妖艶幽玄奇譚

樹々

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メリー・クリスマス

聖夜の優しい嘘-Ⅱ

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~*~

 あの時以来、十二月に入ると清次郎は子供達のためにクリスマスツリーを飾る。飛んでいる子供達から見えるように、夜はずっと明かりを点けたままだ。一人、また一人と子供達が集まってくる。
 特別機関のメンバーも、独りでいる子供の霊を見かけるとここへ導くようになった。
 ここに居ると、独りでいる不安や恐怖が薄れる。同じように霊になってしまった子供達も居るためか、元気を取り戻す。溜まってしまった力も薄れ、無邪気に飛び回る子供達をいつも清次郎は見守った。
 そして。
 サンタクロースが来るとされる夜に、私と清次郎は子供達を見送る。特別機関も了承しているため、この日の依頼は来ないようになっている。
 楽しい思いを抱えて旅立ってほしい。清次郎の願いを、私は叶えたい。
「これ、待て、清次郎。私にそのような髭を着けよと?」
「サンタクロースは白く長い髭を生やしているそうです。さ、どうぞ」
「似合わぬ。のう、そうは思わぬか?」
 子供に混ざって浮かんでいる大人に同意を求めた。数人いた大人達は笑っている。
【いやいや、美人の顔にもっさり髭というのも有りでしょ?】
【待って、せっかくの美人がもっさりなんて駄目よ。清次郎さん、髭よりミニスカートにして女性版サンタクロースにしてみたら?】
【お、それは良い! 紫藤さんは男でも女でもいけるっしょ】
「お主等、私におなごの格好をせよと? 寒いではないか」
 スカートというのは、短い履き物のことだろう。そんな格好で雪が降っている庭に立つことはできない。寒いのは嫌いだ。
 サンタクロースが着ているという赤い洋服は着ている。街で見かけたサンタクロースはお腹がふっくらしていて年寄りだった。年を取れない私は、スラリと美しいサンタクロースになっている。
 この美しい姿に髭を着けるなどと。それが駄目ならスカートだと。
「子供らよ。サンタクロースの中で最も美しいサンタクロースが私だ。故に、髭など生えぬ」
【時々、兄ちゃんの言ってる言葉がわかんない】
【サンタさんだからだよ】
【そっかー】
 子供達の中で何かを納得し、私をサンタクロースと認めて周りを飛んでいる。清次郎が寒いだろうと被せてくれた赤い帽子をつつく振りをしては笑っている。

 そろそろか。

 どんな理由で残ってしまったのか。
 苦しい、辛い思いをした子も居るかもしれない。
「子供らよ。逝く時が来たようだ。私の側に来るが良い」
【なに? なになに?】
【兄ちゃん、なんて?】
 ツリーに触れたそうにしている子供や、大人の側から離れない子供も居る。
 清次郎が呼びかけながら手招きした。集まってくる子供達。
「皆一緒だ。寂しくない」
【どこかへ行くの?】
「ああ。本来、お前達が行くはずだった場所へ向かうんだよ。ずっとここに居ると怖い思いをしてしまうから」
【僕、まだここに居たいよ。兄ちゃん達と一緒にいる!】
【私も! 一人はやだもん!】
 清次郎の周りに集まる子供達。撫でたそうにしているけれど、清次郎には触れることができない。伸ばした手で、駄々をこねている子供の頭を撫でてやった。
「お主等は体を失い、死んでおる。この世に居続ければいずれ悪霊というものになってしまう」
【あくりょう?】
「怖い化け物だ。その姿になるとお前達ではいられなくなるんだよ。苦しくて、辛くて、寂しい思いを重ねてしまう」
【僕……化け物になるの?】
【やだよ~!】
 泣きたくても泣けない子供達。清次郎の代わりに両腕を広げると、震える子供達を抱き込んだ。
「故に、私がおる。お主等皆で旅立つが良い」
「サンタクロースが送ってくれる。皆で歌を歌いながら行こう」
 怯えたように震える子供達。落ち着くまで待ってやる。子供達の年齢はバラバラで、小学生くらいの子供が決意をしたように手を上げた。
【行こう。サンタクロースが居るから大丈夫だ、きっと】
【本当?】
【手を繋ごう。離れないように】
 この子は死んだことを理解している。そう見て取った私は、気丈に振る舞うその子の手を握り、皆で輪になった。清次郎は離れて見守っている。
 ハラハラと雪が降る。私と清次郎にうっすらと積もっていく雪は、子供たちには積もらない。
「歌は何が良いかの?」
「赤鼻のトナカイはどうだろう? 歌えるか?」
 小さな子達に問いかけている。頷く子供達に優しく笑いかけた清次郎は、拍子を取り、一緒に歌っている。
 子供達の、音には鳴らない声が私と清次郎には聞こえている。楽しげな歌を歌って、歌に夢中になった頃、封印の珠に呼び掛けた。
 皆から淡い光が立ち上る。一人、また一人と旅立っていく。雪が降る庭で、微かな淡い光が幾つも灯る。
 そうして全ての子供達を見送った。
「無事に旅立ちましたな」
「うむ。お主等はどうする? まだ悪霊になることは無かろうが、望むのであれば送ってやろう」
 封印の珠の影響を受けないよう、離れて見守っていた大人の霊達は、顔を見合わせると数人が歩いてくる。
【そろそろ俺も逝きたいね。何で逝き損ねたのか、ここに居ると分からなくなったしさ】
【ここは気持ちが楽になるわね。すっごく辛かったはずなんだけど、子供達と一緒に居たら忘れちゃった】
 まだ、この世に未練がある者は離れてもらい、逝くことを希望している大人達には旅立ちを手伝った。笑いながらあの世へと旅立っていく。
 幾つもの光が灯っては消えていく。多くの霊が集まっていた庭には、数人の大人の霊だけが残った。
「無理強いはせぬ。苦しくなったこの庭で過ごすが良い」
【ありがとう。もう少し見守りたいから残るね。子供を残して死んじゃったから】
【私も。まだ逝けない】
 クリスマスツリーの明かりは灯したままにしておいた。残った霊達はツリーの明かりを眺めながら談笑している。
 寒さも暑さも感じない霊達とは違い、寒さに弱い私は他に望む者が居ないことを確認して家の中に入る。暖房で温められた室内に入ると、冷えていた体が温まっていく。
「お疲れ様でした。お茶で温まって下さい」
「うむ。お主も冷えておろう。さ、ここへ」
 真ん中のソファーに座り、清次郎を隣に呼んだ。私のサンタクロースの上着を脱がせた清次郎は、身を寄せ合うように腰を抱いてくる。お茶を飲む私の濡れた髪を気にしているのか、タオルを取りに行こうとしている。
「まて。後で良い。寒い故抱き締めよ」
「されど濡れたままでは風邪を引いてしまいます」
「どうせ湯に入る。構わぬ」
 尻を浮かせ掛けた清次郎を引き留め、腰を抱かせた。大人しく私を抱き締めた清次郎は、そっと頬に口付けてくる。
「冷えておいでだ」
「なんのこれしき。お主が温めてくれるでな」
 私も清次郎の腰を抱いた。子供たちを送った後、いつも寂しそうな顔をする。生きている体で温め合った。
「あの子らは楽しい時間を過ごせたでしょうか……」
「お主が見守っておったのだ。きっと楽しかったはずだ」
 清次郎の髪も濡れている。濡れた黒髪をかき上げながら撫でてやった。
「お主が子供のようぞ」
「何度経験しても、胸が苦しくなるもので……」
 ずるずると力なく倒れてきた清次郎は、私の膝に頭を乗せた。赤いサンタクロースの服を握られる。その手に私の手を重ねてやる。
「ふむ。甘える清次郎か。貴重だの」
「情けのうて申し訳ありませぬ」
「構わぬ。甘えるが良い」
 何度も、何度も、頭を撫でてやる。大人しく撫でられる清次郎は、旅立っていった子供たちを思っているのだろう、黙祷するように目を閉じる。
 静かになった庭には、しんしんと雪が降り続いていた。





聖夜の優しい嘘 おわり
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