抱き締めても良いですか?

樹々

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抱き締めても良いですか?

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 ヒートが収まったのは、やはり一週間後だった。男性Ωの寺島先生に診察を受けながら、不安なことを確認した。
「俺、卒業式は出られますか?」
 ヒートが安定していない場合、学校側から許可が出ない時がある。予定より数日早かったから、もしかしたら駄目かもしれないと思って聞いた。
 寺島先生は笑っている。
「まだ君は二回目だからね。通常は、これくらいのずれば許容範囲だよ。僕みたいにしょっちゅうなってる訳じゃないから大丈夫」
「先生は不定期だったんですか?」
「そう。いつ来るか分からなくて、引きこもってた時期もあったよ」
 温和に笑っているけれど、きっと苦労したのだろう。思った俺の肩をポンッと叩いている。
「次のヒートの予定は、卒業式から二週間は先だから。大丈夫だよ。今回、少し早く来たのは真澄君の側にいたからでもあるしね」
「真澄さん?」
「相性が良すぎて、お互いのα性とΩ性が惹き合ってるみたいなんだ」
「え……じゃあ、俺、居ない方が良いって事?」
「ううん。側に居てあげて欲しい。でも、ヒート予定の数日前からは離れておいた方が良いかも。その辺は瑛太さんと話そう」
 寺島先生は時計を確認し、俺に少し待っていて欲しいと言っている。診察室で待つわけにはいかないので、病院の待合室の方へ移動した。
 椅子に座って、待っている間に有紀に連絡を入れた。明日からまた、学校に行くと伝えた。それともう一人、連絡を入れようかどうしようか、迷っている人の名前を見つめた。
 真澄の味覚はどうなっただろうか。俺が下手くそなキスをした時は、一日で消えてしまった。二度目は結構、真澄の舌に触れることができたけれど、味覚は戻っているだろうか。数日で消えていないだろうか。
 戻った味覚をもう一度失った時の真澄の顔が、頭から離れなくて。親切心が、返って苦しめていないだろうか。
 待合室で待っていると、寺島先生が歩いてきていた。俺を連れて、病院関係者しか入れない通路へと入っていく。関係者専用のエレベーターで最上階まで行くと、奥にある執務室と書かれた部屋に通された。
 本や書類がたくさん並んでいる部屋で、瑛太と浩介が待っていた。寺島先生と俺が入って行くと、浩介がすぐにお茶を淹れに行く。
「やつれてるね、愛歩君」
「おかげさまで。マジでこれ、消えてくれないっすかね」
「番になれば終わるよ?」
「……で、何です? 俺に説教するなら早めにお願いします」
 夜中に真澄の部屋でヒートになった。きっと瑛太は俺が真澄に何をしていたか勘づいているはずだ。ヒートが終わったばかりの気怠い体をソファーに座らせた。スッと置かれたお茶を手に取ると一口飲んだ。
「うまっ。え、お茶ってこんな美味いの?」
「浩介君の絶妙なお湯加減が成せる技だよ」
「へー、お湯入れるだけじゃ駄目なんだ」
 お茶が甘く感じる。もう一口飲んだ俺に、瑛太が切り出した。
「ありがとう」
「……てっきり責められるかと」
「兄としては弟の唇を奪った君をすっごく責めたいけどね! 真澄が絶対駄目って言うから我慢する」
「結局責めてるじゃん」
 ブラコンめ、思いつつ残りのお茶も飲んでしまう。もう少し飲みたいな、思った俺を察した浩介が二杯目を淹れてくれた。喉が異常に乾いていたのか、お茶が染み渡る。
「真澄が、お昼ご飯食べずに待ってる。君と一緒に食べたいからって」
「……じゃあ」
「うん、戻ってる。もりもり食べてるよ。それにもう、傷も恐れなくて良い。自分の力で治す力も付いてる」
「傷?」
「あの子はね、血を止めることができなかったんだ。手を噛んだと聞いた時は心臓が止まるかと思ったよ」
 俺のヒートに引っ張られないよう、真澄はあの時、自分の手の甲を噛んでいた。もし、傷が治せないままだったら、血が止まらず、失血死もあるという。真澄にとって、小さな傷でも命取りになる。
 それなのに、俺に引っ張られないよう、手の甲を噛んだのか。
「本当に、君には感謝しているよ。真澄のα性がもっと開花すれば、体が丈夫になるはずだ」
「……まあ、バイトなんで」
「ただ、真澄のα性が開花すると、君のΩ性も強く影響を受けるから。ヒート予定の一週間前から離れた方が良い」
「分かりました。それまでにもっと真澄さんに食ってもらって、丈夫にしておきます」
「うん、頼んだよ。ベロチューはもういいからね?」
「しませんって。治って欲しくてやっただけだから」
 あの時は夢中だったから。とにかく治って欲しい一心でやった。二杯目のお茶も飲み干す俺を見ていた瑛太は、浩介を見上げている。
「送ってあげて」
「はい」
「愛歩君。君はまだ高校生だから。年相応のことなら目を瞑るよ」
「……どういう意味ですか?」
 立ち上がりながら聞けば笑っている。
「まあ、君が真澄の事を好きになってくれるなら大歓迎ってこと」
「……俺は、バイトだから」
「バイトにベロチューは含まれてないけど?」
「もう、しつこいっす!」
 何回言うんだ、この人は。俺だって必死だったのに。ファーストキスまで捧げて治そうと頑張ったのに、いつまで根に持つのだろう。
 俺達のやりとりに寺島先生が吹き出している。
「瑛太さん、そこまでにしましょう。やっとヒートが収まったんです。休ませてあげないと」
「分かってるよ。浩介君、お願いね」
「はい。では行きましょう」
 長身の浩介についていくと、ようやくブラコン瑛太の攻撃から逃げられた。盛大に溜息をついた俺に、無表情の浩介が見つめてくる。
「……何ですか?」
「何でもありません」
「すっごい何か言いたそうな顔をしてますけど?」
「あの人が、感謝はしても責めるなと。田津原様は、ぼっちゃんを大切にして下さいますか?」
 浩介が歩いてくれないと、俺も歩けない。体がだるいのに、早く帰って飯食って寝たいのに。
「俺が側に居て、真澄さんが元気になるなら側に居るし、返って悪化させるなら離れるし。真澄さんが食えるようになるならって、下手くそなりに頑張ってみたんだけど」
「分かりました」
 頷いた浩介が歩き出す。納得してくれたかは分からないけれど、キビキビ歩く背中を追い掛けた。瑛太の外車ではなく、浩介の私用の車なのだろう。青い普通車の後部座席に乗せてもらった。
 真澄の家に向かう間、強烈な睡魔に襲われた。ヒート中はほとんど眠れないから、終わった後はだるくてたまらない。下りた瞼に逆らえず、ストンと眠りに落ちていた。
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