抱き締めても良いですか?

樹々

文字の大きさ
上 下
58 / 152
抱き締めても良いですか?

19-5

しおりを挟む

「これ、浩介さんが持ってきてくれたやつ。本当は夕飯の後に一緒に食べようと思ってたんだけど」
「大丈夫、別腹なんで」
「夕飯が入らない心配はしてないよ」
 笑った真澄が缶の蓋を開けてくれた。一つ摘まんで口に入れるとコーヒーを淹れに行く。
「真澄さんもコーヒーで良い?」
「うん。ありがとう」
 二人分のコーヒーを淹れ、宿題を一度端へ押しやるとクッキーに集中した。甘いやつと、ほろ苦い奴がある。
「こっち甘い」
「うん。僕は少しで良いよ。夕飯が入らなくなるから」
「おかしいな。そろそろ胃が広がるはずなんですけど」
「愛歩君の胃が大きすぎるんだからね?」
「真澄さんが小さすぎるんです」
 もりもり食べる俺の隣で、二枚で止めてしまった真澄。一人で半分以上、食べてしまった。ほろ苦いクッキーは全て俺の胃袋の中だ。
「愛歩君は苦い方が好き?」
「苦いっていうか、ビター系の方が食べやすいですね」
「ふーん、分かった」
「何が?」
「う、ううん、何でも無い」
 白い肌をほんのり赤く染めている。怪しくて、屈みながら顔を近づけた。
「やっぱり何か隠してる。真澄さん、嘘が下手すぎですよ」
「う、嘘ついてないよ!」
「声が裏返ってる。何、何隠してるんです?」
 顔を掴むと視線を逸らしている。むにむに揉んでも答えない。相変わらず真澄の髪からは甘い匂いがしていて。
「もしかして、バレンタインのチョコ作ってたとか?」
 兄の瑛太や秘書の浩介達のために作っていたのでは。そう思って聞けば、逸らされていた視線が俺に戻ってくる。
「ななななんで分かったの!?」
「やっぱり。髪からすっげー甘い匂いしてるから。そっかー、良いな-」
 これだけ匂いが付いているのなら、かなり手間暇を掛けて手作りしていたのだろう。浩介に教わったのだろうか、それとも桃ノ木家の料理長だろうか。どちらにしても美味しそうだ。
「俺も食いたいな」
「……あれ?」
「試作品とか無いです? 余ったら俺も食いたい」
 材料も良い奴を使うのでは。想像している俺の腕を思い切り抓ってくる。
「いって!?」
「もう!! 鈍感!!」
「何です、急に!?」
「知らない!!」
 子供みたいに頬を膨らませてそっぽを向かれてしまった。俺から離れていく。
「くっついてないと、一日持たないでしょう?」
「大丈夫!」
「何怒ってるです? とにかく落ち着いて。また咳が出ますよ」
「大丈夫だってば!」
 激しく怒っている。ソファーの端まで逃げられた。
 真澄はまだ、一日起きているだけの体力はない。俺が学校から帰ってきて、手を握っていないと充電が切れた玩具のように倒れてしまう。
 瑛太達にチョコレートを作っていたのなら、ずっと立っていたはずだ。そろそろ事切れてしまうかもしれない。
 手を握らせてくれないので、仕方がなく強引に腰を抱いた。俺の方へ引き寄せてしまう。勢いで倒れた真澄の頭が膝に乗った。
「とにかく、充電して下さい。どれくらい作ってたか分かんないけど、倒れたら駄目でしょ」
「……そういうとこは敏感なくせに、どうして鈍感なの」
「もしかして、俺も入ってました?」
 期待を込めて言えば、俺の膝に頭を乗せたまま丸まっていく。耳が真っ赤になっていた。
「もしかしなくても入ってるよ! 内緒にしておきたかったのに、愛歩君が食いしん坊だから……!」
「すっげー嬉しいです。期待してますからね?」
 味覚を治したお礼だろうか。それでも良い、真澄から貰えるのは嬉しい。
「でも、無理は駄目です。きつかったらちゃんと休んで下さい」
「……分かってる。今から補給するから」
 体を起こした真澄は、俺の太腿に触れ合わせるようにして座った。
「……興奮したせいかな、す、少し、目眩が、するような……?」
「怒鳴るからですよ」
「ギュッて……して欲しいな」
 上目遣いで見つめてくる。おでこに手を当てると、少し熱がある気がした。軽い体を抱き上げると膝に乗せて抱き締めた。全身で補給させてやる。興奮していた気持ちが落ち着くよう、腹をポンポン叩いてあやした。
「大人しくしてて下さい」
「……うぅ~茜さんみたいにいかないな……」
「ん? 何です?」
「何でもないよ……」
 少し項垂れた真澄の首筋は、真っ赤になっている。
 その赤い首筋にキスしたい、思った心を閉じ込めた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

純情なる恋愛を興ずるには

有乃仙
BL
 事故に遭い、片足に後遺症が残ってしまった主人公は、陰口に耐えられず、全寮制の男子校へと転校した。  夜、眠れずに散歩に出るが林の中で迷い、生徒に会うが、後遺症のせいで転んだ主人公は、相手の足の付け根の間に顔が埋まってしまう。  翌日、謝りに行くものの、またしても同じことが起きてしまう。  それを機に、その生徒と関わることが増えた主人公は、抱えているものを受け入れてもらったり、彼のことを知っていく。  本来は、コメディ要素のある話です。理由付けしたら余分なシリアスが入ってしまいました。主人公の性格でシリアスをカバーしているつもりです。  話は転校してからになります。  主人公攻めで、受けっぽい攻め×攻めっぽい受け予定です。

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

俺様αアイドルと歌で発情しちゃったΩ

弓葉
BL
遠征して推し様のステージにやってきた僕。だけど、ライブ中に発情してしまった……!

僕の穴があるから入りましょう!!

ミクリ21
BL
穴があったら入りたいって言葉から始まる。

僕の番

結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが―― ※他サイトにも掲載

処理中です...