妖艶幽玄奇譚

樹々

文字の大きさ
上 下
76 / 84
第一幕

第一幕~エピローグ~

しおりを挟む

 空気が重く、意識が保てなくなってくる。

 死んで、体を失って。

 それでもこの世界から離れられずにいた。

 独り彷徨って、誰も見つけてくれなくて。

 やっと見える人に出会っても、怖がって避けられた。


 誰か……! 助けて下さい……!


 死んだら成仏するものだと思っていた。

 どうしてここから離れられないのだろう?

 また、あれに襲われるかもしれない。早くここから離れたいのに、どこへ行けば良い?


 誰か……!


 また、来る。


 体を失った魂に、まとわりついてくるモノ。

 怖くて、走っても、飛んでも、隠れても、あれは来る。

 考えることができなくなり、たまらない恐怖で満たされる。

 そして。

 自分が自分ではなくなってしまう。

 あの時のように。

 また、誰かを襲うのか。


 あの人……! あの人の所へ……!


 変化していく中、呼ばれた気がして漂った時、誰かにしがみついて止まった。その人の体を傷つけてしまったけれど、彼は避けたり、突き放したりはしなかった。

 この世界にいけないものが混ざっていると、落ち着くまで側に居て良いと言ってくれた。あの人なら、助けてくれるかもしれない。

 もう、ここを去りたい。

 もう、独りでいたくない。

 あの人を探しに行こうと空を向いた時だった。

 ざわりと、魂にまとわりついてくる。

 いや、違う。

 魂の内側から、何かが出てこようとしている。


 いや……誰か……!!


 魂を打ち破り、広がろうとしている。言いようのない恐怖に襲われた。カタカタ震えながら蹲ってしまう。

 道には人が歩いているのに、誰一人、自分を見つけてくれない。

 誰もが通り過ぎていく。

 頭を抱えて目を瞑った時だった。

 腕を、誰かに握られた。

「しっかり! まだ意識はありますか?」

 明らかに自分に言っている。震えながら見上げれば、黒髪を少し長めに伸ばしたつなぎを着た青年だった。高い身長をしゃがみこませ、背中をさすってくれる。

 見えている。

 彼には自分が見えている。


 た、助けて! 怖いの!


「ゆっくり、話して下さい。声までは分からないんです」

 自分の口を指して見せている。口の動きで分かってくれるだろうか。怖いと、体が苦しいと伝えた。

「おそらく、もう、魂が保たなくなっていると思います。逝く時が来ていても、逝き方が分からずに彷徨ってしまう方がいるんです。あなたもそうだと思います」

 青年の手に握られていると、少し落ち着いた。自分を見てくれる人が居ると思うと、震えるほど感じていた恐怖が引いていく。

「落ち着いて。心を空っぽにして下さい。まだ間に合えば、俺でも送ってやれると思います」

 それは、ここから去ることができるということなのだろうか。成仏して、独り寂しい想いをせずに済むのだろうか。

 周りを見てみれば、青年を指さし、笑っている人がいる。彼らには私が見えていない。道の真ん中で、一人でしゃがみ込んでいるようにしか見えないのだろう。


 ここに私の居場所はない。


 やっと見つけてくれたこの人に任せよう。

 青年の言うとおり、何も考えないようにした。両手を握ってくれる、この感触はいつぶりだろう。

「どうか安らかに」

 穏やかな青年の声に包まれて、目を閉じた時だった。

 内側から、何かが溢れてくる。

 前に感じた、あの時の言い様のない恐怖が溢れてくる。

「……いけない! 落ち着いて下さい!」

 青年の声が、届かなくなる。真っ暗な中に取り込まれた。

 周りが見えなくて、自分が自分ではなくなっていく。

 怖くて、苦しくて、必死で手を伸ばしたけれど、どこが手なのかも分からなくなった。

 青年は? 成仏できると思っていたのに。


 嫌だ……! 怖い……! 助けて! 助けて!!


 もがいても、もがいても、闇は晴れない。誰かにすがりたくて、彷徨っていく。

 何かに掴まりたい。もう一度、青年に手を握って欲しい。

 膨れあがる恐怖に震えていた体が、不意に止まった。

 暗闇が少しずつ晴れていく。重く、苦しかった体が解放された。

 震えながら瞼を開けば、先ほどの青年と、ビルの屋上で一度出会ったことのある男性が側に居た。

「どうにか、間に合いましたね。苦しい思いをさせてしまい申し訳ありませんでした」

 両手に貼られた札で、私の体に触れている。札が触れているところから、溢れてこようとする力が抜けていく。

 そのおかげなのだろう、怖かった思いも薄れていく。

「もう、逝くときが来ました。私が送って差し上げます」

 素直に頷いた。ここに居る理由はもう、無い。

 頭の中が空っぽになっていく。最後に、手を握ってくれた青年に手を伸ばした。

 握り返された手に、笑いながら逝くことができた。



***



「あなた、仲間になって頂けませんか」
 苦しんでいた女性の霊を送ってくれた男性は、彼女が旅立ったのを見届けると唐突に言った。
 見上げていた空から視線を戻すと、彼は俺の顔をじっと見つめていた。
「仲間?」
「ええ。あなたの霊力はずば抜けています。ここ数年で一気に跳ね上がりましたね?」
「まあ。そういえば、触れるようになりましたね」
 いつからか、霊に触れるようになっていた。特に気にしていなかったけれど。
 もともと、亡くなった人の霊の姿が見える体質だった。子供の頃から見えていたので、それが当たり前のことで。
 仕事にそれほど支障をきたしはしなかったけれど。あることがきっかけで、霊力が今までの比にならないくらい跳ね上がってしまった。
 さすがに続けられなくなってしまい、前の仕事は止めるしかなくなったけれど。その反面、苦しんでいる霊にもっと近づき、手助けができるようになった。
 助ける力があるのなら助ける。当たり前のことだと思っている。
「ずっと観察していました。実際にあなたを見て、欲しくなりました」
 ブラウンの髪をしている男性は、腕を組むとうっとりと微笑んでいる。
「ゾクゾクします」
「……すみませんが、仕事に行く途中なので失礼します」
 俺に、その手の趣味は無い。背を向け、歩こうとした俺の腕を掴んでくる。少し低い位置から見上げられた。
 白い肌だ。吸い込まれそうなほど、白い。
 色素の薄い瞳がうっとりと微笑んでいる。
「また、困った事があればここへ」
 つなぎのポケットに、メモ用紙を入れられた。
「そうそう困ることなんてありませんから」
「あなたでも、送れない方が増えると予想されます。こちらの観測を振り切って変化してしまう方が、ね」
「観測?」
「知りたいなら、ね?」
 唇に、人差し指を当てられた。反射的に弾くと、腕を振り解いた。
「失礼します」
「いけずですね。そこがたまりません」
 妖しい微笑みを浮かべた男性は、一瞬、真剣な目をして背を向けた。
「どこです? ……分かりました。急ぎましょう」
 右耳を押さえ、足早に歩いて行く。その背中を見送った。
「誰なんだ、いったい」
 ポケットに入れられたメモ用紙を開いてみた。「特別機関」と書かれ、電話番号が載っている。彼の携帯番号だろうか。
 捨ててしまおうとして、とりあえずポケットに戻した。そろそろ仕事に向かわないと遅刻してしまう。
 一度、肩を鳴らすと夜空を見上げた。ビルから漏れる光に負けず、輝く小さな星を見上げて笑う。
「どうか、安らかに」
 旅立った彼女へ言葉を贈った。





妖艶幽玄奇譚

第一幕




しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~

シキ
BL
全寮制学園モノBL。 倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。 倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……? 真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。 一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。 こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。 今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。 当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

牛獣人の僕のお乳で育った子達が僕のお乳が忘れられないと迫ってきます!!

ほじにほじほじ
BL
牛獣人のモノアの一族は代々牛乳売りの仕事を生業としてきた。 牛乳には2種類ある、家畜の牛から出る牛乳と牛獣人から出る牛乳だ。 牛獣人の女性は一定の年齢になると自らの意思てお乳を出すことが出来る。 そして、僕たち家族普段は家畜の牛の牛乳を売っているが母と姉達の牛乳は濃厚で喉越しや舌触りが良いお貴族様に高値で売っていた。 ある日僕たち一家を呼んだお貴族様のご子息様がお乳を呑まないと相談を受けたのが全ての始まりー 母や姉達の牛乳を詰めた哺乳瓶を与えてみても、母や姉達のお乳を直接与えてみても飲んでくれない赤子。 そんな時ふと赤子と目が合うと僕を見て何かを訴えてくるー 「え?僕のお乳が飲みたいの?」 「僕はまだ子供でしかも男だからでないよ。」 「え?何言ってるの姉さん達!僕のお乳に牛乳を垂らして飲ませてみろだなんて!そんなの上手くいくわけ…え、飲んでるよ?え?」 そんなこんなで、お乳を呑まない赤子が飲んだ噂は広がり他のお貴族様達にもうちの子がお乳を飲んでくれないの!と言う相談を受けて、他のほとんどの子は母や姉達のお乳で飲んでくれる子だったけど何故か数人には僕のお乳がお気に召したようでー 昔お乳をあたえた子達が僕のお乳が忘れられないと迫ってきます!! 「僕はお乳を貸しただけで牛乳は母さんと姉さん達のなのに!どうしてこうなった!?」 * 総受けで、固定カプを決めるかはまだまだ不明です。 いいね♡やお気に入り登録☆をしてくださいますと励みになります(><) 誤字脱字、言葉使いが変な所がありましたら脳内変換して頂けますと幸いです。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

例え何度戻ろうとも僕は悪役だ…

東間
BL
ゲームの世界に転生した留木原 夜は悪役の役目を全うした…愛した者の手によって殺害される事で…… だが、次目が覚めて鏡を見るとそこには悪役の幼い姿が…?! ゲームの世界で再び悪役を演じる夜は最後に何を手に? 攻略者したいNO1の悪魔系王子と無自覚天使系悪役公爵のすれ違い小説!

真面目な部下に開発されました

佐久間たけのこ
BL
社会人BL、年下攻め。甘め。完結までは毎日更新。 ※お仕事の描写など、厳密には正しくない箇所もございます。フィクションとしてお楽しみいただける方のみ読まれることをお勧めします。 救急隊で働く高槻隼人は、真面目だが人と打ち解けない部下、長尾旭を気にかけていた。 日頃の努力の甲斐あって、隼人には心を開きかけている様子の長尾。 ある日の飲み会帰り、隼人を部屋まで送った長尾は、いきなり隼人に「好きです」と告白してくる。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

処理中です...