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抱き締めても良いですか?
7.消えそうな存在をどうにかしたくて
しおりを挟む「ただいま……やっぱり寝てるか」
桃ノ木真澄の部屋に入ると、死んだように眠っている。細い体に、細い呼吸。まるで映画の中に出てくるようなレースのカーテンが付いた大きなベッドで眠る真澄は、眠り姫のようだった。
学校の鞄を下ろすと、布団を少しめくった。薄い胸に手を当ててやる。そうすると、呼吸が少し楽になるのか、苦しそうだった顔が緩む。まるで子供のように眠っている。
ここに来て、もう一週間になる。半ば拉致されるように連れて来られたけれど、冗談ではないと思ったけれど。
今にも死んでしまいそうなこの人が、どうしても放っておけなかった。
~*~
「兄さん……! 駄目だって言ったのに!」
「真澄、お前だって気付いているんだろう?」
「だからって……ゴホゴホッ!」
病院で会ったか弱い男性は、咳き込みながらもベッドから起き上がっている。
広い部屋に大きなベッド。肌触りの良さそうなパジャマを着ていた男性・桃ノ木真澄は、俺を半ば拉致するように連れてきた兄・桃ノ木瑛太に詰め寄っている。
「すぐに帰してあげて」
「大丈夫、ちゃんと許可は取っている!」
「俺じゃなくて両親のな」
「……ほら! 彼が望んできた訳じゃ……」
苦しそうに咳き込んでいる。瑛太が抱き留めるとベッドへ戻した。
「水だ。ゆっくり飲んで」
「兄さん、駄目だよ」
「分かっている。だが、私は諦められない」
弟の頭を撫でた瑛太は俺を振り返り、ずんずん歩いてくると手を引っ張ってくる。ベッド側にあった椅子に座らされた。
「アルバイトだよ! 弟の面倒を見てくれたら約束通り時給は弾む!」
「……アルバイト?」
「そう。真澄の手を握って、苦しい時はさすってくれる契約になっている」
ね、と言いながら肩を叩かれる。眉間に寄った皺をそのままに無言で頷いた。探るような真澄の視線を受けながら。
「無理してるでしょう?」
「ああ、してる」
「いいよ、帰って。ごめんね、変なことに巻き込んで」
「つか、帰る家が無くなった」
大きな溜息が出てしまう。どっと疲れた俺は、契約どおり真澄の細い手を握った。
瑛太と秘書の浩介が待つ喫茶店に着いた俺と有紀は、まずは怪しい男に自己紹介を受けた。Ω病棟のある病院の院長の長男・桃ノ木瑛太。三十五歳の時期院長の彼が、Ω病棟を作った人だった。
俺達が喫茶店に着く間に、俺の両親も呼んでいた。そして瑛太と、合流した両親で、話がどんどん進んでいった。俺と有紀が反対しても親が了承してしまい、話はまとまってしまった。
最悪だ、項垂れた俺の背中を、有紀が慰めるように撫でてくれていた。
「あんたの手を握って側に居る。ただし、ヒート期は入院する。学校はここから通えってさ」
「何で!?」
「俺が聞きてぇよ。んだよ、運命の番って」
手を握っていなければ時給は出ない。親が家に入れてくれないのだから、ここに居るしかない。有紀も受験生だ、迷惑はかけられない。
どうせここに居なければならないなら、しっかり時給はもらいたい。
「……運命の……番?」
「そう! お前達は運命の番! いずれ一緒になるんだ、今から一緒でも問題ない!」
「問題あるでしょう!? 彼はまだ高校生なんだよ! 大事な受験も控えているのに何してるの!? すぐに帰してあげて!」
「真澄……?」
「兄さんが僕を思ってくれるのは嬉しいよ! でもこんな形で人に迷惑掛けちゃ駄目だよ! ご両親にもきちんと説明して……」
「真澄――!!」
怒っている真澄を笑顔の瑛太が抱き締めている。溜息をついている俺のことは眼中に無いらしい。
「お前がこんなに怒鳴れるなんて……! 咳は? 苦しくないのかい?」
「え……そう言えば……苦しくない」
「ほら! お前には愛歩君が必要なんだよ!」
今度は俺も抱き寄せられる。もう、どうにでもなれだ。
「必ず番になってくれとは頼んでいない。ただ、真澄がもう少し元気になれるよう協力して欲しいと頼んだ」
「嘘つけ。俺に運命の番がいるって両親に言ったせいで、二人とも乗り気になってんだぞ」「兄さん!」
「運命の番なのは間違いない! 嘘は吐いていない!」
逃げるように俺達から離れると、そそくさと出て行ってしまった。追い掛けようとした真澄を引き留める。
「言っても無駄。あんたの兄さん、手回しが良いゴーイングマイウェイタイプ」
「……ごめん、僕のせいで」
「つか、初勃起したって話したんですか?」
「言うわけないよ! あの時、病院へ向かう途中だったから運転手さんが居て。ずっと長くうちで働いてくれていた人だから」
そこから情報が流れたのだろうと言う。申し訳なさそうな真澄に、盛大な溜息を吐きながら苦笑した。
「バイト代はきっちりもらうんで」
「うん。兄さんにしっかり請求してね」
握っている手をポンッと叩かれた俺は、その日からここで生活することになった。
~*~
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