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抱き締めても良いですか?
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真澄の味覚が戻った、と思った。
これで少しずつでも食べる量が増えると。
でも俺が学校から帰って、夕飯を食べる頃には、味覚は消えていた。お昼を食べる時にはまだ少し感じていたと言う。
ビタミン剤が効いたと思っていた。俺がキスをするまでもなく、治ってくれたと思ったのに。真澄の味覚が一時的に戻ったのは、昨日、俺が下手くそなりにキスをしたからなのか。
だったら。
もう一度、頑張ろう。
戻ったと思った味覚が、また失われてしまった時の真澄の顔が忘れられない。大丈夫だと、慣れているからと、泣きながら笑っていた。俺のヒートが来る前に、真澄の味覚を戻してあげたい。
深夜零時を回った。そっと真澄の部屋に入っていく。レースのカーテンを開けると、今日は横を向いていた。難易度が上がっている。仰向けにさせようと、触れた頬が濡れていて。
胸が苦しくなった。涙の跡を拭ってやると、起きないように仰向けにさせた。
治したい。
治って欲しい。
想いを込めてキスをした。開かせた唇から舌を差し込み、真澄を探した。
舌先に、彼の舌が触れている。もっと深く入らないと駄目だ。真澄に覆い被さっていく。顎を持ち上げ、舌を絡めた。
「……ん……ぅん!」
舌を絡め取った時、真澄の体がビクッと揺れた。押さえ込んでいた俺は、肩を叩かれて飛び起きた。
薄暗い中、真澄の瞼が開いていて。唇を濡らしたまま俺を呆然と見上げている。
「す……すみません!!」
早くベッドから下りなければと慌てて、そのまま滑り落ちるように転がってしまった。腰を打ってしまう。尻餅をついた俺が見たのは、両手で顔を隠した真澄の姿だった。
「……酷いよ」
小さく言われてしまう。それはそうだろう、夜中に忍び込まれて、激しくキスされていれば。
それなのに胸が痛んだ。
真澄なら、目を覚ましても受け入れてくれるんじゃないかと、心のどこかで思っていた。
「……気持ち悪いですよね、うがいしましょう」
味覚を治したかったけれど、気持ちが悪くなって吐くといけない。俺が抱き上げても良いだろうか。自分で起き上がってもらおうか。
ベッドの下で悩む俺に、真澄が俺の方を向いた。指の隙間から見ている。
「黙ってするなんて……酷いよ。ファーストキスだったのに……!」
「すみません……」
「僕の味覚に関係あるんでしょう?」
顔から手を離した真澄が起き上がった。ベッドに腰掛けている。濡れている自分の唇に手を当てている。
「兄さんが言ってたべろちゅーって、キスのことだったんだね」
「舌と舌を絡める結構ハードなキスだから。真澄さん、嫌だろうなって思って」
「……嫌じゃないよ。愛歩君はいつも僕に優しいから。今朝、味覚が少し戻ったのって……」
俯きながら見つめられる。観念するしかなくて、頭を掻いた。
「俺が下手で。ちゃんとできてなくて。中途半端に治したから、真澄さん、泣かせたのが辛くて。勝手にしてごめんなさい」
精一杯頭を下げた。その目の前に、細い手が差し出される。
「……ちゃんとして?」
「真澄さん?」
「知らない間に、ファーストキス、終わってたから」
細い手を取った。立ち上がり、隣に腰掛けた。ふっくらしてきた頬を包むように手を添えると、軽いキスをする。重ねるだけのキスに、真澄の瞼が下りる。俺の手に自分の手を添えると笑っている。
「愛歩君、上手だね。……経験済み?」
「俺もファーストキスは昨日です」
「……本当?」
「なんで、変態兄さんが言ってたベロチュー、真澄さんの協力が無いとやっぱ難しい」
「どうしたら良いの?」
頬を包んだまま顔を上げてもらった。口を開いてもらう。
「舌、こっちに出して」
「う、うん……」
「気持ち悪くなったら俺の手叩いて下さいね」
唇を重ねながら差し出されている真澄の舌に自分の舌を絡めた。なるべき味覚を感じる場所に触れたい。どうしても治って欲しい。
昨日は少ししか触れられなかったから。奥に引こうとしている真澄の舌を追い掛ける。俺の手を握り締めながら一生懸命こちらに出そうとしてくれている。
「ん……ん……!」
気付けば覆い被さっていた。息ができるよう、何度か唇を離しては、重ねた。夢中で吸っていると、真澄の体からαのフェロモンを感じた。
チリッと、項に痛みが走る。
弾かれたように体を離した。
「……やばい……くる!」
「え……?」
「逃げて……真澄さ……!」
心拍数が跳ね上がった。真澄のベッドに崩れ落ちてしまう。激しい鼓動に動けない。息ができない。
「愛歩君!?」
「はな……れて……!」
真澄は俺のフェロモンで高熱を出したことがある。俺のせいで倒れるかもしれない。
俺が離れなければ。這うようにベッドを下りようとした。
「つっ! ……はぁ……き、君はここに居て! 救急車を呼んでくるから……!」
朦朧とした意識の中、真澄が自分の手の甲を噛んでいた。よろめきながら部屋から出て行く。
体が震えるほど感じた。奥が濡れてくる。二度目のヒートが来てしまった。予定より少し早い。
我が身をかき抱いた。抑制剤は自分の部屋にある。真澄の部屋を出れば他の人にフェロモンを吸わせてしまうだろう。
カタカタ震えた。抑制剤が無いとこんなに辛いのか。自然に流れてきた涙に唇を噛み締める。ベッドに顔を埋めた時、良い匂いがした。惹かれるように埋めてしまう。
そうすると少し落ち着いた。無意識に匂いがする物を体に巻き付けた。まるで真澄に抱き締めてもらっているような、そんな錯覚がする。
*……抱いて欲しい! 真澄に抱いて欲しい……!
頭の中に響く声。ガンガン響いてくる。丸まった体に、誰かが触れた。
「愛歩君? これ、抑制剤、飲める?」
桃ノ木家で働いている女性だった。彼女もΩで番が居る。寝間着姿のまま駆けつけてくれた。
彼女に抱き起こされ、震えながら抑制剤を飲んだ。錠剤タイプは効き始めるまで十分はかかる。救急車が到着するまでの間に抑え込まなければ運べない。
俺をベッドに戻した女性は、隠すように掛け布団を掛けてくれた。
「頑張って。救急車、すぐに来るからね」
返事ができなかった。口を開くとあさましい声が出てしまう。真澄のベッドで震えることしかできなかった。
到着した救急車の隊員が部屋に入って来た時には、抑制剤は効いていた。運ばれながら聞かずにはいられなくて。
「ますみさ……! だいじょ……ぶ?」
「大丈夫だよ。心配しないで」
女性は笑っていたから、きっと大丈夫なのだろう。
安心すると瞼が下りていった。あまりに熱い体に、意識が保てなかった。
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