抱き締めても良いですか?

樹々

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抱き締めても良いですか?

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 真澄は本当に体が弱かった。食も細い。胸に手を当てたまま、もう片方の手で細い手を握ってやる。暫くすると、真澄の瞼が開いた。
「あ、お帰り」
「ただいまです。昼、ちゃんと食べましたか?」
「ううん……食欲が無くて」
 笑っているけれど、力が無い。ずっと寝ていては体がなまってしまうと思い、抱きかかえるとソファーの方へ連れて行く。
「着替えてきて良いよ」
「腹減ったんでおやつ頼んだんですよ。一緒に食おうと思って」
「……そうなんだ」
 二人でソファーに座って、お手伝いさんが持ってきてくれるのを待っていた。
 腹が減ったというのは嘘だ。確かめたいことがある。
 手を握って真澄の顔を確認したけれど、小さな溜息をついていた。
 暫くすると部屋におやつを届けてくれた。リクエストはたこ焼きだった。ホカホカ焼き立てで美味しそうだ。
 一個口の中に入れると、俺の希望どおりの味になっている。
「めっちゃ甘く作ってもらったんですよ。一つだけでも食って下さい」
「……うん、分かった」
 無理に笑っているのは分かっている。真澄が一つを皿に取ると、冷ましながら口に入れた。もごもご口を動かし、最後は水で流し込んでいる。
「どうですか? 甘い?」
「うん、甘いね」
「やっぱり」
 真澄の言葉に確信した。もう一つ、たこ焼きを口に入れる。
「これ、辛く作ってもらいました。結構、辛い奴です」
「……ぇ」
「真澄さん、味覚が無いんですね」
 唐辛子を入れてもらっている。俺でも耳がヒリヒリするくらいの辛さだ。それが感じられないほど、味覚障害があるということか。
「いっつも、飲み込むのに苦労してる感じだったから。食欲がないんじゃなくて、食べるのが辛いんでしょう?」
「……皆には言わないで」
 俯く痩せた顔。握っている手に力がこもる。
「せっかく作ってもらってるのに、味が分からないって言ったら悪いから……」
「俺は桃ノ木家の事情はわかんないけど。真澄さんが言うなって言うなら、言いません」
 手を握り返してやる。
「でも、やり方は変えます」
「やり方?」
「ちょっと待ってて下さい」
「愛歩君?」
 真澄の手を放し、一度部屋を出た。階段を下りると一階の台所へ入っていく。いつも料理を作ってくれる人と相談し、あることを頼むと作ってもらった。できるだけ美味しい奴にしてもらう。
 それを持って真澄の部屋に戻る。俺が離れたからか、ソファーに横になっていた。苦しそうで見ていられない。テーブルにお盆を置くと抱き起こした。
「真澄さん、これ、試して下さい」
 お盆に乗せたグラスが二つ。なみなみと注がれたそれは、栄養たっぷりスムージーだった。
「水とか、お茶は飲めてるでしょう? ストローを使えば、喉に直接飲めるし、舌を通らない分、楽だと思うんですけど」
「……言ったの?」
「言ってません。食欲が無いみたいだから、スムージー作って欲しいって頼んだだけです」
 量が多いかもしれない。でも少しずつでも良い、栄養を取らないと体が持たない。
 いつから味覚が無いのだろう。何を食べても味が無いというのは辛いだろう。桃ノ木家の料理は美味い、その味が感じられないなんて。
「……ぁ、飲みやすい」
「良かった。一気に飲まなくて良いですから。それ、本当に甘く作ってもらってます。味覚が戻った時に、にがっ! ってならないように」
 俺も一緒に飲めば、真澄も言いやすいだろう。辛いたこ焼きと、甘いスムージーを頬張る俺に笑っている。
「気付かれたの、愛歩君で五人目だよ。そんなに顔に出てるかな」
 父の桃ノ木泰蔵、兄の瑛太、秘書の浩介、そしてその番の人。
「うーん、顔に出てるというより、勘? 真澄さん、美味しいとか、辛いとか、言わないですよね。可愛いとか、綺麗とかは言うけど。見た目は褒めてるけど、味のことを言わなかったから」
 もしかしたら、味が分からないのではないかと思うようになった。肉を食べても旨みが分からないなんて、味の無くなったガムをずっと噛んでいるようなものだろう。
 そう思い、どうにかできないかと考えた。
「体が元気になるには、食わないと。でも、食うのがしんどいんじゃなーと思って。観察してたら、水分はいけるっぽいし。すり潰してもらおうと」
「……ありがとう」
「毎食、スムージーを添えてもらいます。中身も色々変えてもらうから。固形もちょっとは食って欲しいけど」
「うん、頑張る」
 青白い顔で笑っている。栄養たっぷりスムージーをゆっくり飲んでいく。少しずつでも減っていくコップの中身に安堵した。
 手を握って息が楽になっても、体を支える栄養が無ければ動けないだろう。これで少しは中から丈夫になれば良い。
 俺も作ってもらったスムージーを一緒に飲んだ。気付けば、真澄のコップは空になっていた。
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