識が高かったから。ヒートを止めるためには、いつか男αと関係をもたなければと思っていたけれど。
 見合いで出会った桃ノ木瑛太なら、と思い、でも、と妊娠できない体を言い訳に断った。本当は、男である自分が、男に抱かれる覚悟が無かったのもある。
 良い人だと直感で感じていた。けれど、本当にこの人と一緒に居られるだろうかと不安もあって。好きになりたいのに、好きになれない自分の感情が上手くコントロールできなかった。
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