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第一幕
奇ノ五十八『隊長・白崎剣』
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「皆さん、手を止めて下さい」
パンパンッと手を打った白崎剣は、作業中だった特別機関のメンバーの手を止めさせた。
「今日から特別機関で、達也君と七海君を預かります。シフトは先日決めたように、私と一希、心路が夜の8時から十二時間、朝8時からは初音さん、克二さんにお願いしますね」
そう、通る声で話した剣は、ああ、と付け加えるように言った。
「私が寝ている朝からは、政宗さんに一任します。データ関係は葵さん、お願いしますね。心路、引継ぎをお願いします」
政宗と、呼ばれた男が頭を掻きながら笑った。
「また、ここに戻ってくるとはな」
と。
俺と、七海は、二人揃って政宗、と呼ばれた男性を振り返る。
政宗と呼ばれたのは、渋いイケメンで、自分のことをダンディおじさんと呼べ、と言って名前を教えてくれなかった人で。
俺をからかってばかりいた人だ。
「おっさん、名前、政宗って言うのか!」
「おっさんじゃないぞ、ダンディおじさん、だ」
「つか、伊達政宗って……武将かよ!」
勉強嫌いの俺でも知っている武将の名前だ。独眼竜政宗、とも呼ばれていたか。ゲームのキャラクターではかなりイケメンだったと思う。
俺の突っ込みに、政宗は肩をすくめている。
「ま、だいたいそういう反応だな」
ダンディおじさん、こと伊達政宗は、もっと面白い反応が欲しかったとでも言いたそうだ。あいにく、俺は突っ込みの天才ではない。
なかなか教えてくれなかった名前が、まさかあっさり手に入るとは思わなかった。
「なんです? 二人で楽しそうですね~」
「お前がサラッと俺の秘密を暴露したからだろう?」
「秘密って……嫌ですね~あなたとのキスの味は、話していませんよ?」
うっとりと囁くように言った剣に反応したのは、心路と、葵だった。
「隊長! 僕の知らない間におじさんとキスしたの!?」
興奮気味に駆け寄ってきた心路を抱きしめた剣は、お尻を一撫でしている。当たり前のように唇にキスをして塞ぎ、駄々っ子をあやすかのようにその手は頭を撫で、心路の次の抗議の言葉をやんわり防いだ。あざやかな手腕だ。
「隊長……まさか……」
一方の三村葵は、政宗をじろりと睨んでいる。
葵は車椅子に座っていた。事故で足が不自由になったそうだ。腕は自分の体を支えるために程よく筋肉が付いていたけれど、両足は少し細かった。
機械関係に詳しく、心路の師匠でもあるという。
柔らかそうな黒髪と、少し童顔の顔。
電話での声しか知らない、俺の可愛い恋人、と政宗が自慢していた青年だった。
「おいおい、葵。俺の唇はもう、お前だけの物だと言っただろう? ああ、それと。俺はもう隊長じゃない。何度も言ってるだろう? 剣もいるし、ややこしくなるからな。さ、政宗さん、と呼んでくれ」
両手を広げ、葵のもとへと歩いていく政宗。車椅子を操った葵が逃げるように後退していく。
「い、嫌です!」
「恥ずかしがらなくても良い」
「ちょ……達也君たちがいるのに!」
「ほら!」
逃げようとした葵を素早く捕まえた政宗は、軽々と横抱きにしてしまった。顔を近づけ、キスしようとしている。葵の両手がその顔を必死で押し戻そうとしている。
「もう! 隊長!」
「政宗さん、だ。言うまで止めない」
「……!」
「ほら、囁いてみてくれ」
葵の抵抗は、政宗の力に負けている。俺と七海の方を見て、押し寄せる政宗の顔を見て、真っ赤になった葵は小さな声で囁いだ。
「や、止めて下さい……政宗さん」
本当に恥ずかしいのだろう、顔を隠すように政宗の胸に埋めてしまった。
「な、可愛いだろう?」
俺と七海に、抱えている葵を満足そうに見せつけてくる政宗に笑うしかなかった。両腕を頭の後ろで組みながら天井を仰いでしまう。
「どこから突っ込めば良いかわかんねぇ」
「おや、突っ込むだなんてはしたないですね。私を誘っているんですか?」
心路を腕に抱いたまま、俺のお尻に手を伸ばしてくる。
その手を副隊長の北条一希が叩き落した。細い目を緩め、にこりと笑っている。
「さ、達也君、七海君、荷物を広げよう」
剣から遠ざけるように俺の背中を押してくれる。
「うぃーっす」
「これから宜しくお願いします」
敬礼してみせる俺の隣で、七海は丁寧に頭を下げた。
俺と七海は、今日から特別機関で一ヵ月の間、世話になることになった。もう一人の悪鬼を宿している人のもとへ、紫藤と清次郎が向かうからだ。
そこへ俺は行けない。行けば悪鬼と悪鬼がより強く結びついてしまうためだ。
俺が紫藤から封印の珠を授けてもらい、悪鬼を封じ込めてもらったように、もう一人の人にも封印の珠を与えて、完全に封じてしまうらしい。
紫藤が離れているのは少し怖いけれど、俺には七海も、特別機関の人たちもいてくれる。
きっと、もう一人の人も悪鬼に苦しんでいるはずだから。
変態・剣がいる場所で寝泊まりすることになっても我慢する。強力なボディーガードの一希が傍についていてくれるから安心だ。
「さ、好きに使ってくれ。朝から夕方までは、私は寝ているけれど、その間は伊達さんが見ていてくれる。隊長もその時間は交代で居ないから安心してくれ。夜は私が見張るから」
一度、来たことがある一希の部屋に通された。大きなベッドの側に、もう一組、布団がたたんで置かれている。
タンスと机、テレビ等の必要最低限の物しか置かれていない、黒を基調としたシンプルな部屋だ。
「俺と七海が寝てる間、一希さんはどうすんの?」
「この部屋で事務処理をするつもりだ。パソコンを使うから、少し音が気になるかもしれないが……」
「あ、それは平気。俺も七海も、一度寝たらなかなか起きねーから心配しなくて良いぜ。な?」
「うん。大丈夫です」
「それを聞いて安心したよ。ただ、その……言いにくいんだが……」
ボストンバックのチャックを開けていた俺と七海に、一希が口ごもっている。どう説明しようかと、悩んでいる。
どうしたのだろう、と七海を顔を見合わせていたら、机に置かれていたパソコン横の、小さなモニターの電源が勝手に入っている。画面に剣の顔が映し出された。
〔感度良好。心路、また腕を上げましたね。クリアな映像です〕
「隊長。勝手に繋げないでください」
〔良いじゃないですか。予行演習ですよ。達也君、七海君。君たちの寝顔はしっかり観察させて頂きますからね。愛の営みを見て欲しければ遠慮なくどうぞ〕
小さな画面でも、剣がニヤニヤしているのがわかる。どういうことかと一希を見れば、大きな大きなため息を吐き出した。
「済まない。反対したんだが、断れなかった。君達が寝ている間、執務室の方でも監視できるよう、天井にカメラが付いている」
一希が指さす天井には、こちらを向いている監視カメラが取り付けられていた。布団を敷いたらちょうど真上になる。モニターは存在をアピールするかのように、少し首を振ってベッドの方にも向いている。
それがまるで剣の視線のようで。
「……つかそれって、ぜってー俺を口実にしてるだけじゃね?」
「君もそう思うか? 私もそう思う」
「狙いは一希さんだぜ、ぜってー」
俺の言葉に一希は諦めたような笑みを浮かべている。
「まあ、私は女性ではないからな。見られたところでどうということはないが」
〔ならば今すぐ立派なイチモツを見せて下さい! さあ、脱いで……〕
ブッ、と切られた電源。一応、こちらからも切れるようだ。
画面が消えたことを確認した一希は、タンスからタオルを引っ張り出すと、少し飛んで天井のカメラに被せてしまう。
「さ、荷物を片付けよう」
気を取り直したようにパンッと、一度手を打った一希の合図で、開けている途中だったボストンバックの中身を広げた。
一希の精神力の強さを見習いたい俺だった。
****
一通り荷物を出して、部屋の隅っこに置かせてもらった俺と七海は、コンコンッと遠慮がちになったドアのノックに振り返る。一希が大股で歩いていくとドアを開けた。
「達也君、七海君、改めて宜しくね。洗濯物は朝、出してもらったら私が洗うから」
お盆にコーラを三つ乗せて運んでくれた白雪初音は、にこりと笑っている。
「洗濯くらい自分たちでするって。清兄に鍛えられてるからさ。な?」
「うん。大丈夫です。お料理も簡単な物なら作れます」
俺も七海も、清次郎の手伝いをしていたので、生活力は身に付いている。なんなら、一希の洗濯物も俺達が洗おうと、七海と話していた。
前回、一希には本当に世話になっている。この人が居なければ俺は、悪鬼が溢れてきた時、パニックになって飲み込まれていたかもしれない。
「俺達のことは気にしなくて良いぜ!」
「頼もしいですね、一希さん」
「ああ。ずいぶん成長しているな」
ポンッと大きな一希の手が頭に乗った。そのまま金髪をくしゃっと撫でられる。
鋭い目を見上げた俺に、少し眉根を寄せている。
「正直、二度と、ここには来たくはないだろうと思っていた」
「一希さん?」
「隊長が……君にした過ちは許せるものではないからな」
大きな手が頭から離れると、ゆっくりと頭を下げている。それに倣うように、初音もまた俺に頭を下げた。
大人二人に頭を下げられるなんて。大人の女性に触れない俺は、一希の分厚い肩に手を乗せ引き起こそうとしたけれど動かない。
「ちょ、ちょっとどうしたんだよ、二人とも!」
「ここに来る決意をしてくれてありがとう。もう一人の方もきっと、安定すると思う。そうすれば二人とも、穏やかな日常に戻れると思う」
「わかった、わかったって! 顔上げてくれよ。つか、一希さんも初音さんも、エロじじいがしたこととは関係ないし!」
謝るなら剣がするべきだ。二人が頭を下げるなんておかしい。
七海にも手伝ってもらって、どうにかこうにか一希の顔を上げさせた。そうすると初音も顔を上げてくれる。
ホッとした俺に、いつもにこにこしている初音が、ポフッと手を叩いた。
「隊長はね、変態なの。でもね、とっても優しいのよ」
「変態と優しいって繋がんねーけど……」
「達也君のことも、もう一人の人のことも、ずっと気にかけてるみたいなの。達也君たちを預かっている間、特別警戒態勢に入っているのよ」
「特別警戒態勢って何ですか?」
七海が小首を傾げると、初音はにこりとまた笑っている。七海のおでこをちょんっと指でつついた。
「私達、常駐メンバーが動けない間、各地に散っている臨時の隊員さんが任務を遂行してるの。紫藤さんが戻るまで、ね」
「紫藤さんが離れている間に、君の悪鬼が動くかもしれないと、上に掛け合ってきたようだ。事が起こらない限り、なかなか特別警戒態勢はしけないんだがな。説得してきたらしい」
ということは、俺がここに居る間は、常駐メンバーが常にここに居ることになる。悪霊が出るかもしれないのに大丈夫なのだろうか。
心配する俺に一希が首を横に振っている。
「困った人だが、先を見通す力はあるようだ。君という存在を確認してからずっと、準備をしてきたらしい。霊力の高い警察官を選び、臨時の隊員に仕立て上げ、霊を送る力を持たせていたよ」
一希も最近まで知らなかったという。知っていたのは処理を手伝っていた心路だけだった。
万が一、特別機関のメンバーが動けない場合、もしくは悪霊が一気に大量に発生してしまった場合、現メンバーだけでは手が打てなくなる。悪鬼の影響で、突発的に悪霊へ変わってしまう霊がこれまでにもあった。
悪霊になる前にあの世へ送ることがベストだが、それができない状況が起きた場合、せめて足止めだけでもできる人間が一人でも多くいた方が良い。
剣はそう考え、現職の警察官を鍛えてきたらしい。俺がここにいる一ヵ月の間は、鍛えられた臨時の隊員が招集され、対処しているそうだ。
「轟華枝さんも東京に留まってもらっている。強い霊には彼女が向かうことになっている」
三人目の特別隊員のメンバーもまた、俺のために招集されていた。
頭を掻きながら苦笑してしまう。
「国宝級の扱いじゃね?」
「そうかもしれないな」
「んじゃ、エロじじいが居たとしても、文句は言えねぇよ。俺と、もう一人の人のために、こんだけしてくれてんだからさ!」
だからもう、一希が気にすることじゃない。笑ってみせる俺に、ようやく二人は安堵したようだ。初音がふわりと俺を抱き込んでくる。
「ありがとう、達也君!」
「……ど、どういたしまして」
「それと、私のことは雪ちゃんって呼んでね! 七海君も」
大人の女性に抱きしめられるのは恥ずかしい。彼女にとっては、俺はまだまだ子供なのだろう。両手で頬まで包まれてしまう。
「食べたい物があったら言ってね。買い出しは私と克二君が行くから! 出前もオッケーだからね!」
ウィンクを一つ飛ばした初音が、スキップしながら部屋を出ていく。なんだか嬉しそうなその背中を見送った俺は、一希を見上げながら素朴な疑問を口にした。
「何で女の人がいるの?」
「それは私にも分からない。だが、彼女を特別機関に入れると決めたのは隊長だ」
苦笑している一希に、俺と七海は顔を見合わせながら首を傾げるしかなかった。
男にちょっかいばかり出している剣が、女の初音を引き入れたと言う。家事をさせるためかと思ったけれど、炊事・洗濯は各自行うことになっているという。
剣なら、隊長権限で、逞しい男とか、可愛い男とか、引き入れそうだけれど。
「わっかんねぇ人だな、隊長って」
「……そうだな」
困ったように笑う一希は、チラリと天井のカメラの方を見ている。
タオルを掛けられたカメラは、大人しくしているのか動いてはいなかった。
パンパンッと手を打った白崎剣は、作業中だった特別機関のメンバーの手を止めさせた。
「今日から特別機関で、達也君と七海君を預かります。シフトは先日決めたように、私と一希、心路が夜の8時から十二時間、朝8時からは初音さん、克二さんにお願いしますね」
そう、通る声で話した剣は、ああ、と付け加えるように言った。
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政宗と、呼ばれた男が頭を掻きながら笑った。
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政宗と呼ばれたのは、渋いイケメンで、自分のことをダンディおじさんと呼べ、と言って名前を教えてくれなかった人で。
俺をからかってばかりいた人だ。
「おっさん、名前、政宗って言うのか!」
「おっさんじゃないぞ、ダンディおじさん、だ」
「つか、伊達政宗って……武将かよ!」
勉強嫌いの俺でも知っている武将の名前だ。独眼竜政宗、とも呼ばれていたか。ゲームのキャラクターではかなりイケメンだったと思う。
俺の突っ込みに、政宗は肩をすくめている。
「ま、だいたいそういう反応だな」
ダンディおじさん、こと伊達政宗は、もっと面白い反応が欲しかったとでも言いたそうだ。あいにく、俺は突っ込みの天才ではない。
なかなか教えてくれなかった名前が、まさかあっさり手に入るとは思わなかった。
「なんです? 二人で楽しそうですね~」
「お前がサラッと俺の秘密を暴露したからだろう?」
「秘密って……嫌ですね~あなたとのキスの味は、話していませんよ?」
うっとりと囁くように言った剣に反応したのは、心路と、葵だった。
「隊長! 僕の知らない間におじさんとキスしたの!?」
興奮気味に駆け寄ってきた心路を抱きしめた剣は、お尻を一撫でしている。当たり前のように唇にキスをして塞ぎ、駄々っ子をあやすかのようにその手は頭を撫で、心路の次の抗議の言葉をやんわり防いだ。あざやかな手腕だ。
「隊長……まさか……」
一方の三村葵は、政宗をじろりと睨んでいる。
葵は車椅子に座っていた。事故で足が不自由になったそうだ。腕は自分の体を支えるために程よく筋肉が付いていたけれど、両足は少し細かった。
機械関係に詳しく、心路の師匠でもあるという。
柔らかそうな黒髪と、少し童顔の顔。
電話での声しか知らない、俺の可愛い恋人、と政宗が自慢していた青年だった。
「おいおい、葵。俺の唇はもう、お前だけの物だと言っただろう? ああ、それと。俺はもう隊長じゃない。何度も言ってるだろう? 剣もいるし、ややこしくなるからな。さ、政宗さん、と呼んでくれ」
両手を広げ、葵のもとへと歩いていく政宗。車椅子を操った葵が逃げるように後退していく。
「い、嫌です!」
「恥ずかしがらなくても良い」
「ちょ……達也君たちがいるのに!」
「ほら!」
逃げようとした葵を素早く捕まえた政宗は、軽々と横抱きにしてしまった。顔を近づけ、キスしようとしている。葵の両手がその顔を必死で押し戻そうとしている。
「もう! 隊長!」
「政宗さん、だ。言うまで止めない」
「……!」
「ほら、囁いてみてくれ」
葵の抵抗は、政宗の力に負けている。俺と七海の方を見て、押し寄せる政宗の顔を見て、真っ赤になった葵は小さな声で囁いだ。
「や、止めて下さい……政宗さん」
本当に恥ずかしいのだろう、顔を隠すように政宗の胸に埋めてしまった。
「な、可愛いだろう?」
俺と七海に、抱えている葵を満足そうに見せつけてくる政宗に笑うしかなかった。両腕を頭の後ろで組みながら天井を仰いでしまう。
「どこから突っ込めば良いかわかんねぇ」
「おや、突っ込むだなんてはしたないですね。私を誘っているんですか?」
心路を腕に抱いたまま、俺のお尻に手を伸ばしてくる。
その手を副隊長の北条一希が叩き落した。細い目を緩め、にこりと笑っている。
「さ、達也君、七海君、荷物を広げよう」
剣から遠ざけるように俺の背中を押してくれる。
「うぃーっす」
「これから宜しくお願いします」
敬礼してみせる俺の隣で、七海は丁寧に頭を下げた。
俺と七海は、今日から特別機関で一ヵ月の間、世話になることになった。もう一人の悪鬼を宿している人のもとへ、紫藤と清次郎が向かうからだ。
そこへ俺は行けない。行けば悪鬼と悪鬼がより強く結びついてしまうためだ。
俺が紫藤から封印の珠を授けてもらい、悪鬼を封じ込めてもらったように、もう一人の人にも封印の珠を与えて、完全に封じてしまうらしい。
紫藤が離れているのは少し怖いけれど、俺には七海も、特別機関の人たちもいてくれる。
きっと、もう一人の人も悪鬼に苦しんでいるはずだから。
変態・剣がいる場所で寝泊まりすることになっても我慢する。強力なボディーガードの一希が傍についていてくれるから安心だ。
「さ、好きに使ってくれ。朝から夕方までは、私は寝ているけれど、その間は伊達さんが見ていてくれる。隊長もその時間は交代で居ないから安心してくれ。夜は私が見張るから」
一度、来たことがある一希の部屋に通された。大きなベッドの側に、もう一組、布団がたたんで置かれている。
タンスと机、テレビ等の必要最低限の物しか置かれていない、黒を基調としたシンプルな部屋だ。
「俺と七海が寝てる間、一希さんはどうすんの?」
「この部屋で事務処理をするつもりだ。パソコンを使うから、少し音が気になるかもしれないが……」
「あ、それは平気。俺も七海も、一度寝たらなかなか起きねーから心配しなくて良いぜ。な?」
「うん。大丈夫です」
「それを聞いて安心したよ。ただ、その……言いにくいんだが……」
ボストンバックのチャックを開けていた俺と七海に、一希が口ごもっている。どう説明しようかと、悩んでいる。
どうしたのだろう、と七海を顔を見合わせていたら、机に置かれていたパソコン横の、小さなモニターの電源が勝手に入っている。画面に剣の顔が映し出された。
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〔良いじゃないですか。予行演習ですよ。達也君、七海君。君たちの寝顔はしっかり観察させて頂きますからね。愛の営みを見て欲しければ遠慮なくどうぞ〕
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それがまるで剣の視線のようで。
「……つかそれって、ぜってー俺を口実にしてるだけじゃね?」
「君もそう思うか? 私もそう思う」
「狙いは一希さんだぜ、ぜってー」
俺の言葉に一希は諦めたような笑みを浮かべている。
「まあ、私は女性ではないからな。見られたところでどうということはないが」
〔ならば今すぐ立派なイチモツを見せて下さい! さあ、脱いで……〕
ブッ、と切られた電源。一応、こちらからも切れるようだ。
画面が消えたことを確認した一希は、タンスからタオルを引っ張り出すと、少し飛んで天井のカメラに被せてしまう。
「さ、荷物を片付けよう」
気を取り直したようにパンッと、一度手を打った一希の合図で、開けている途中だったボストンバックの中身を広げた。
一希の精神力の強さを見習いたい俺だった。
****
一通り荷物を出して、部屋の隅っこに置かせてもらった俺と七海は、コンコンッと遠慮がちになったドアのノックに振り返る。一希が大股で歩いていくとドアを開けた。
「達也君、七海君、改めて宜しくね。洗濯物は朝、出してもらったら私が洗うから」
お盆にコーラを三つ乗せて運んでくれた白雪初音は、にこりと笑っている。
「洗濯くらい自分たちでするって。清兄に鍛えられてるからさ。な?」
「うん。大丈夫です。お料理も簡単な物なら作れます」
俺も七海も、清次郎の手伝いをしていたので、生活力は身に付いている。なんなら、一希の洗濯物も俺達が洗おうと、七海と話していた。
前回、一希には本当に世話になっている。この人が居なければ俺は、悪鬼が溢れてきた時、パニックになって飲み込まれていたかもしれない。
「俺達のことは気にしなくて良いぜ!」
「頼もしいですね、一希さん」
「ああ。ずいぶん成長しているな」
ポンッと大きな一希の手が頭に乗った。そのまま金髪をくしゃっと撫でられる。
鋭い目を見上げた俺に、少し眉根を寄せている。
「正直、二度と、ここには来たくはないだろうと思っていた」
「一希さん?」
「隊長が……君にした過ちは許せるものではないからな」
大きな手が頭から離れると、ゆっくりと頭を下げている。それに倣うように、初音もまた俺に頭を下げた。
大人二人に頭を下げられるなんて。大人の女性に触れない俺は、一希の分厚い肩に手を乗せ引き起こそうとしたけれど動かない。
「ちょ、ちょっとどうしたんだよ、二人とも!」
「ここに来る決意をしてくれてありがとう。もう一人の方もきっと、安定すると思う。そうすれば二人とも、穏やかな日常に戻れると思う」
「わかった、わかったって! 顔上げてくれよ。つか、一希さんも初音さんも、エロじじいがしたこととは関係ないし!」
謝るなら剣がするべきだ。二人が頭を下げるなんておかしい。
七海にも手伝ってもらって、どうにかこうにか一希の顔を上げさせた。そうすると初音も顔を上げてくれる。
ホッとした俺に、いつもにこにこしている初音が、ポフッと手を叩いた。
「隊長はね、変態なの。でもね、とっても優しいのよ」
「変態と優しいって繋がんねーけど……」
「達也君のことも、もう一人の人のことも、ずっと気にかけてるみたいなの。達也君たちを預かっている間、特別警戒態勢に入っているのよ」
「特別警戒態勢って何ですか?」
七海が小首を傾げると、初音はにこりとまた笑っている。七海のおでこをちょんっと指でつついた。
「私達、常駐メンバーが動けない間、各地に散っている臨時の隊員さんが任務を遂行してるの。紫藤さんが戻るまで、ね」
「紫藤さんが離れている間に、君の悪鬼が動くかもしれないと、上に掛け合ってきたようだ。事が起こらない限り、なかなか特別警戒態勢はしけないんだがな。説得してきたらしい」
ということは、俺がここに居る間は、常駐メンバーが常にここに居ることになる。悪霊が出るかもしれないのに大丈夫なのだろうか。
心配する俺に一希が首を横に振っている。
「困った人だが、先を見通す力はあるようだ。君という存在を確認してからずっと、準備をしてきたらしい。霊力の高い警察官を選び、臨時の隊員に仕立て上げ、霊を送る力を持たせていたよ」
一希も最近まで知らなかったという。知っていたのは処理を手伝っていた心路だけだった。
万が一、特別機関のメンバーが動けない場合、もしくは悪霊が一気に大量に発生してしまった場合、現メンバーだけでは手が打てなくなる。悪鬼の影響で、突発的に悪霊へ変わってしまう霊がこれまでにもあった。
悪霊になる前にあの世へ送ることがベストだが、それができない状況が起きた場合、せめて足止めだけでもできる人間が一人でも多くいた方が良い。
剣はそう考え、現職の警察官を鍛えてきたらしい。俺がここにいる一ヵ月の間は、鍛えられた臨時の隊員が招集され、対処しているそうだ。
「轟華枝さんも東京に留まってもらっている。強い霊には彼女が向かうことになっている」
三人目の特別隊員のメンバーもまた、俺のために招集されていた。
頭を掻きながら苦笑してしまう。
「国宝級の扱いじゃね?」
「そうかもしれないな」
「んじゃ、エロじじいが居たとしても、文句は言えねぇよ。俺と、もう一人の人のために、こんだけしてくれてんだからさ!」
だからもう、一希が気にすることじゃない。笑ってみせる俺に、ようやく二人は安堵したようだ。初音がふわりと俺を抱き込んでくる。
「ありがとう、達也君!」
「……ど、どういたしまして」
「それと、私のことは雪ちゃんって呼んでね! 七海君も」
大人の女性に抱きしめられるのは恥ずかしい。彼女にとっては、俺はまだまだ子供なのだろう。両手で頬まで包まれてしまう。
「食べたい物があったら言ってね。買い出しは私と克二君が行くから! 出前もオッケーだからね!」
ウィンクを一つ飛ばした初音が、スキップしながら部屋を出ていく。なんだか嬉しそうなその背中を見送った俺は、一希を見上げながら素朴な疑問を口にした。
「何で女の人がいるの?」
「それは私にも分からない。だが、彼女を特別機関に入れると決めたのは隊長だ」
苦笑している一希に、俺と七海は顔を見合わせながら首を傾げるしかなかった。
男にちょっかいばかり出している剣が、女の初音を引き入れたと言う。家事をさせるためかと思ったけれど、炊事・洗濯は各自行うことになっているという。
剣なら、隊長権限で、逞しい男とか、可愛い男とか、引き入れそうだけれど。
「わっかんねぇ人だな、隊長って」
「……そうだな」
困ったように笑う一希は、チラリと天井のカメラの方を見ている。
タオルを掛けられたカメラは、大人しくしているのか動いてはいなかった。
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それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

牛獣人の僕のお乳で育った子達が僕のお乳が忘れられないと迫ってきます!!
ほじにほじほじ
BL
牛獣人のモノアの一族は代々牛乳売りの仕事を生業としてきた。
牛乳には2種類ある、家畜の牛から出る牛乳と牛獣人から出る牛乳だ。
牛獣人の女性は一定の年齢になると自らの意思てお乳を出すことが出来る。
そして、僕たち家族普段は家畜の牛の牛乳を売っているが母と姉達の牛乳は濃厚で喉越しや舌触りが良いお貴族様に高値で売っていた。
ある日僕たち一家を呼んだお貴族様のご子息様がお乳を呑まないと相談を受けたのが全ての始まりー
母や姉達の牛乳を詰めた哺乳瓶を与えてみても、母や姉達のお乳を直接与えてみても飲んでくれない赤子。
そんな時ふと赤子と目が合うと僕を見て何かを訴えてくるー
「え?僕のお乳が飲みたいの?」
「僕はまだ子供でしかも男だからでないよ。」
「え?何言ってるの姉さん達!僕のお乳に牛乳を垂らして飲ませてみろだなんて!そんなの上手くいくわけ…え、飲んでるよ?え?」
そんなこんなで、お乳を呑まない赤子が飲んだ噂は広がり他のお貴族様達にもうちの子がお乳を飲んでくれないの!と言う相談を受けて、他のほとんどの子は母や姉達のお乳で飲んでくれる子だったけど何故か数人には僕のお乳がお気に召したようでー
昔お乳をあたえた子達が僕のお乳が忘れられないと迫ってきます!!
「僕はお乳を貸しただけで牛乳は母さんと姉さん達のなのに!どうしてこうなった!?」
*
総受けで、固定カプを決めるかはまだまだ不明です。
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誤字脱字、言葉使いが変な所がありましたら脳内変換して頂けますと幸いです。


兄たちが弟を可愛がりすぎです
クロユキ
BL
俺が風邪で寝ていた目が覚めたら異世界!?
メイド、王子って、俺も王子!?
おっと、俺の自己紹介忘れてた!俺の、名前は坂田春人高校二年、別世界にウィル王子の身体に入っていたんだ!兄王子に振り回されて、俺大丈夫か?!
涙脆く可愛い系に弱い春人の兄王子達に振り回され護衛騎士に迫って慌てていっもハラハラドキドキたまにはバカな事を言ったりとしている主人公春人の話を楽しんでくれたら嬉しいです。
1日の話しが長い物語です。
誤字脱字には気をつけてはいますが、余り気にしないよ~と言う方がいましたら嬉しいです。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
真面目な部下に開発されました
佐久間たけのこ
BL
社会人BL、年下攻め。甘め。完結までは毎日更新。
※お仕事の描写など、厳密には正しくない箇所もございます。フィクションとしてお楽しみいただける方のみ読まれることをお勧めします。
救急隊で働く高槻隼人は、真面目だが人と打ち解けない部下、長尾旭を気にかけていた。
日頃の努力の甲斐あって、隼人には心を開きかけている様子の長尾。
ある日の飲み会帰り、隼人を部屋まで送った長尾は、いきなり隼人に「好きです」と告白してくる。
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