抱き締めても良いですか?

樹々

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抱き締めても良いですか?

10.ファーストキス

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 体力測定があった。いつも百メートル走では有紀に負けていた俺は、とうとう彼の足を抜いて、学年で一番の速さになった。
 Ωでなければ、陸上部にでも入って活躍できただろうか。身長を活かしてバスケットボールとか、バレーボールとか、できていただろう。

 どうして俺は、Ωなのだろう。

 いくら運動神経が良くても、活かせる場所が無かった。
「そろそろヒートだから、入院するな。ノート頼む」
「おうよ。もう、三ヶ月かー。真澄さん、元気になってる?」
「俺が帰った時、起き上がって待ってられるようになったんだ」
 いつものように、有紀と二人で屋上に居る。寒くなってきたので、そろそろ屋上で食べるのは辛くなってくるだろうか。
「一週間は離れるからな。その間に、悪くなってないと良いけど」
 スムージー効果で、肌艶は良くなった。少しふっくらもしてきている。浮き上がっていた背中の骨がずいぶん薄くなった。
 笑っている時間も増えた。俺と一緒に、お笑いテレビを見る余裕もできてきた。腹を抱えて笑っている所へ秘書の浩介がビタミン剤を持って来た時、あの無表情の人が崩れ落ちたのは忘れられない。人間って、本当に腰から砕けるんだって思った。
「最初は心配してたけど、良い感じみたいで安心したよ」
「……有紀には感謝してる」
「何、どうした? 改まって」
 弁当と一緒に持ってきていた紙袋を有紀に差し出した。
「これ、有紀と雫さんに。番になったおめでとう的な」
「え、マジで? サンキュー!」
 中身はお揃いのブレスレットだ。アルバイト代で買った。
「俺さ、お前が居てくれるのが当たり前でさ。高校も徒歩に付き合ってくれてたし、お前めっちゃ良い奴じゃんってやっと気付いた」
「おっそいなー! 俺、良い奴よ?」
 笑っている有紀に、俺も笑ってしまう。
「支えてくれる人が居るって大事だなって思って」
「それで?」
「真澄さん、味覚が無いんだ。何食っても味が分からないって」
「そりゃ辛いな」
「変態兄さんがビタミン剤を色々試してるけど駄目で。俺がヒートに入る前にどうにかしたいって思ってる」
 せっかく起きて笑えるようになった。もっと食べられるようになれば、もっと元気になると思う。
 瑛太はそこまでは望んでいないと言っていた。実際、あれから俺にそれらしいことは言わなくなった。浩介がビタミン剤を届けに来てくれて、それをスムージーに混ぜているけれど改善が見られない。
 俺が離れている間、また食べられなくなるのではないか、寝込んでしまうのではないか、心配でたまらない。
「んで、俺に聞きたいことがある顔だな?」
「うん。冷やかしじゃ無いから」
「分かってる」
「あのさ……お前達って、濃厚的なキスってしてんのか?」
「してるよ」
 俺の遠慮が何だったんだと思うくらい、さらっと答えてくれた。俺の方が照れてしまう。
「味覚わかんないのと、キスと、関係あんの?」
「変態兄さんの話じゃ、真澄さんの舌にΩが直接触れたら、可能性がある的なこと言ってて」
「指とかじゃ駄目なのか?」
「試したけど駄目だった」
 嘔吐いてかえって気分を悪くさせてしまった。話しを聞けば、感覚もあまり分からないらしい。
「そのさ、濃厚なやつって……」
「うーん。俺はしずちゃん好き好きーって感じて、唇奪っちゃうけど、お前はまだそこまで真澄さん好きって感じじゃないんだろう?」
「わかんねぇ……」
「そもそも、キスできる? したいって思う?」
「……どうだろう」
「キスできるなら、後は歯で噛まれないよう口を開かせて、ぬるっといくのよ」
「ぬ、ぬる?」
「相手が起きてるなら応えてくれるけど、寝てると難しいかもな」
 買っていたリンゴジュースを飲みながら教えてくれる。寝ていると、相手の舌が引っ込んでいる可能性があるから届きにくいかもと言う。かといって、起きている真澄に濃厚キスはできない。
「Ωの唾液が舌に乗れば良いのかもな」
「だ、唾液って……!」
「相性が良いαとΩって、お互いの体調不良をある程度治せるんだって。お前達は運命の番だろう? 触れなくても、感じてフェロモンを出し合うだけでも違うかもな」
「……お前、大人だな」
「うっふん」
 童顔親友は、俺の知らないことを教えてくれた。赤面してしまう俺に、彼はからかうように笑っていた。
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