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抱き締めても良いですか?
19.気づいてしまった気持ち
しおりを挟む「……何で?」
「おはようございます」
「あ、おはようございます」
丁寧にお辞儀され、俺も思わず返してしまう。玄関まで見送りに来てくれた真澄も、庭まで乗り入れていた浩介の私用車に驚いている。
「桃ノ木様から田津原の送迎をするよう、申しつかりました」
「何で? え、いつものおじさんは?」
「さ、どうぞ」
後部座席のドアを開けられる。俺も真澄も戸惑った。
「浩介さん?」
「昨日、Ωが襲われる事件が発生しました。心配なので、私にお送りするようにと」
「あー、でも、学校近くまで送ってもらうし、いつものおじさんでも大丈夫……」
「さ、どうぞ」
再度、促されてしまう。これは乗るしかなさそうな雰囲気だ。真澄が笑っている。
「行ってらっしゃい、愛歩君」
「……行って来ます」
浩介の車に乗せてもらうのは、これで二度目だった。後部座席に乗った俺を確認した浩介はドアを閉めると自分も乗りこんだ。
「学校の前は、車駄目なんで」
「確認しております」
安全運転で走り出した車。いつものおじさんとは仲良くなっていたけれど、浩介とはまだそれほど親しくない。何か話した方が良いだろうか。
「田津原様は、何かスポーツをされていますか?」
「走ったり、腹筋したりくらいなら」
「そうですか。空手、柔道等は、ご興味ないですか?」
「やりたかったけど、俺、ヒートが遅かったから。部活できなくて」
「宜しければ、お教え致します」
「え、マジで?」
意外な申し出に身を乗り出した。
「はい。鍛えておいて、損は無いと思います」
「宜しくお願いします!」
慎二の話では、浩介はかなり強いらしい。時間がある時は、二人で組み手をしているとこの間、聞いた。そこに俺も混ぜてもらえるのだろう。
強くなりたいと思っていた。男として、肉体美に憧れる。慎二のような、細マッチョを目指していた。
「秘書さんは毎日、鍛えてるんですか?」
「はい。帰宅後、トレーニングをしています」
「そっか。それだけバキバキになるはずですね」
「桃ノ木家の皆様と、あの方々が大事になさっている方を、守らねばなりません」
朝のラッシュ時だからか、道の途中はいつも混んでいる。余裕を持って出ている俺達は、焦ることなく学校までの道を走る。
「田津原様、くれぐれもご用心を。桃ノ木様と、あの人が、次のターゲットは男Ωだとおっしゃっていました」
「まあ、俺は毎日送ってもらってるし」
「昨日の事件で、犯人は証拠を残しています。警察が追っていることも知っているでしょう。包囲網が迫っている犯人は、何をするか分かりません」
「了解です。秘書さんに鍛えてもらって、投げ飛ばしてみせますよ」
腕を叩いて見せた俺を、バックミラーで見ていた。口角が少し、上がった様な気がする。笑ってくれたのだろうか。
話しているうちに高校が指定している送迎場所に着いた。高校から歩いて十分ほど離れた商業施設の敷地内になる。車で通う学生は、ここで下りて歩いていく。
「ありがとうございました」
「私も行きます」
「……いやいや、大丈夫ですって……てもう下りてるし」
先に下りた浩介が後部座席のドアを開けている。周りには同じ高校に通う学生がいた。どこかのお坊ちゃまのようにドアを開けられている俺を見ている。
「恥ずかしいですって」
「行きましょう」
頑なに付いてくる気だ。周りは登校している高校生で溢れている。明らかに浮いている浩介と一緒に歩くなんて、恥ずかしくてたまらない。
「ほんっと! 皆居るし! 平気ですって!」
「親御様から預かっているのです。何かあってからでは遅いですから」
歩かない俺の背中を押してくる。ぐいぐい押され、仕方なく歩いた。その一歩後を付いてくる。少し先に、同じクラスの女子がいた。じっと見られている。
「秘書さん、俺、マジで恥ずかしいです」
「はい、承知していますが、ご辛抱を」
「う~~マジか~~」
空手と柔道は教えてもらいたい。ここで拒むと無かったことになるかもしれない。こうなったら急いで歩こう。商業施設の敷地を抜け、高校までの通学路に入った時、バスから下りてきた有紀が走って来ている。
「おっはよ――! 愛歩――!」
「有紀!」
右手を挙げた有紀に、俺も右手を挙げた。パンッと打ち鳴らす。
「こっからは俺が引き受けますんで!」
警察官のように敬礼して見せている。
「俺が乗ってるバス、この時間に停まるから。合わせてくれたら一緒に行くし」
「そう、ですね。ご友人が一緒なら安心です。宜しくお願い致します」
「宜しくお願いされました!」
胸を張った有紀に少し笑っている。綺麗な一礼をした浩介が車へ戻っていく。
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