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読切『紫藤家のとある日常』
その5『色香VSもふもふ』
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浴室内に設置された換気扇が、曇っていた鏡を晴らしていく。鏡に映っている清次郎は、少し困ったような表情をしていた。
「もう、気にせずともよいぞ。足ドンは諦めようぞ」
私の背後に座っている清次郎。長い白髪を持ち上げ、結んでくれる。自身は濡れた髪をかき上げ、男前度を増している。
「子供らがおると、目新しいものが増えるの。知らなんだ世界が広がるようでまこと面白い」
「……左様で」
鏡の中で笑った清次郎。青い瞳はいつ見ても美しい。
出会った頃から、清次郎は清次郎だ。時代が変わろうとも、私を主として立ててくれる。体に眠る三つの珠の力が、いつか消えると思っていたけれど。
これほど長い時を生きていくことになろうとは。
そして、これほど長い時を過ごしても、清次郎は傍に居てくれた。そのことに感謝しなければ。侍の心を持ち続ける清次郎を困らせてはいけない。
体を洗うため、スポンジを取ろうと手を伸ばした。今日は清次郎を洗ってやろう。手拭いよりも柔らかいスポンジは、肌を傷めず洗えるので気持ちが良い。労いの気持ちを込めて丁寧に洗ってやりたい。
そう、思った私の体が引き戻される。鏡越しに清次郎を見ると、珍しく視線が泳いでいる。泳いでは私の視線と絡まった。
「清次郎?」
まだ悩んでいるのだろうか。振り返ろうとした私の肩に、大きくて武骨な手が乗せられる。そのまま首元を過ぎていくとグッと引き寄せられた。もう片方の腕も絡まってくる。首筋に清次郎の顔が埋まった。
「この様に抱き締めることをバックハグと申すそうです」
「……!!」
声が近い。背中に清次郎の温もりを感じる。今まで幾度も抱き締めてもらったけれど、たいていは腰を引き寄せられた。肩を抱き締めてもらうだけでこんなにも変わるとは。
「首は急所故、お嫌でしたら……」
「ま、待て……! まだ堪能したい……!」
相手が賊であれば、首元近くを抱き締められることは命に係わってくるけれど。清次郎相手に命の危険など無い。むしろ密着した肌が温かい。
「足ドンよりこちらの方が良いぞ! お主の色香を感じる」
「……左様で」
ホッとしたように笑った清次郎に、私もホッとした。足ドンをずっと気にしていては、いつもの清次郎に戻れない。抱き締められた肩は優しさで溢れている。
「ほんに現代の者は色々なことを思いつくの」
「達也は少々、ませておりますな。ドラマの影響が大きいとはいえ、今がちょうどこういったことに興味があるのでしょう」
「うむ。とはいえ、七海に手を出そうものなら尻をひっぱたいてやるがの!」
「子供には子供の世界があるのですよ。あまり干渉なさいますな」
「わかっておる。言うてみただけぞ」
肩越しに話す清次郎の声をくすぐったく感じながらも、まだこのまま抱き締めていてもらいたくて逞しい腕にしがみつく。子供たちがいる時はなかなか甘えさせてもらえない。今のうちにたっぷり甘えておかなければ。
そっと触れるように口づけてくれる。鏡越しに見つめていると気づかれた。鏡の中で視線が絡まる。青い瞳は真っすぐだ。
今日は何て良い日だろう。
見つめ返しながら、あることを思い出した。
「蘭丸様……」
「清次郎! いかん! 忘れておった!」
逞しい腕を思わず握り締めてしまう。
「今宵はおもしろ動物なるものがあるのであった!」
七海と一緒に楽しみにしていた。生き物は苦手だが、テレビという便利なもので見る分には楽しい。普段は見られない動物も出てくる。本当に便利な世の中になった。
「急がねば清次郎! もう始まっておるぞ!」
もしかしたら白と黒の愛らしい動物も出るかもしれない。再びスポンジに手を伸ばそうとした私は、肩から腰に回った腕に動きを封じられる。そのまま後ろへ引き寄せられた。座っていた椅子が転がっていく。
ドサリと、立てかけていたマットが敷かれた。振り向く間も与えられずその上に降ろされる。結んでもらった髪が解れて散らばった。
「せ、清次郎……?」
顔の横に清次郎の手が突かれた。覆い被さるようにして屈みこんでくる。見上げた青い瞳は真剣そのもので。
「……床ドン、と申すそうです」
「……!!」
なんと痺れる行為だろう。清次郎の青い瞳から逃れることができなくなった。頭の中を掠めていったもふもふな動物たちが消えていく。
額に触れた清次郎の唇に、私は陥落した。
「焦らすな、清次郎……!」
「……承知」
折り重なった体は、熱くてたまらなかった。
その5
おわり
「もう、気にせずともよいぞ。足ドンは諦めようぞ」
私の背後に座っている清次郎。長い白髪を持ち上げ、結んでくれる。自身は濡れた髪をかき上げ、男前度を増している。
「子供らがおると、目新しいものが増えるの。知らなんだ世界が広がるようでまこと面白い」
「……左様で」
鏡の中で笑った清次郎。青い瞳はいつ見ても美しい。
出会った頃から、清次郎は清次郎だ。時代が変わろうとも、私を主として立ててくれる。体に眠る三つの珠の力が、いつか消えると思っていたけれど。
これほど長い時を生きていくことになろうとは。
そして、これほど長い時を過ごしても、清次郎は傍に居てくれた。そのことに感謝しなければ。侍の心を持ち続ける清次郎を困らせてはいけない。
体を洗うため、スポンジを取ろうと手を伸ばした。今日は清次郎を洗ってやろう。手拭いよりも柔らかいスポンジは、肌を傷めず洗えるので気持ちが良い。労いの気持ちを込めて丁寧に洗ってやりたい。
そう、思った私の体が引き戻される。鏡越しに清次郎を見ると、珍しく視線が泳いでいる。泳いでは私の視線と絡まった。
「清次郎?」
まだ悩んでいるのだろうか。振り返ろうとした私の肩に、大きくて武骨な手が乗せられる。そのまま首元を過ぎていくとグッと引き寄せられた。もう片方の腕も絡まってくる。首筋に清次郎の顔が埋まった。
「この様に抱き締めることをバックハグと申すそうです」
「……!!」
声が近い。背中に清次郎の温もりを感じる。今まで幾度も抱き締めてもらったけれど、たいていは腰を引き寄せられた。肩を抱き締めてもらうだけでこんなにも変わるとは。
「首は急所故、お嫌でしたら……」
「ま、待て……! まだ堪能したい……!」
相手が賊であれば、首元近くを抱き締められることは命に係わってくるけれど。清次郎相手に命の危険など無い。むしろ密着した肌が温かい。
「足ドンよりこちらの方が良いぞ! お主の色香を感じる」
「……左様で」
ホッとしたように笑った清次郎に、私もホッとした。足ドンをずっと気にしていては、いつもの清次郎に戻れない。抱き締められた肩は優しさで溢れている。
「ほんに現代の者は色々なことを思いつくの」
「達也は少々、ませておりますな。ドラマの影響が大きいとはいえ、今がちょうどこういったことに興味があるのでしょう」
「うむ。とはいえ、七海に手を出そうものなら尻をひっぱたいてやるがの!」
「子供には子供の世界があるのですよ。あまり干渉なさいますな」
「わかっておる。言うてみただけぞ」
肩越しに話す清次郎の声をくすぐったく感じながらも、まだこのまま抱き締めていてもらいたくて逞しい腕にしがみつく。子供たちがいる時はなかなか甘えさせてもらえない。今のうちにたっぷり甘えておかなければ。
そっと触れるように口づけてくれる。鏡越しに見つめていると気づかれた。鏡の中で視線が絡まる。青い瞳は真っすぐだ。
今日は何て良い日だろう。
見つめ返しながら、あることを思い出した。
「蘭丸様……」
「清次郎! いかん! 忘れておった!」
逞しい腕を思わず握り締めてしまう。
「今宵はおもしろ動物なるものがあるのであった!」
七海と一緒に楽しみにしていた。生き物は苦手だが、テレビという便利なもので見る分には楽しい。普段は見られない動物も出てくる。本当に便利な世の中になった。
「急がねば清次郎! もう始まっておるぞ!」
もしかしたら白と黒の愛らしい動物も出るかもしれない。再びスポンジに手を伸ばそうとした私は、肩から腰に回った腕に動きを封じられる。そのまま後ろへ引き寄せられた。座っていた椅子が転がっていく。
ドサリと、立てかけていたマットが敷かれた。振り向く間も与えられずその上に降ろされる。結んでもらった髪が解れて散らばった。
「せ、清次郎……?」
顔の横に清次郎の手が突かれた。覆い被さるようにして屈みこんでくる。見上げた青い瞳は真剣そのもので。
「……床ドン、と申すそうです」
「……!!」
なんと痺れる行為だろう。清次郎の青い瞳から逃れることができなくなった。頭の中を掠めていったもふもふな動物たちが消えていく。
額に触れた清次郎の唇に、私は陥落した。
「焦らすな、清次郎……!」
「……承知」
折り重なった体は、熱くてたまらなかった。
その5
おわり
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