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抱き締めても良いですか?
2.売られた喧嘩は男として買います
しおりを挟むなんとか遅刻せずに辿り着いた警察署。番の沢村浩介が作ってくれた弁当箱をロッカーに仕舞いながら服を脱いでいく。琴南慎二と、ロッカーに貼られたネームプレートを見ると、いつも浩介に感謝している。
「髪、伸びたな。そろそろ切ってもらおうかな」
ロッカーの鏡に映る自分の髪を摘まんだ。緩やかにウェーブがかかっている黒髪が伸びてきている。項にもかかり始めているので邪魔だ。浩介に切ってもらおう。
着替えていると後輩の杉野保が入ってくる。長身の彼はノックというものを知らない。
「琴南先輩、おはようございます」
「ああ、おはよう」
「おっと、まずいまずい」
「いいって、気にすんな」
「番さんに殺されますんで」
杉野が背中を見せている。苦笑しながら制服のボタンを留めた。αの後輩の肩を叩いてやる。
「男同士だろう?」
「俺にとって先輩は男でも、番さんにとってはΩでしょう? 申し訳ないですけど、俺、あの人苦手で」
ブルリと震えている杉野。前に一度、仕事終わりに杉野と飲んでいた時に、浩介が迎えに来たことがある。ほろ酔い気分で二人で盛り上がり、肩を組んで店から出た俺達を浩介が無言で見ていて。それが杉野的には堪えきれない殺意を感じたらしい。
「基本、あいつは無表情だからな。いつもあんな感じだぞ」
「いやあれは、お前殺すぞ、離れろオーラでしたよ」
「大げさな」
「先輩、自分が愛されてるってちゃんと自覚しないと駄目ですよ」
「愛されてるね~。俺達は、そういう感じじゃないんだよな」
着替えを終え、二人でロッカールームを出た。今日もとある捜査に乗り出すために。
ここ数ヶ月で、Ωが狙われる事件が三件、発生している。公園の隅の方にある、あまり使われないトイレで襲われていた。死角になっているその場所は、人がほとんど行かない場所で。
頼み込んで防犯カメラを設置した。周辺の草も刈った。人の目と、綺麗にしていれば、事件を防ぐ効果があるからだ。これ以上、被害者を出したくない。
Ωとして、Ωを狙う犯人が許せない。
杉野は良く付き合ってくれる頼もしい後輩だ。俺の事も、Ωではなく男として接してくれる。
「あの辺のパトロール、増やしてもらってるけど。もう、あそこにはこないでしょうね」
「恐らくな。犯人は絶対捕まえる」
襲われたΩは、皆がヒート状態になっていた。それもヒートではない時期にヒートになっていた。そのため記憶が朧気で、犯人の顔を良く覚えていなかった。
「違法ドラッグがこんな田舎にも出回ってるなんて。嫌な世の中ですね」
「Ωを馬鹿にしてる。瑛太さん達が薬の研究を進めてくれてるけど、やっぱりヒートそのものを抑える薬が欲しいな」
そうすれば番になっていないΩでも、三ヶ月に一度来てしまうヒートに悩まされる事がなくなる。βのように、日常を送れるようになれば良いのに。
書類整理のために自分のデスクに向かった。座ろうとした俺を上司が呼び止める。一瞬、眉間に皺が寄りそうになったけれど我慢した。
「琴南、ちょっと来い」
「あ、俺も行きます」
「お前は来なくて良い。そこ、二人も来い」
俺と、部署内に居た女Ω二人も呼ばれた。俺の代わりに杉野の眉間に皺が寄っている。
「顔に出すな」
「正直なもので」
杉野の腰を突いて自制させると、デスクの引き出しからある物を取り出してポケットに入れた。女性二人と一緒に部屋を出ると会議室の方へ連れて行かれる。
「君たちは応えなくて良いから」
「でも……」
「良いって。慣れてる」
小声で話しながら会議室に入ると、他の部署からもΩが呼ばれていた。この署では男Ωは俺だけだからか、先ほどの上司・松井の目は汚い物を見るように俺を見る。二人のΩは俺の背中に隠した。
「揃ったかな。急に呼んで済まないね。捜査に協力してもらおうと、松井君から提案があって……」
「ヒートの時の状況を教えてもらいたくてね。被害者が顔を覚えていないんじゃ話にならない。我々はΩではないから、Ωの君たちにぜひ、助言をもらいたくて」
顔がにやけている。松井の言葉に、俺をこの署に入れてくれた上官、早乙女の顔が曇る。
「松井君、言葉を少し慎んでくれないか」
「違法ドラッグが出回っているんです。次の被害者が出る前に……」
「ヒート中は、意識が朦朧として、記憶が曖昧になります。襲われている被害者ならなおさらです。覚えていないことを責めるのはお門違いだと思います」
他の部署のΩも下がらせた。前に出た俺に松井が舌打ちしている。
「お前の意見なんぞ聞いていない。そこ、君に……」
「男ですが、Ωなんで。逆にヒートの経験は豊富ですか?」
「貴様……!」
「他のΩには帰ってもらっても宜しいでしょうか? 早乙女上官」
「そうだね。君が協力してくれるなら充分だ」
「だって。皆、帰って良いよ」
「お前……!」
指をさされても気にしない。女Ω達を外へ出してやった。顔を真っ赤にしている松井に、ポケットに入れていた物を取り出した。再生ボタンを押しながら。
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