抱き締めても良いですか?

樹々

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抱き締めても良いですか?

8.近づいた好きまでの距離

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 コンビニの駐車場にパトカーを停めた。今日はこのコンビニで三十分ほど休憩する。
「何にする?」
「うーん、肉まんあれば。あと、鮭おにぎりも」
「さっき昼食ったのによく入るな」
「とか良いながら、先輩もいっつもおにぎり食べてるでしょ」
「ま、そうだな」
 笑いながらドアを閉めた。コンビニの中に入っていく。
 犯罪の抑止力として、定期的に色々なコンビニでパトカー駐車をしている。三十分ほど滞在し、ここには警察官が立ち寄るのだと認識させる。
 そうすると、万引きや強盗が狙わなくなってくる。常にパトカーが巡回している地区では、防犯力が上がる。
「こんにちは。停めさせてもらってるけど大丈夫?」
「もちろんです! え、やだ! 顔に傷が……!」
 顔見知りの店長がカウンターから出てくる。見上げられ、まだ腫れている唇をまじまじと見られてしまう。
「せっかくのイケメンが!」
「何、何か買って欲しいの?」
「今日のお勧めはスペシャル肉まんです! 新作なんですよ」
「じゃ、それを二つ。あと鮭おにぎりと、コーヒー二つね」
「はい!」
 ちゃっかりしている店長に乗せられて、買い物を済ませるとコンビニを出た。待っていた杉野に渡してやる。
「でかいっすね」
「新作だってさ」
「ここの店長、先輩にメロメロですからね」
「メロメロって……今時でも言うのか?」
「通じてる時点で先輩もたいがいですよ」
「そうだな」
 肉まんにかぶりつきながら笑っている。俺も食べると、しみ出す肉汁に驚いた。油断すると油が垂れてしまう。落ちないよう急いで食べようとして、まだ塞がっていなかった唇の傷に滲みた。思わず手で押さえてしまう。
 それを見ていた杉野が、鮭おにぎりに取りかかりながら前を向いた。
「それにしても先輩の傷、治り遅いですね。番持ちのΩなら、もうそろそろ治っても良さそうなのに」
「……セクハラだぞ」
「純粋に心配してます。関係、悪いんですか?」
「そんなことはないさ。ただ、俺は男だしな。あいつがそう言う気分になかなかなれないっていうか」
「は? 何でです?」
 心底不思議そうに首を傾げられてしまった。
「お前だって、男の俺は無いって言うじゃないか」
「それは俺の恋愛対象が女だからですよ。男Ωに限らず、男同士で恋愛してる奴だっていっぱいいるでしょ。番になりたいって時点で、番さんの恋愛対象は男なんじゃないんですか?」

 何だって。

 そうなのか?

「え……何目から鱗こぼれましたみたいな顔してるんですか」
「だって、俺がΩだから、αのあいつが番に……」
「だから、番のαさんの恋愛対象が女なら、そもそも男の先輩の番にならないですって。あれ、俺変なこと言ってます?」
 呆然としてしまった俺の目の前で、手をヒラヒラさせている杉野。
 そう、なのか?
 浩介の恋愛対象は男なのか?
 俺が男というところは、気にしなくても良いのか?
 でも、ならなぜ浩介はあまり触れてくれないのだろう。そういった方面は淡泊で、キスさえ最近、やっとするようになったばかりだ。
「……俺、余計なこと言いました?」
「いや……助言、助かった。ますます謎になったけど」
「もう、この際、俺で良ければ聞きますよ」
 コーヒーを飲みながら笑っている。俺も飲みながら唸った。
「いや、いいよ。後輩に恋愛事情知られるの、さすがに恥ずかしいしな」
「了解です」
「聞くのは構わないけど?」
「……時間がある時に相談させて下さい。決めかねてて」
「ああ、いつでも良いよ」
 ポンッと背中を叩いておいた。もう少しで休憩は終わる。数人がパトカーをチラチラ見ながらコンビニに入っていったけれど、特に怪しい人物は見かけなかった。
 ここは大丈夫だろう、次に移動する。Ωを襲っていた犯人はまだ捕まっていない。パトカーを移動させ、広範囲に巡回を増やしている。
「次、この辺まで行くぞ」
「了解です」
 杉野が運転し、俺が指示を出す。道行く人の顔、表情、動作を見ながら移動する。
 勤務中は集中しなければ。犯罪を見逃さない。
 法定速度を守ったパトカーを監視カメラが少ないエリアで走行させた。できることならもう二度と、Ωが襲われませんようにと願いながら。
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