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抱き締めても良いですか?
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これは一歩間違えれば犯罪だ。
いわゆる、夜這いという奴になると思う。
そっと、暗い真澄の部屋に入っていく。ベッドのレースのカーテンは閉められていた。中の様子が見えない。
そろそろと開いてみた。真澄は深い眠りの中なのか、仰向けになったまま静かな呼吸をしている。口は閉じていた。
味覚を治すためだ。
可能性があるなら、試したい。
真澄に気付かれないようにしなければ。男にキスされるなんて嫌だろう。それも濃厚なキスだ。
起こさないようにベッドに乗り上がり、ふっくらし始めた頬に両手を当てた。少し上を向かせると、顎が緩んで口が開いている。
心臓が破裂しそうだ。
人生で、誰かにキスをしたことがない。
これがまさかのファーストキスになる。
真澄の味覚が治るなら。
震えながら唇を重ねた。自分の舌を伸ばし、真澄の舌を探した。でも有紀の言うとおり、眠っている相手の舌を探るのは難しい。なかなか触れられない。
「ぅん……」
真澄が身じろいでいる。心臓が口から飛び出すかと思った。慌てて離すと、ベッドから下りた。起きたかと思ったけれど、まだ眠っている。唇が、俺の唾液で濡れていた。
袖で拭ってやると、カーテンを戻し、自分の部屋に戻った。
やっぱできねぇ……!
自分のベッドに飛び込んだ。真澄に触れた唇は、痺れて仕方が無かった。
***
昨日は良く眠れなかった。寝間着代わりのトレーナーとジャージ姿のまま、真澄の部屋に用意されている朝食を食べに行く。最近は起こす前に起きている真澄が笑いながら迎えてくれた。
「おはよう、愛歩君」
「おはようございます」
なんとなく罪悪感を持ちながら、ソファーに座っている真澄の隣に座る。体が触れていないといけないので太腿を当てた。なるべく真澄の唇を見ないようにして。
朝から豪勢だ。今日は洋食なのか、焼きたてのパンが幾つもある。一般人の朝食のパンと言えば食パンだろうに、桃ノ木家ではチョコレートパンやアンパンもある。クロワッサンはサクサクで、ジャムも自家製らしい。ハムエッグも用意してくれている。
いつものスムージーもある。手を合わせると、遠慮無く頬張った。勢いよく食べる俺に、真澄はいつも笑っている。
「凄いな~。作りがいがあるって、料理長が喜んでるよ」
「俺の腹も喜んでるんで。美味いっす、マジで」
もりもり食べる俺の隣で、いつものようにスムージーから飲み始めた真澄は、ふと、動きを止めた。ハムエッグを口に入れた俺も、つられて止まってしまう。
「どうしました?」
「……甘い」
確認するように、スムージーを吸っている。
「甘いよ、愛歩君!」
「え、マジで!? これ、これは?」
俺用の、半熟卵に甘辛いタレを掛けた物を真澄に押しやった。恐る恐る口に入れた真澄は、口を押さえている。
「少しだけど分かる! これ、辛いでしょう?」
「そう! 果物は?」
カットされたリンゴを渡してみる。口に入れた真澄は、首を横へ振った。
「リンゴの味は分からないよ」
「濃い味なら分かるってことですね。その卵、食えそうなら食って下さい」
「うん、ありがとう」
久しぶりに味が分かるのが嬉しいのだろう、いつものように苦しみながら飲み込んではいない。味わいながら食べている。
スムージーを嬉しそうに飲んでいる真澄は、少し涙ぐんでいた。
「美味しい。スムージーって、こんなに甘くしてもらってたんだね」
「蜂蜜たっぷりだそうです」
俺には甘すぎるけれど、味覚が戻って初めての味が甘くて美味しいの方が良いと思ったから。良かった、甘くしてもらっておいて。
「今日の夕飯、濃い味でリクエストしておきます」
「うん!」
花が開いたように笑った真澄に、俺も嬉しくて仕方が無かった。
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