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抱き締めても良いですか?
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眠っている茜を起こさないよう、上半身を起こした。番になって四年、七歳下の茜は、出会った頃と変わらず綺麗なままだ。
慎二とのお見合いが無くなり、なんだかぽっかり胸に穴が空いたような、そんな感傷に浸っていた時に出会った。
浩介と慎二が上手くいけば良いと思いつつも、まだ、慎二に未練があった。もしも浩介が慎二に断られたなら、なんて思いもどこかにあったと思う。
~*~
休憩がてら、病院の近くの喫茶店で一人、感情を整理していた時だった。オープンテラスの心地よい陽だまりに癒やされていた私は、隣の席から感じるΩのフェロモンに気付いた。他の客も気付き逃げていく。
まだ、大学生だった茜が、震える手で抑制剤を飲もうとしていた。けれど、それを手で払いのけた男がいた。
荒い息、血走った目で茜を見下ろしていた。もう一人、男が加わると、茜の腕を掴んでいる。
「お前だろ? 誰でもやらせてくれる奴って……!」
「ちがっ……! 僕は……!」
「フェロモンまき散らしておいて何言ってんだ」
「相手してやるから」
周りはΩのフェロモンを受けないよう、近づけないでいた。落ちた抑制剤を拾おうとしている茜を、男二人が引きずるように連れて行こうとしていた。彼等はβだった。
そして、確かに茜からはΩのフェロモン、ヒートを感じたけれど、量が通常より少なかった。だから近い距離に居る私も、彼等も、精神崩壊を起こさずにいられるのか。
受け入れているのか、思って観察していた。茜は震える体を押さえ込まれ、泣いていた。
「止めて……下さい! 薬……飲ませて……!」
「良いから、ちゃんと相手してやるって」
「違います……! 僕……そんなんじゃ……!」
「うーん、困ったな。私は君を助けても良いの?」
立ち上がりながら尋ねた。泣いている目と視線が合う。
「助けても良いですか?」
「た……助けて下さい……!」
ヒートで崩れ落ちた茜を男の一人が抱え上げようとしていた。
「では」
「おっさんは引っ込んでろ!」
もう一人が私に殴りかかってきた。それは遅く、笑ってしまうほどで。
避けると足をひっかけ転ばせた。正面から倒れた男の、背中を踏みながらもう一人を振り返る。
「犯罪ですよ。ヒート中のΩ襲うなんて、非常識極まりない」
「街中でヒートになる方が悪いだろ!」
「彼が望んでいるのなら邪魔はするまいと思いましたが、抑制剤を飲もうとしていましたよね? 邪魔したあなた方に責任があると思います。私、犯罪が大嫌いなもので」
転がっている男を仰向けにすると、腹部を踏みつけた。もがく彼をそのままに、茜を抱きかかえていた男の、股間を遠慮無く蹴り上げた。悶絶しながら茜を落としたので受け止めた。
さすがに至近距離でΩのヒートを受けると、私も我慢の限界がくる。スーツのポケットに入れていたα用の緊急抑制剤を腕に打った。
「これ、最近、やっと承認が下りたΩ用の緊急抑制剤です。投与しても良いですか?」
応えられずに何度も頷いている。細いその腕に、Ω用の抑制剤を打ってやる。錠剤タイプより効き目が強く、早い。溢れていたΩのフェロモンが抑えられていく。
「あ、ちょっと逃げるの無しですよ。逃げるなら骨折りますからね。ちゃんと後で綺麗に繋げてあげますから」
茜を抱きかかえたまま、逃げようとした男二人を牽制したけれど走って行こうとしている。その先に、私を迎えに来た沢村浩介が歩いて来ていた。
「浩介君! その二人捕まえて!」
声が聞こえたのか、浩介が動いた。近い方の男の、首を捕まえロックしている。もう一人が反転して逃げて行こうとしたので、ロックした男を地面に叩き落としてから、長身で走ると難なく捕まえた。男二人の襟首を捕まえ来ようとしている。
「ストップ! この子、ヒート中! 今、救急車と警察呼んだから! そっちお願い!」
「分かりました」
「殴られるまで、反撃は駄目だからね! 我慢して!」
私が抱きかかえていたΩの茜に気付き、何が起きていたのか瞬時に理解した浩介は、捕まえていた男達を無言で見下ろしている。その視線だけで、二人が震え上がった。襟首を握る手が、ギリギリ締まっていた。
病院が近かったので、すぐに救急車が到着する。救急隊員に指示を出した。
「病棟の端を空けて。番持ってるαとΩ以外の看護師は近づかないように」
今は抑制剤のおかげでそれほどフェロモンが出ていない。今のうちに個室に入れてあげなければ。
早くΩ病棟を作りたい。敷地内に建設中の病棟は、あと一年ほどで完成する。私と父母が目指していた病院が完成するまで後一歩のところまで来ていた。
「聞こえますか? 一旦、私の病院に連れて行きます」
もう、頷くことしかできなくなっていた。救急車に乗せ、見送ると警察のパトカーも到着する。浩介のもとへ行くと、二人の息が詰まりかけていた。
「浩介君。緩めて。大丈夫だから」
「……犯罪者です」
「うん。だからちゃんと、捕まえてもらおう」
大きな手を握った。血管が浮くほど力を入れているその手を放すよう促した。
堪えるように瞼を閉じた浩介は、男二人の襟を解放した。崩れ落ちた男二人を警察へ引き渡した。
~*~
茜のヒートは不定期で、安定していなかった。常に抑制剤を持ち歩いていたけれど、不定期なヒートを知っている同じ大学の生徒からは、茜が誘っていると噂されていた。
錠剤タイプではフェロモンを抑えるまでに少しかかってしまう。あまり強い抑制剤は体に悪いけれど、緊急抑制剤を処方した。
不定期な上に、ヒート中のフェロモン量があまり多くないため、狙われやすかった。彼が拒んでも、精神崩壊を起こさせるだけの量が出ないからだ。
大学を暫く休学していたけれど、医者になりたかった茜は、大学にもう一度行こうと決心した時に襲われ挫けそうだった。
「こんなに綺麗だと、苦労したよね」
眠る髪を撫でてあげる。男Ωの中でも綺麗な部類に入るだろう。慎二は体を鍛えていたので細マッチョな感じだったけれど。茜は襲われるのが怖くてあまり外に出ていなかった。
あの喫茶店に居たのは、彼氏を待つためだった。男Ωの茜を受け入れ、付き合っていたαの男は、不定期なヒートを起こす茜を誤解し、その後別れた。
ヒートは自分の意思ではどうにもできないのに、周りの理解があまりに稚拙だ。守るべき対象を責めるなんて。
「番になった以上、安心してね。誰にも傷つけさせないから」
私を愛してくれるこの子を、全力で守ると決めたから。願わくは、茜との間に子供が欲しいと思って毎夜、頑張っている。男性で、Ωのフェロモン量が少ない茜は、他の男Ωよりも妊娠が難しいと言われているけれど。
できないならできないで良かった。
私の側で眠る茜を守るだけだ。
横になると胸に抱き込んだ。すっぽり収まる茜は、実に抱き心地が良かった。
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