抱き締めても良いですか?

樹々

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抱き締めても良いですか?

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 思い出すと、顔が火照って仕方がない。仕事中に他の事に気を取られるなんて。
 もう一度、軽めに頬を叩くと書類整理を急いだ。今日はできるだけ早く帰りたい。
 俺の様子を横から眺めていた杉野は、ニヤニヤしだした。
「もしかして、番さんと良い感じになったんですか?」
「セクハラ反対。上に言うぞ」
「すみません。ここ数日、朝から顔が赤くなったり、ぼんやりしたり、急にほっぺたぶっ叩いたり。奇想天外なことが横で起こってるんで何かあったんだろうなーと思いまして?」
「……悪かった。集中するよ」
「そうして下さい」
 笑っている後輩は、コーヒーブレイクを済ませるとテキパキと書類を片付けていく。パソコンにも詳しく、体力面でも申し分ない後輩は本当に頼りになった。
「これ、この前頼まれてたやつです」
「ありがとう」
「こんなの調べてどうするんですか?」
「ちょっとな」
 杉野がデータ化してくれたものを自分のパソコン上で見つめた。街の防犯カメラを設置している場所をマップ上に光点で映し出したものだった。繁華街の方に集中している。
 一方、田舎の方へ抜ける道は、ほとんど光点が無くなっている。防犯カメラが無い場所も多く、その周辺の地図を頭に叩き込んだ。
「犯罪は、見えない場所で起こるからな」
「ああ、なるほど。防犯カメラがある場所は外して、この辺に集中して回るってことですね」
「それもある。パトカーを誘導に使って……」
 説明を続けようとしたら上司に呼ばれた。商店街でナイフを持った男が暴れていると通報が入ったため、その応援に行くことになった。
 Ωを襲う犯人も逃したくはないが、今、起こっている事件を解決するのも大事。ベストを着ると杉野と共に現場へ向かった。

***

 やばい。
 どうしよう。
「あー、がっつり腫れてますね」
 杉野に消毒液を吹きかけられる。
「いった!」
「痛いでしょうよ。これ、番さんに俺が怒られるパターンですかね……」
 杉野の顔が曇っていく。腫れてしまった口を開かないように、笑いながら肩を叩いておいた。
「もみ合ってたんだ、仕方がないさ。お前のせいじゃないし」
 氷を袋に入れてもらい、それを腫れている場所へ当てた。ナイフを持っていた男を取り押さえる時に、暴れた男の肘が顔に当たってしまった。幸い、歯が欠けたりはしなかったけれど、見た目にはかなり痛そうに腫れている。
 せっかく、この間キスをしたばかりなのに。また暫くお預けになりそうだ。
「あの人、めちゃくちゃ心配性でしょう?」
「まあ、そうだな。前に足捻挫した時は大変だったよ。ずっとお姫様抱っこで俺を運ぶんだぞ? ただの捻挫で大袈裟だって言ってもきかないし」
「その割に、顔がニヤニヤしてますけど?」
「……そんなことはない」
「まあ、良いですよー。くれぐれも、俺が殴った訳じゃないって言っておいて下さいね」
「分かったよ」
 冷やしても、腫れが引きそうにないので今日は帰ることにした。少し遅くなってしまっている。杉野と分かれ、車を運転するとマンションへ帰った。
 少し血が滲んできている。後でガーゼを換えないといけないなと思いながらドアを開けた。
「ただいま」
「お帰りなさ……」
 玄関まで出迎えに来てくれた浩介は、壊れたロボットのように止まっている。ガーゼを貼って隠したけれど、腫れている唇に気付かれた。
 ドアの鍵を締めて靴を脱ぐと、浩介の胸をポンッと叩いた。
「ちょっと犯人ともみ合った時に肘が当たっただけだから……!?」
 抱え上げられていた。慌ただしくリビングに連れて行かれる。椅子に下ろすと、ガーゼを剥がされた。
「いたっ! お前、剥ぐなよ!」
「ちゃんと冷やしましたか?」
「冷やしたよ。大丈夫だって。明日には引いてるさ」
「顎は? 動きますか? 桃ノ木様に診て頂いた方が……」
「大丈夫! 話せてるし! 口の中は切ってないから」
 膝を突いて見上げられた。腫れと、傷があるだけで見た目ほど酷くはないと思う。腫れ具合を確認した浩介は、冷蔵庫から氷を取り出してきた。
「まだ冷やした方が良いですから」
「分かったよ」
「夕飯は食べられそうですか?」
「食べる。お腹ペコペコ」
 作ってくれていたハンバーグが俺の食欲をそそっている。ご飯をよそってくれた浩介は、お茶も淹れてくれた。
「頂きます」
 柔らかく煮込まれているハンバーグを一口、口に入れようとして汁が傷に入った。
「いたっ! 結構、滲みるな」
 でも食べる。せっかく作ってくれたハンバーグだ、残したくない。
「無理しないで下さい」
「無理じゃない。食いたいから食う」
 一度、氷を下に置いた。片手にタオル、片手にハンバーグの二刀流でいく。タオルで傷をガードしつつ、ハンバーグを頬張った。
「美味いな。どう煮込んだらこんな柔らかくなるんだよ」
 痛みにも慣れてきた。もりもり食べる俺を黙って見ていた浩介は、お茶の入った湯飲みを持ってキッチンへ行っている。戻ってきた時、コップに冷たいお茶を入れ直し、ストローをさしてくれていた。
「熱い物は滲みますから」
「ありがとう」
 ストローから冷たいお茶を飲んだ。甘くて美味い。
「ご馳走様でした!」
 たらふく食べて満足した。氷を口に当てる。もしかしたら、明日は口の中も腫れるかもしれないとは言えなかった。遅れて歯茎辺りに少し違和感を感じ始めている。
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