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読切『紫藤家のとある日常』
その1『かべどん?』
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強い霊感のせいで両親から見放され、独り生きていた月影達也という人生に加わった新しい家族。
紫藤蘭丸と土井清次郎。
二人の家に引き取られ、そこへ土井七海も加わって。
些細な日常が、俺にとってはどれも新鮮で。
一日、一日が、ただなんでもない一日が、楽しくてしかたがない。
そんななんでもない一日が今日も終わろうとしている。清次郎と七海と一緒になって洗濯物を取り込んだ。気持ちの良い風が吹き、太陽に照らされていた洗濯物は良く乾いていた。
俺と七海は自分の分の洗濯物は自分でたたむ。それと男四人分のタオルやバスタオルもたたんでいく。ほかほかしているタオルをほどよく冷ましながらたたんだ。
俺が一枚タオルをたたむ間に、清次郎は二枚たたんでしまう。何をやらせても手早い清次郎は、たたんだタオルを浴室へ運ぼうと立ち上がる。
「のう、清次郎。しばし良いかの?」
一人、ソファーでテレビを見ていた紫藤が振り返る。たたんだタオルを一旦、ソファーに置いた清次郎は、すぐに紫藤の側へ行く。
「はい、どうかなさいましたか?」
「ふむ、お主に少々、頼みがあるのだが」
そう言って、紫藤が立ち上がる。そのまま部屋の壁の方へと歩いて行く。一歩、後方に下がった清次郎がそれを追いかけて行く。
俺と七海は首をかしげ合う。まあ、良いかとたたんだ洗濯物を、清次郎の代わりに仕舞いに行くため立ち上がりかけたけれど。
「清次郎、このように壁に手をついてみてくれ」
「こう、でございましょうか?」
紫藤に言われるままに、清次郎が両手を壁に突っぱねるようにしてついている。その伸ばされた両腕の中へ、紫藤がスッと体を入れた。
「ふむ。なるほど、確かに少々恥ずかしいの」
「紫藤様?」
清次郎の両腕の中で、紫藤は満足げに頷いている。
俺の口がヒクヒク震えてしまう。
「ぶっ!! ち、ちげーよ、蘭兄! そうじゃねぇって!」
吹き出しすぎて、危うくたたんだばかりのタオルの束を倒しそうになる。両腕を突っぱねたまま困惑している清次郎を手招きして呼んだ。
「蘭兄はそこで待っててくれ」
「しかし、テレビではこのように……」
「いいから。動くなよ?」
一人紫藤を壁に残し、手招きした清次郎を隣に座らせる。七海も顔を寄せてきたので、正しいやり方を伝授した。
その際、俺流のアレンジも加えておく。
「もしかして、蘭兄さん、さっきのテレビを見て?」
「たぶんな。つか、もう、今更的な感じなんだけどな」
俺たちが洗濯物をたたんでいる間、紫藤は熱心にテレビを見ていた。俺は画面は見ていないけれど、音は拾っていたから。女子高生の憧れるシチュエーションの定番になっている「壁ドン」の、色んなパターンを紹介していた番組。
見ていたはずなのに、どうしたらああなるのだろう。あれでは「壁ドン」ではなく、「壁スッ」だ。
「清兄、思いっきりが大事だからな!」
「しかし、主にそのような……」
「その主がしてほしいんだって。ほら!」
渋る清次郎を立たせ、広い背中を七海と一緒になって思いっきり押した。一歩、進み出た清次郎は、大人しく待っている紫藤を見つめると、決意したように歩いて行く。
真っ直ぐに、壁を背にして立っている紫藤を目指す。
言葉もなく近づく清次郎に、紫藤の腰が少し引けた。思わずだろう、横へ逃げようとした紫藤の顔をかすめるように、清次郎の右手が突き出される。
鈍い音とともに、清次郎の右手が壁を突く。風圧で、紫藤の白髪がふわりと揺れる。
目を見開き、息を詰める紫藤。
清次郎の青い瞳が、スッと細められると、ゆっくりと左手が紫藤の白髪を掻き上げる。そのまま頬を滑り、耳たぶを軽く摘まんだ清次郎は、唇へ息を吹きかけるように囁いた。
「蘭丸様……」
「……!!」
ただ、名前を呼んだだけ。
それだけで。
紫藤の膝がカクンッと落ちる。
「……え? し、紫藤様!?」
急に崩れ落ちた紫藤に清次郎は慌てている。腰が砕けたままフルフル震えている紫藤に、俺は指をパチンッと鳴らした。
「成功!」
「ちょっと刺激が強すぎたんじゃない? 僕もドキドキしちゃった」
「ふふん! どうだ!」
自慢げに胸を反らした俺の隣で、七海は白い頬をほんのり赤くしている。
腰の砕けた紫藤は、清次郎に支えられながら俺を見ると、ことさら満足げに頷いた。
またしても吹き出した俺だった。
その1
おわり
紫藤蘭丸と土井清次郎。
二人の家に引き取られ、そこへ土井七海も加わって。
些細な日常が、俺にとってはどれも新鮮で。
一日、一日が、ただなんでもない一日が、楽しくてしかたがない。
そんななんでもない一日が今日も終わろうとしている。清次郎と七海と一緒になって洗濯物を取り込んだ。気持ちの良い風が吹き、太陽に照らされていた洗濯物は良く乾いていた。
俺と七海は自分の分の洗濯物は自分でたたむ。それと男四人分のタオルやバスタオルもたたんでいく。ほかほかしているタオルをほどよく冷ましながらたたんだ。
俺が一枚タオルをたたむ間に、清次郎は二枚たたんでしまう。何をやらせても手早い清次郎は、たたんだタオルを浴室へ運ぼうと立ち上がる。
「のう、清次郎。しばし良いかの?」
一人、ソファーでテレビを見ていた紫藤が振り返る。たたんだタオルを一旦、ソファーに置いた清次郎は、すぐに紫藤の側へ行く。
「はい、どうかなさいましたか?」
「ふむ、お主に少々、頼みがあるのだが」
そう言って、紫藤が立ち上がる。そのまま部屋の壁の方へと歩いて行く。一歩、後方に下がった清次郎がそれを追いかけて行く。
俺と七海は首をかしげ合う。まあ、良いかとたたんだ洗濯物を、清次郎の代わりに仕舞いに行くため立ち上がりかけたけれど。
「清次郎、このように壁に手をついてみてくれ」
「こう、でございましょうか?」
紫藤に言われるままに、清次郎が両手を壁に突っぱねるようにしてついている。その伸ばされた両腕の中へ、紫藤がスッと体を入れた。
「ふむ。なるほど、確かに少々恥ずかしいの」
「紫藤様?」
清次郎の両腕の中で、紫藤は満足げに頷いている。
俺の口がヒクヒク震えてしまう。
「ぶっ!! ち、ちげーよ、蘭兄! そうじゃねぇって!」
吹き出しすぎて、危うくたたんだばかりのタオルの束を倒しそうになる。両腕を突っぱねたまま困惑している清次郎を手招きして呼んだ。
「蘭兄はそこで待っててくれ」
「しかし、テレビではこのように……」
「いいから。動くなよ?」
一人紫藤を壁に残し、手招きした清次郎を隣に座らせる。七海も顔を寄せてきたので、正しいやり方を伝授した。
その際、俺流のアレンジも加えておく。
「もしかして、蘭兄さん、さっきのテレビを見て?」
「たぶんな。つか、もう、今更的な感じなんだけどな」
俺たちが洗濯物をたたんでいる間、紫藤は熱心にテレビを見ていた。俺は画面は見ていないけれど、音は拾っていたから。女子高生の憧れるシチュエーションの定番になっている「壁ドン」の、色んなパターンを紹介していた番組。
見ていたはずなのに、どうしたらああなるのだろう。あれでは「壁ドン」ではなく、「壁スッ」だ。
「清兄、思いっきりが大事だからな!」
「しかし、主にそのような……」
「その主がしてほしいんだって。ほら!」
渋る清次郎を立たせ、広い背中を七海と一緒になって思いっきり押した。一歩、進み出た清次郎は、大人しく待っている紫藤を見つめると、決意したように歩いて行く。
真っ直ぐに、壁を背にして立っている紫藤を目指す。
言葉もなく近づく清次郎に、紫藤の腰が少し引けた。思わずだろう、横へ逃げようとした紫藤の顔をかすめるように、清次郎の右手が突き出される。
鈍い音とともに、清次郎の右手が壁を突く。風圧で、紫藤の白髪がふわりと揺れる。
目を見開き、息を詰める紫藤。
清次郎の青い瞳が、スッと細められると、ゆっくりと左手が紫藤の白髪を掻き上げる。そのまま頬を滑り、耳たぶを軽く摘まんだ清次郎は、唇へ息を吹きかけるように囁いた。
「蘭丸様……」
「……!!」
ただ、名前を呼んだだけ。
それだけで。
紫藤の膝がカクンッと落ちる。
「……え? し、紫藤様!?」
急に崩れ落ちた紫藤に清次郎は慌てている。腰が砕けたままフルフル震えている紫藤に、俺は指をパチンッと鳴らした。
「成功!」
「ちょっと刺激が強すぎたんじゃない? 僕もドキドキしちゃった」
「ふふん! どうだ!」
自慢げに胸を反らした俺の隣で、七海は白い頬をほんのり赤くしている。
腰の砕けた紫藤は、清次郎に支えられながら俺を見ると、ことさら満足げに頷いた。
またしても吹き出した俺だった。
その1
おわり
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