抱き締めても良いですか?

樹々

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抱き締めても良いですか?

20.想いのこもった初チョコレート

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 連続強姦魔はまだ見つからない。休み返上で防犯カメラのチェック、パトロールの強化、聞き込み調査をしているけれど、それらしい男Ωを発見できなかった。
 まだ、αかβかもしれないという線も捨てきれないので、男Ωだけに絞るのも危険だ。怪しい人物は徹底的に調べている。
「ただいま……寝てるよな」
 リビングだけ、明かりが点けられていた。浩介の姿は無い。テーブルには俺のために用意してくれた夕飯にラップが掛けられている。軽く食べてはいたけれど、いつも用意してくれている。
 先にシャワーを浴び、髪を拭きながら椅子に座った。夜遅く食べることを考慮してか、がっつり系ではなく、あっさり系でまとめてくれている。
 好物のハンバーグも和風が多かった。煮込まれた柔らかいハンバーグを食べながらうとうとしてしまう。子供じゃあるまいし、と思いつつも、溜まった疲れに睡魔が襲ってくる。閉じてしまう瞼に逆らえなかった。

***

「起きて下さい。今日も早いのでしょう?」
「……ぅん?」
 いつの間にベッドで寝たのだろう。すでに私服を着ていた浩介に揺さぶられている。
「ごめん。寝ちゃったか」
「……休み、無いのはおかしと思います」
 なかなか起き上がれない俺の背中を抱き起こしてくる。大きな欠伸が出てしまう。
「違うって。俺が勝手に出勤してんだって」
 どうしてもΩを襲う犯人を捕まえたくて、指定されている休みも出勤している。後輩の杉野は休ませていた。彼がいない時は、パトロールには出ないと約束している。
「起こしてくれてありがとう。先、出るだろう?」
 愛歩を高校まで送ると聞いて、いつものスーツにオールバックは止めさせた。俺達は浩介がどんな人物か知っているし、病院では裏方なので患者に会うことは少ないから気にしていなかったけれど。
 表情を出さないようにしている長身の浩介が、スーツにオールバックで愛歩の後を歩いていくかと思うと目立ってしょうがない。
 それに。
「やっぱり、髪、下ろしてる方が良いな」
 これを機に、オールバックを止めさせたかった。髪を下ろしただけでずいぶん柔らかい表情になる。サラサラしている前髪を摘まんだ俺の手を握ってくる。
「今日は、バレンタインの日です」
「え、そうだっけ?」
 捜査、捜査で忘れていた。カレンダーを見れば、確かにバレンタインーだった。
 といっても、署のΩ女子に義理チョコを貰ってくるくらいのイベントだ。俺も、浩介も、チョコを渡し合ったことはない。
「何、チョコが欲しいのか?」
 まさかな、と思いながら笑った俺に、フルフル首を横へ振っている。
「バレンタインとは、女性が、男性に贈るものだと思っていました」
「まあ、いつの間にかそうなったな」
「ですがぼっちゃんは、田津原様や、桃ノ木様達に感謝をしたいと、チョコレートを作っておられます。昨日、あなたの分も預かってきました」
「え、そうなんだ。嬉しいな」
 浩介も貰ったらしい。数日前から練習した手作りチョコだという。浩介と桃ノ木家の料理長も練習に付き合ったという。
 渡された小さな箱には、不器用ながら愛情たっぷりのチョコレートが詰められていた。
「後で連絡しとくな」
 ベッドから下りると顔を洗いに行った。昨日は防犯カメラをずっとチェックしていたから肩が少し強ばっている。浩介と組み手をして解したいけれど、あまり時間は無かった。彼も愛歩を送るため早めに出なければならない。
 リビングに戻った俺は、テーブルに用意してくれた朝食の前に座った。いつものように温かいご飯をよそってくれた浩介は、時計を確認すると車のキーを手にしている。
「行ってらっしゃい」
「……これを」
 見送る俺に、ラッピングされた箱を渡してくる。誰からのチョコレートだろうか。
「私から、あなたへ」
「……え!?」
 思わず箱と浩介の顔を見比べてしまう。今まで浩介からバレンタインにチョコレートをもらったことはない。
「桃ノ木様に伺ったら、気持ちを伝える日だとおしゃっていました」
 屈んだ浩介は、驚いていた俺の唇に軽いキスをしてくる。
「あなたに無理をして欲しくはありません。どうか、休んで下さい」
 長い腕に抱き込まれてしまう。
 顔が赤くなってしまうのを感じた。箱を握り締めてしまう。
「も、もう少し捜査が進んだら、休みもらうから」
「はい。そうして下さい」
「ほ、ほら! 愛歩君、待ってるぞ!」
 ポンポン背中を叩くと顔を上げている。心配そうな浩介の顔を撫でまくると笑って見せた。
「お前の隣で寝てたから。充分、休めてるよ」
「もう少し、早く帰って来て下さい」
「おう、なんとかする」
 俺からもキスをすると、ようやく体を起こした。
「では、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
 スッと背筋を伸ばした浩介が先に出ていった。その後ろ姿を見送った俺は、テーブルに突っ伏してしまう。
「おおぉ――い!! 反則だろう!? 朝から悶えさせんなよ……!!」
 もらった箱を握り締めたままフルフル震えてしまう。初めて浩介から貰ったチョコレートはどんな味なのだろう。もったいなくて、開けるのをためらってしまう。
 今日はできるだけ早く帰ろう。浩介が待ってくれているこの場所へ。
「……可愛くなったな、あいつ」
 ラッピングされた二つの箱を鞄の中に入れると、朝食を急いで頬張った。
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