抱き締めても良いですか?

樹々

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抱き締めても良いですか?

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 後半年で高校を卒業、という時にヒートが来てしまうなんて。卒業式には無事に出られるだろうか。
 昼休みに屋上でぼんやりしていると、有紀がバンッと背中を叩いてきた。
「まなちゃん、乙女になってる~!」
「よ~し、しばかれたいんだな? こっち来い」
「いやよ!」
 俺の手をひらりとかわした有紀は、胡座をかきながらどっかりと座っている。持ってきていたおにぎりに噛みついた。
「俺を待ってろって言ったのに先に帰っちゃって? ヒートでぶっ倒れたお馬鹿さんはどこのどいつかしら?」
「……悪かったよ」
「反省してるなら良し。言ったろ、ヒートは根性じゃどうにもならないんだよ」
 彼女の雫のヒートを見てきた有紀に言われると、ぐうの音も出なかった。食欲が無くて食べ進まない弁当箱を突いてしまう。
「で、どうだったの」
「聞くか? お前」
「だって、長身のモデル風イケメンがとうとうヒート。学校は隠してるけど、休んでる期間で皆、噂してるし」
「……まさかお前、俺にムラムラすんなよ?」
「いやいや、俺、可愛い彼女いるし。つがってるし」
 もぐもぐ、おにぎりを噛んでいる。童顔の有紀にはもう、番が居る。
 番になれば、番相手にしか発情しなくなるという。Ωが番のαを求める理由だ。
「凄いよな、お前。俺等まだガキじゃん」
「うーん。まあ、でも、会った瞬間、あ、好きだーって思った気持ちは本物よ」
「ごちそうさまで」
 なんとか食べようと、唐揚げを摘まみ上げる。ツンツン、ツンツン、おでこをつつかれる。
「今までうんともすんとも色気の無かったお前がとうとうだろう? 無駄に成長したその体を愛してくれるαをどう見つけるよ?」
「別に、俺はαのものになるつもりはねーよ」
「あら嫌だ! またα差別!」
「Ω差別よりマシだろうが」
 噛みついた唐揚げを飲み込んだ。有紀もおにぎりを頬張りながら空を見上げている。
「ま、お前がα嫌いなの知ってるけどな-。ずっとヒート抱えて生きていくのはしんどいぞ」
「分かってるよ。実際経験して、彼女がすっげー苦しかったの分かったしな」
 抑制剤を飲んでも、体の熱は消えない。抑制剤の効き目が薄れてくると、αを求める声が強くなる。誰でも良い、この熱を消して欲しいと願ってしまう。
「αがお前みたいな奴ばっかりなら、俺もひねくれなかったんだけどな」
「お、告白? 今更だめよ~」
「言ってろ。彼女、大事にしろよ」
「もちのろんよ」
 ウィンクしてみせた有紀に苦笑しながら、俺も探すしかないのかと溜息をついた。
 有紀みたいにΩに理解があって、男Ωでも受け入れてくれる人を探す。
「……はぁ~~」
「飯がまずくなる! 溜息禁止! 運命の番よ来たれ! イケメンΩの元へ!」
「うるさい!」
 魔方陣らしきものを描いて叫んだ有紀の頭をパンッと叩いておいた。

***

 俺にヒートが来たことを、校内の生徒の大半に知られている。隠したところで、休めばヒートが来たことを知られてしまうものだ。
 有紀以外のαには近づかないようにしている。クラスメイトも受験を控えている身だ、巻き込まれないように距離を取っている。
 教室の一番後ろの席、廊下側が俺の定位置になる。万が一、ヒートが早まってきた場合、すぐに運び出せるように。
 その前に有紀が陣取っている。俺にヒートが来たら、彼が運び出してくれることになっている。
 卒業までに後一回は来てしまうだろう。大学進学をするべきか、働くべきか。悩む俺に、親は番を探す見合いをしろという。
 俺の溜息は止まらなかった。
「愛歩、溜息ついてると幸せ逃げるってよ」
「見合いってどうよ。上から目線のαに品定めされるってことだろう?」
「だーかーら! α差別反対!」
「Ω差別を受けてみろって」
 いつものように歩いて帰っていると、一台の車が近づいてきた。白いボディの外車は、俺達の少し先で止まっている。助手席から降りてきた男性は、手元のスマホと俺の顔を見比べると走り寄ってきた。
「田津原君!!」
「な、何ですか?」
「君、君! 運命の番!」
 両手を握られ振り回される。意味が分からずたじろぐ俺の手を握ったまま引っ張り出した。
「いやいや、誘拐反対!」
 有紀が俺の腰にしがみついて止めている。俺も足を踏ん張って男性を止めた。
「急に何ですか!」
「ああ、ごめん。あまりに嬉しくて! 弟がやっと勃起したと聞いてはいてもたってもいられなくて!」
「ちょ、この人やばくね?」
 有紀が耳打ちしてくる。頷きながらなんとか手を振り解いた。二人で距離を取る。
「待って待って! 怪しい者じゃないよ!」
「怪しさしかないし」
「ああもう! 君がヒート時に入院した病院の院長の息子! か弱く可憐な私の弟を覚えているだろう?」
 じりじり迫ってくる怪しい男性から、俺と有紀は下がりながら距離を保つ。病院の院長の息子、か弱い息子と言えば。
「ああ、勃起して熱出した人」
「え、マジで?」
「そう! 君のフェロモンに当てられてね。今までヒート期のΩの側に居ても無反応だったのに!」
 両手をグッと握りしめている。
「初・勃・起!」
「やばくね? 禁止用語叫んでるし」
「逃げるぞ! 俺達まで変態扱いされる!」
 危険な男性から一刻も早く逃げなければ。男性の車の進行方向とは真逆に走って行く。
 けれどいつの間に後ろを取られていたのか、知らない男性が立ち塞がっている。変態男の仲間なのか、いとも簡単に俺を捕まえた。俺より身長もがたいもある男だ。
「この方で間違いありませんか?」
「そう! 真澄の所へ連れて行こう!」
「しかしぼっちゃんは無理矢理連れてきては行けないとおっしゃっていましたが……」
「ん、だから今からちゃんと頼むよ」
 がたいの良い男に羽交い締めにされている俺の所へ歩いてくる危険な男。有紀が両手に握り拳を作って身構えている。
「喧嘩はしない。浚う気も無い。頼みに来たんだ」
「頼む態度じゃないでしょう? 二人ともαっすよね? 俺のダチに何するつもり?」
「ごめんね。興奮してしまって。放してあげて」
「はい」
 俺を捕まえていた男は素直に放してくれた。有紀が背中に庇ってくる。
「無理矢理襲うαは俺も嫌いなんで」
「ごめんね。少し話をさせてもらえないだろうか?」
 いくらか冷静さを取り戻した怪しい男性は頭を下げてくる。有紀と顔を見合わせると、しぶしぶ頷いた。
 病院のベッドで苦しんでいた弱々しい男性の兄が、わざわざ俺に会いに来た理由を知りたくて。俺のフェロモンの影響で、何か問題が起きたのかもしれない。
「じゃ、車に乗って!」
「桃ノ木様、怪しさが消えていません。車ではなくどこか喫茶店に致しましょう」
 俺を簡単に捕まえた男は冷静だった。この先にある喫茶店を待ち合わせにして話がしたいと申し込まれる。
 車に乗るのは危険なので、俺達は徒歩で向かう。外車に乗った怪しい男性は、絶対来て欲しいと念を押すと先に向かった。
「逃げる?」
「いや、逃げると家に来るだろ。院長の息子なら、住所知ってるだろうし」
「だねー」
 行かないと戻って来るだろう。足早に歩くと喫茶店まで急いだ。
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