抱き締めても良いですか?

樹々

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抱き締めても良いですか?

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「これは友達としての言葉。聞いてくれる?」
「はい」
「琴南さんが、ただ番が欲しかっただけなら、私を選んでいたはずだよ。番としての相性は浩介君より良かったからね」
 父が勧めたお見合い相手。最初は男Ωとは珍しいなと思って見ていて、話しているうちに惹かれていって。
 二人で見合い会場の庭を散歩している時に、この人と付き合ってみるのも悪くないなと思った。
 でも、慎二の方が笑いながら断った。
 自分は子供が持てない男Ωだ、と。
 私自身は気にしないと、伝えたかったけれど。彼の心の中にある、大きな壁を壊してやれるだけの自信が、あの時の私には無かった。
 見合いはお互い断る形で終わり、その日の夜、父と話していた。父は慎二に子供が持てないことを承知の上でお見合いを勧めていたことを知って、であるならば、私も本気になってみようと思っていた。
 けれど。
「浩介君が、琴南さんと番になりたいって、初めて私達に望んでくれたから。あの人を助けたいって。だから私は身を引いたんだよ?」
「……桃ノ木様があの人を見初めていたと知っていれば……」
「諦めた?」
 見上げれば、口を引き結んでいる。私より一歳年上の、不器用な人が、可愛くて仕方が無い。髪を撫で回してしまう。
「浩介君はもっと、琴南さんが大好きだって顔に出した方が良い」
「……顔に出すのは、苦手です」
「いいかい、浩介君。男Ωの人たちって、大なり小なり、苦労してきてる。色々なことを諦めてきてる。君を番として受け入れたのなら、琴南さんの中に浩介君が必ずいるから」
 ポンッと広い胸を叩いてやる。
「思い切り抱き締めてあげないと」
「……善処します」
「うん!」
 浩介を反転させ、背中を押した。
「行ってらっしゃい!」
「……お先に失礼致します」
 綺麗なお辞儀をして見せた浩介が言われた通りに帰っていく。広い背中を見送ると、真澄の病室へ急いだ。
 浩介と慎二が番になって五年、あまり進展が無いのが気になっていた。浩介にとって慎二は、私達、桃ノ木家と同じくらい大切な存在のはずだ。
 私と父で話していた所へ、浩介がわざわざ入って来てまで、番になりたいと申し込んできたのだから。その理由を聞いて、私は慎二を諦めると決めた。
 真澄同様、浩介も大切な家族だから。彼にはとことん、幸せになって欲しい。
 辿り着いた真澄の病室のドアをノックした。返事は無いけれどそっと入っていく。点滴を打たれている弱々しい、私の最愛の弟。椅子を引き寄せるとベッド側に座った。額に手を当てるとずいぶん熱が高い。解熱剤が効いていないのか。
「……兄さん?」
「起こしちゃったか。呼吸は苦しくないかい?」
「うん、大丈夫」
 いつも無理して笑う。柔らかい髪を撫でてやる。
「まさか真澄がΩのフェロモンにやられるなんて」
「あの人……大丈夫?」
「うん。今は入院しているよ。水、飲むかい?」
「少し欲しいな」
 体を起こしてやった。骨が浮いている、細い体。年々、弱っていく。このままでは歩くことも難しくなるかもしれない。水を飲む背中をゆっくり撫でてやる。
「何があったか、教えてくれる?」
 ベッドに寝かせてやりながら、胸をポンポン、叩いてやる。熱い息を吐き出しながらぼんやり天井を見上げている。
「病院に行く途中で、気持ち悪くなって。公園のトイレで吐いてて。飲み物を買ってきてもらっている間に、あの子達が来て」
 真澄はうとうとしながら話してくれる。きついなら明日聞こう、細い手を握ってやる。
「あの子、αの子達に連れて来られてたみたいなんだけど、ヒートに気付いて逃げろって言ってて。自分は倒れちゃって。助けなきゃって思って……」
 真澄は今までΩのフェロモンに反応が無かったから。自分なら助けてやれると思って近づいてしまったらしい。
「慎二さんが抑制剤を投げてくれたから、とにかく打ってあげなきゃって思って。でも、あの子に触れたら、電流が走ったみたいに体が震えたんだ……!」
 震えながら抑制剤を打ち込んだ。打った後、自分の体が信じられないほど高揚していたらしい。私には恥ずかしくて言えなかったけれど、おそらくその時に、男として勃起していたのだろう。

 αとしての、本能が、目覚めたのだろう。

 この高熱は、もしかしたら真澄の中に眠っていたα性が開花したのかもしれない。
 とすれば。
「真澄、今はゆっくり眠りなさい。熱が高いけど、心配いらないから」
「うん……」
「今夜は私が側に居るからね」
「兄さん、休んで。僕なら大丈夫だから」
「なに、可愛い弟の側に居るのは幸せなことだよ」
 緊急の呼び出しが無い限り、真澄の側に居てやりたい。ポンポン、ポンポン、胸を叩くと瞼が下りていく。子供のように眠る弟が、もしも大人になれるのなら。

 その高校生を、ぜひとも側に置きたい。

 番になってくれたらなお良いけれど。それは本人達が決めることだから。真澄のα性が落ち着くまででも良い、側に居てくれるよう頼んでみよう。
 眠る弟の手を握ると、私も眠った。
 夢の中の真澄は、元気に走り回っていた。

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