抱き締めても良いですか?

樹々

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抱き締めても良いですか?

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「それでは、また明日、お迎えに上がります」
「ありがとうございました」
 俺が下りると、浩介も下りて見送ってくれる。真面目な男は、また運転席に戻ると仕事場へと戻っていった。
 桃ノ木家に入った俺は、すぐに真澄の部屋へ行く。ドアをノックして開けると、元気な声が迎えてくれる。
「お帰りなさい、愛歩君」
「ただいまです。何してたんですか?」
 部屋の中が、少し甘い匂いがしている。特に真澄の方から甘い匂いがしている。鼻をくんくんさせる俺に真澄が焦ったように首を横へ振っている。
「な、何でもないよ!」
「……怪しいな。俺に内緒で何か食べたでしょ?」
「た、食べてないもん!」
 声が裏返っている。鞄を椅子に置くと真澄に近づいた。髪の毛からも甘い匂いがしている。屈む俺から逃げていく。
「もう、食いしん坊!」
「隠すから気になるんです」
「……た、たまたまもらったお菓子食べてただけ!」
「良いな、美味そうな匂い」
 俺も食べたかった。
「ま、またもらったらあげるから!」
「絶対ですよ?」
「うん」
 髪に匂いが残るくらい甘いお菓子か。制服の上に着ていたコートを脱ぐと、上着も脱いでしまう。真澄の部屋は暖房が効いていて暑いくらいだ。
「……愛歩君、また筋肉付いた?」
「分かります? 琴南さんくらい割りたいんですよ」
 自分の腹筋を触ってみる。それなりに硬いけれどまだまだだ。
「秘書さんが空手と柔道教えてくれるって!」
「浩介さんが? 黒帯持ってるから覚悟してね」
「マジで!?」
「すっごい厳しいかも?」
「望むところです」
 本気で教えてもらいたい。強い男になって、それで。
 俺を見上げて笑っている真澄。有紀が変な事を言うから、恥ずかしくなってくる。
「愛歩君も強くなっちゃうのか。僕ももう少しだけ、丈夫になりたいな」
 いつものように俺の手を握ってくる。毎日のことだ。帰ってきたら真澄の手を握る。それがアルバイト内容で。
 いつものことなのに、手が少し震えてしまった。気付いた真澄が見上げてくる。
「どうしたの? 何かあった?」
「べ、別に! それより、真澄さんも一緒にどうです?」
「兄さんが、まだ激しい運動は駄目だって。あ、でも! ルームランナーを買ってくれたよ!」
 俺の手を引いて部屋の外へ歩いて行く。一階まで降りていくと、奥にある部屋に入っていく。そこにはトレーニング機器が揃っていた。思わず真澄の手を引っ張ってしまう。
「え、これ、あったんですか?」
「うん。ルームランナーは壊れてたけど、倉庫にあったバーベルとかは使えるから。皆に頼んで出してもらったんだ」
「使って良いんですか?」
「もちろん! 僕も少しずつ一緒にやりたいし」
「ですね! あ、でも無理は駄目ですよ」
「うん。貰った時計で計りながらやるね」
 そう言った真澄がフルリと体を震わせている。暖房を入れていなかった室内は、真澄には寒すぎるだろう。風邪を引かせては大変なので急いで真澄の部屋に戻った。
 俺は一度着替えに行った。私服になると、真澄の部屋に入る。鞄から今日の宿題を取り出した。
「もうすぐ卒業なのに、まだ出すんですよ」
「ふふ、遊ばせないためじゃない?」
 ソファーで待っていた真澄の隣に座った。太腿を触れ合わせながら宿題を広げる。ふわりと香る甘い匂い。
「つか、マジで美味そうな匂い」
「そんなに? お腹空きすぎてる?」
「ペコペコです」
「うーん……何かあったかな~」
 夕飯までまだ時間がある。真澄が棚を見に行った。味覚が戻ってからは、真澄の部屋にお菓子が置かれるようになっている。待っていると缶に入ったクッキーを持って戻ってきた。
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