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第一幕
奇ノ五十『可愛いあの子』
しおりを挟む手にしたカキ氷は、きめ細かくて。
掛けられた青いシロップは鮮やかで。
シャリシャリ、シャリシャリ、スプーンを動かす手が止まらない。
「すんげーうめぇ!!」
叫ぶ俺をにこにこ見つめたダンディおじさんは、自分は脱いだスーツの上着を肩にひっかけ、冷たい缶コーヒーを飲んでいる。
俺の隣で溶けるカキ氷を一生懸命口に運んでいる七海は、時折頭に手を当てている。冷たいものを詰め込んでいるせいか、キンッと鳴っているようだ。
「どうだい、穴場だろう?」
「ああ、マジでうめぇ!」
「なにせ……」
「「俺の可愛い恋人のオススメだからな」」
俺と七海は声を揃えて、ダンディおじさんの言葉を取って繋げた。
「おや、覚えられたか」
「耳タコだっつーの!」
「でも、本当に美味しい店を知ってるんですね」
溶けてしまった氷と混ざり合った青いシロップまで全て飲み込んだ俺は、同じく最後の一滴まで飲み干した七海と笑い合う。
ダンディおじさんの恋人は、コンピューター関係のエキスパートらしい。そのため、ネット上の口コミに詳しく、近場の美味しい店をすぐにリサーチしてしまうという。
ダンディおじさんとは違って甘い物好きな恋人は、いつも彼を困らせるほど食べるという。
「ダンさんの恋人って、どんな人」
「可愛い子だよ」
「どんくらい?」
「そうだな……君が好きな子と同じくらい可愛いかな」
優雅な手つきでスーツの胸ポケットから煙草を取り出したダンディおじさんは、火を点けると一口吸っている。
思わず七海の方を見てしまった俺は、慌てて視線を外した。好きな子と聞いて、七海を見るなんて。
違う。
七海は初めてできた友達で、弟分で。
だから大切なんだ。
「……んだよ、それ」
「可愛い子ってのは、自分にとっての一番で良いんだよ。だから俺にとっては恋人が一番可愛い。達也君にとっては、好きな子が一番可愛い。だろう?」
「そんなもんなのか?」
「そういうものだよ」
渋くて爽やかなダンディおじさんは、様になる姿で煙草を吸った。
紫藤や清次郎ほど目立つ容姿ではないけれど、さりげない大人の雰囲気に、知らない女の人達の視線が絡んでいる。気にしていないのか、慣れているのか、大きく煙草を吸って吐き出した。
名前を教えてくれないダンディおじさんを「ダンさん」と呼ぶことに決めた俺と七海は、なんとなく、お互いの顔を見てしまう。
自分の好きな子が一番可愛い。
反芻して、じっと、じっと、七海を見てしまう。
俺より低い身長で、細くて、顔も小さくて、紅い唇で。
確かに、七海が一番、可愛い……かもしれない。
思って急に恥ずかしくなった。確かに、なんてどうして思うのか。
慌てて七海から視線を外した俺は、外した先でにこりと笑っているダンディおじさんに面食らう。
「淡い青春だな。羨ましい」
「……ち、ちげーし! 別に……俺は……!」
「何が違うのかな? ん?」
「う……うっせー!!」
「達也君?」
急に怒鳴った俺に七海が仰け反っている。その彼の手から空になったカップをひったくるようにして取った俺は、小走りに駆けた。
「そこの角を曲がったところにゴミ箱があるから」
ダンディおじさんから逃げるように走った俺は、急いで角を曲がった。少し先に燃えるゴミ用のゴミ箱を見つけ、その中に投げ捨てた。
「……やべー……何で顔が赤くなんだよ」
暑さのためか、恥ずかしさのためか。俺の顔は真っ赤になっている。赤味が消えないかと、両手でこすってみても暫く取れそうになかった。
あまりもたもたしていると迎えに来られてしまうだろう。早く引け、とパシッと自分の頬を打つ。
落ち着かせようと大きく息を吸い込んで吐き出した俺は、ふと、呼ばれた気がして振り返ったけれど。空耳だったのか、誰もいない。
道は熱気で陽炎のように揺れている。きっと暑さで何かの音と人の声を勘違いしたのだろう。
もう一度深呼吸をした俺は、平静な顔を装って、二人のもとまで歩いた。角を曲がった時。
「……おっさん、何してんだよ!!」
思わず駆けだしていた。ダンディおじさんに腰を抱かれていた七海を助け出す。
「達也君? どうしたの?」
「七海にさわんな、おっさん!」
助けた七海を背に庇った俺は、背の高いダンディおじさんを睨みあげた。
剣と同じで、この男もスケベなのかもしれない。爽やかな雰囲気にだまされないよう、気を張った俺のつなぎを七海が引っ張っている。
「達也君?」
「何もされてねぇか、七海!」
「何もって……何? 目のゴミを見てもらってただけだよ?」
「………………ぇ」
そっと振り返れば、七海は右目を閉じていた。痛むのか、涙が少し滲んでいる。
怖がっている様子も、戸惑っている様子も、無い。
……何も、されていない?
「………………ぶっ!!」
「………………!」
吹き出したダンディおじさんは、苦笑を堪えるかのように肩をヒクヒクさせている。大笑いこそしなかったけれど、心底楽しそうにしながら俺の頭を撫で回した。
「俺が、何?」
「……うっせー!」
「まあまあ。ちょっと触るけど、怒らないでくれよ?」
そう俺に断りを入れたダンディおじさんは、少し屈むと七海の頬に大きな手を添えた。親指で右目の下瞼を引き下ろしている。
「いたっ」
「あ、睫だね。先が刺さってるみたいだ。動かないで」
もう少し下瞼を広げたダンディおじさんは、狙い定めて七海の抜けた睫を取ってやっている。手を離してやれば、七海はすぐに瞼を閉じて目を擦った。
「こら、また刺さるぞ。あんまり擦らないように」
「はい」
くしゃっと七海の頭を撫でてやっている。コシコシ、コシコシ、目を擦っている七海に気付かれないよう、俺を振り返ったダンディおじさんは、口元だけで笑って見せた。
何だよ! 何で笑ってんだよ!
眉がつり上がってしまった俺を目を細めて見つめたダンディおじさんは、ゆっくりと七海の顔に覆い被さっていく。背中を見せたまま、七海にキスをしようとしている。今まさに、触れようとしている。
七海が、キスされる?
俺の目の前で。
俺以外の奴に。
全身がカッと熱くなる。
「…………このっ!!」
怒鳴ろうとした俺にいち早く気付いたダンディおじさんは、ぐいっと腕を引っ張ってくる。よろめいた俺の頬にもキスをした。しっとりした唇が頬に触れた。
「さわんな!」
腕を突っぱねて遠ざけた俺の力に任せるように、両手を広げて離れていく。その両目は明らかに楽しんでいる。
ニヤニヤと、大人ぶって笑っている。キスなんて、大したことじゃないと言わんばかりに。
ダンディおじさんにとってはそうでも、俺にとってはそうじゃない。
七海に、キスするなんて許せない!
「てめー!! 七海に手ぇ出してんじゃねぇぞ!?」
「達也君? どうしたの?」
「七海も七海だ! 勝手にキスされたんだ、怒れよ!?」
「……キス? 僕が? 誰に?」
ビシッと指を突き付けた俺の指先で、七海は不思議そうに首を傾げている。一人怒っている俺が馬鹿みたいに思えるほど、七海は全く、覚えがないようで。
突き付けた指を戻しながら、数秒前の映像を脳裏に思い浮かべた。
ダンディおじさんは、七海に覆い被さっていた。
確かに覆い被さっていた。
でも、背中越しでは、キスしているようには見えても、実際していたかどうかは分からない。
「………………!」
からかわれたと、気付いた俺がダンディおじさんを振り返った時には、彼は悶えるように笑っていて。
「駄目だ、面白い!! 面白すぎる!!」
「おっさん! ふざけてんじゃねぇぞ!?」
何がダンディおじさんだ、人をからかって遊ぶなんて。
というか、俺には本当にキスしたくせに。特別機関の隊長は、皆キス魔なのだろうか? 頬とはいえ、勝手にキスするなんて許せない。
「ごめんごめん!」
「ごめんじゃねぇ! ほっぺたでもすんじゃねぇ!」
「可愛いからつい、ね? でも、君の大事な七海君には……ね?」
「…………!」
「分かった分かった、怒るなって、葵」
自分の右耳を軽く押さえたダンディおじさんは、ポフッと俺の頭に手を乗せた。
「お詫びに、美味しいお寿司、奢るから」
「……不味かったら股間蹴飛ばすかんな」
「了解。さ、行こう。葵が案内してくれる」
軽く手を振って俺達を促したダンディおじさんは、先に立って歩いていく。彼の右耳に装着されている小さな機械で、恋人の「葵」という人と連絡を取っているようだ。
ぶっと頬を膨らませつつも、美味い寿司につられて歩いてしまう。剣のようにエロくさい雰囲気はなかったし、ダンディおじさんの頬チューは、外国の挨拶のようなノリだと思って許してやろう。
そう思って歩く俺の手を七海が取った。ギュッと強く握ってくる。
「七海? どうした?」
少し先を行くダンディおじさんを見失ったら面倒だ。握られている手を引いて歩くように促すけれど、七海は唇を噛み締めている。
「……キス……されたの?」
上目遣いに見られ、ドキッとしてしまう。気付かれないよう、顔をしかめながら頷いた。
「そ! つっても、頬チューだけどよ。お前も気をつけろよ? おっさんも手、早いみたいだからな」
七海にしていたら絶対許さなかった。たとえ美味い寿司でも断ってやる。七海と二人でダンディおじさんをまいて、自由に遊びに行っていた。
その辺はダンディおじさんも分かっているようだ。俺をからかうだけで、七海には手を出そうとしない。少し、安心している。
足を止めてしまった七海を連れて行こうと、再度、手を引いた時だった。
俺以上の力で、七海が引っ張ってくる。珍しく顔を引き締めた七海は、まるで清次郎が乗り移ったかのように、目をキリッとさせている。
「ダンさん!」
「ん?」
「達也君にキスしないで下さい!」
俺の手を握ったまま、背の高いダンディおじさんを見上げて声を張り上げた。通りすがりのおばさんが、何事かと振り返るほど、いつもはか細い七海の声が道に響いている。
俺の手を強く握っている。
「絶対、しないって約束して下さい!」
「な、七海? どうしたんだよ?」
俺は周りが気になって仕方がない。そわそわする俺の手を握り締めたまま、七海は爪先立ちまでしてダンディおじさんに詰め寄っている。
その眼は真剣そのもので。
「約束して下さい!」
「……分かった。ごめん、俺が悪かったよ」
ポンッと七海の頭を軽く叩いたダンディおじさんは、少し屈むとキスされた俺の頬に大きな手を当てた。親指で拭っている。
「ごめん、達也君」
「……お、おう」
「ごめん、七海君」
「……はい」
「……本当に」
ヌッと長い両腕が伸ばされる。その腕に、あっさり掴まった。俺と七海を一緒に抱き締めている。
「可愛いな!」
「ちょっ……おっさん!」
「く、苦しいです!」
「あはは! よし、寿司行こう、寿司!」
ギューギュー、抱き締めた後、張り切って歩き出している。顔を見合わせた俺と七海は、お互いに首を傾げてしまった。
「わけわっかんねぇ……」
「うん……」
「ほら、行くぞ? 青春少年達!」
右手を振ったダンディおじさんに追いついた俺と七海は、頼もしいけれどちょっと分からない大人のダンディおじさんを見上げた。
何がそんなに面白いのか、ダンディおじさんは一人楽しそうに笑っていた。
***
「明日は車で迎えに行くよ。海まで連れて行ってあげよう」
帰りの電車の中で、そう言ったダンディおじさんに、俺は顔をしかめた。
「海はあんま行きたくねぇな」
「達也君?」
「いんだよ、ゴロゴロとさ。蘭兄達のおかげで怖くはなくなったけどさ、海に入んのはやっぱな……」
海は浮遊している霊が多い。特に海の中は。
今の時期、海岸には一般客が多く居る。生きているのか、死んでいるのか、影で見分けるのは難しいだろう。それに、海の中ではいよいよもって分からない。
助けて欲しいと、すがってくる霊が急に憑いてしまったりする。まだ小さい頃、それで何度憑かれ、親に気味悪がられたことか。
海に良い思い出は無かった。
「そうか。では、ドライブにしようか。展望台とかはどうだ?」
「そっちの方が良い」
「七海君も、それで良いかい?」
「はい」
「じゃ、決まりだな」
迎えに来る時間と、場所を確認した頃、電車は駅に着いた。ダンディおじさんは來夢の家まで送ると言って、一緒に降りている。
日の落ちた駅を三人で出た時、俺も、七海も、足を止めた。
「マジか」
「どうしよう」
「ん? どうした?」
俺達を振り返ろうとしたダンディおじさんの背中に、張りつくようにして二人で隠れた。人が溢れ出てくる駅の前で、來夢に求婚していたスーツの男性がウロウロしている。
過ぎていく人の顔を確認しては、溜め息をついている。しおれたバラの花束は持ったままだ。きっと俺と七海を探しているのだろう。
「まだ居たのかよ」
ダンディおじさんのワイシャツを引っ張るようにして歩いて行く。俺達の視線の先を追ったダンディおじさんは、ああ、と声を出している。
「何だ、武藤高志じゃないか」
「げっ、ダンさんの知り合い?」
「知り合いというほどじゃないが、何度か顔を合わせたことはあるな。來夢君を特別機関に入れたくて、誘いを掛けていたことがあったからな」
そう言いながら、ダンディおじさんはさりげない動作でサングラスを掛けている。渋さを上げながら笑っている。
「なんとなく、現状を理解したよ。今日はあまり遅くなってもまずいし、切り抜けようか」
「おう! 急ごうぜ」
返事をした俺を振り返り、いきなりつなぎのチャックを下ろしてくる。上着部分を腰に巻きつかせ、その上から彼の上着を羽織らされた。金髪が隠れるように、頭からすっぽりと。
そうして俺を背負ってくる。
「おいっ! 何して……」
「しっ。七海君は外側に立って。行くよ?」
「は、はい!」
足の長いダンディおじさんは、さも急いでいる風に歩いていく。まるで倒れた俺を急いで運んでいます風の装いだ。七海も必死になって走っている。
武藤高志という、來夢に求婚した男は、俺と七海は二人でいると思い込んでいるのだろう。俺を運んでいるダンディおじさんの方をチラリと見たけれど、気付かなかった。駅の方を熱心に見ている。
スーツの上着の隙間からその様子を確認し、駅から充分に離れた所で下ろしてもらった。今度ははっはっと息を乱している七海を背負っている。
「ごめんごめん。ちょっと早すぎたかな」
「い、いえ……僕が遅くて」
「さ、家まで送ろう」
疲れてしまった七海を背負ったまま、歩くダンディおじさんの後を追う。すっかり日が暮れてしまった道を歩きながら、こんな時間まで待っていた武藤高志が気の毒になった。
そんなに來夢が好きなのだろうか。自分には全く振り向いてくれる気配がないというのに。
気にしつつも、人の恋路に介入するつもりはなかった。介入して、解決してやれるほど、俺は大人じゃない。返ってこじれさせてしまうだろう。
外灯に照らされた道を歩き、無事に來夢の家まで送り届けてもらった。七海を下ろしたダンディおじさんは、カンカン、カンカン、まだ鉄を打っている音を響かせている作業場の方へ歩いて行く。
他の作業員は帰った後なのか、作業場には來夢しか居なかった。
「こんばんは! ちょっと良いかな?」
ダンディおじさんは声を張り上げている。鉄を打っていた來夢は、チラリと視線をよこすと、ふいっと顔を背けている。鉄を打っている手を止めない。
「お取込み中のようだな。少し待たせてもらおう」
気にしないダンディおじさんは、作業場の中にある段ボールを指差し、俺たちと一緒に座った。
暑い作業場の中では、じっとしていても汗が噴き出してくる。手で顔を仰ぎながら待っていた俺たちは、やっと手を止めた來夢と話ができた。
「あんたも来てたのか。で?」
「紫藤さんと清次郎さんが戻ってくるまで、宜しく。一応、特別機関の方でも監視はしているけれど、何か感じた時は連絡してくれ」
「分かってる。結界はもう、貼ってある。飯は?」
「食べさせてきたよ。じゃ、またね、達也君、七海君」
長身を立たせたダンディおじさんは、おもむろに來夢の耳元へ顔を寄せると、何か囁いた。
「……うっせー!」
「はは! じゃ、宜しく!」
怒鳴った來夢に笑ったダンディおじさんは、叩かれる前にと退散している。広い背中を見送る俺と七海に、イライラしたように親指を噛んだ來夢はキッと睨んでくる。
「風呂は沸かしてある! 寝ろ!」
「んだよも~~。行こうぜ、七海」
「う、うん」
何かに怒っている來夢に付き合ってやる必要はないだろう。七海と一緒に家の中へ上がらせてもらった。何かブツブツ呟いている來夢を一人作業場に残して。
「さ、風呂入ろうぜ、風呂! 汗だくだぜ!」
「うん!」
廊下を走っていくと、刀が置いてあった部屋よりももっと奥にある部屋に、札が貼ってあるのが見えた。開けてみれば俺たちの荷物が置いてある。布団ももう、四組敷かれていた。
「あいつが敷いたのか?」
「わかんない。でも、自分でしろ、って言いそうだね」
自分の目元をつり上げて見せた七海に吹き出した。確かに、來夢なら自分のことは自分でやれ、と怒鳴りそうだ。こうしてせっせと布団を敷いてくれたりしないだろう。
「作業場に居た誰かがやってくれたんじゃね?」
「そうかもしれないね」
「じゃ、お前先に入ってこいよ! 待ってっからよ!」
「……え?」
荷物を鞄から取り出しながら言えば、きょとんと目を丸めている。何かおかしなことを言っただろうかと見上げれば、紅い唇を噛み締めた。半ズボンを握っている。
「……今日も、別々なの?」
すがるように言われ、慌てて鞄に視線をやった。なんて目で俺を見るのだろう。思わずドキドキしてしまった。
「あ、当たり前じゃん! ほら、行ってこいって!」
七海を促しても、動こうとはしなかった。ゆっくりと俯いていく。
「……達也君、先に入って良いよ。僕、外で待ってるから」
「な、何言ってんだよ。外で待ってるってどういう……」
七海が気になって、そっと振り返れば泣き出しそうな顔をしている。噛み締めた唇は震えていて。
「……七海?」
立ち上がって肩に手を乗せた。ポンッと頭に手を乗せてみる。清次郎のようにはいかないけれど、少しだけ俺の方が高いから、柔らかい髪を撫でてみる。
「今までだって別々だったじゃねぇか?」
「……うん」
「どうしたんだ?」
聞けば、黒い瞳がユラユラ揺れながら俺を見つめた。細い指で、俺のつなぎを握ってくる。
「だって……怖い」
「怖い?」
「蘭兄さんも、清兄さんも、居ないでしょう? 達也君まで離れたら……」
「七海……」
「言霊はね、大丈夫! 口を閉じておくから。でも、この家で一人で居るのは……怖いなって」
だから一緒に、目を伏せた七海に、胸の奥がギュッとしてしまった。そこだけ熱が上がった気がする。
七海の手を、取ってやりたくなる。
「……が、ガキみてーなこと言ってんじゃねぇって!」
誤魔化すようにバシバシ、七海の肩を叩いてみたけれど。
少しずつ潤んでいく黒い瞳と。
つなぎを握る手にこもる力と。
そっと寄せられた細い体に。
俺の心臓はいかれていく。
ありえないくらい、激しく鳴っている。
もう、無理じゃね?
俺……やばくね?
……ほんっと……まいったよ!
「……しゃーねぇな! この家に居る間だけだかんな!」
「……良いの?」
「下は見んなよ? 変なことになっても気にすんじゃねぇぞ?」
「うん!」
ほわっと笑顔になった七海に、また、胸が熱くなる。思わずだろう、俺に抱きついている。グリグリと当てられた彼のおでこが、俺の肩に当たっていて。
伸ばした両手で、少しだけ抱きしめた。
「ほら、早く行くぞ!」
「うん!」
元気になった七海が自分の鞄を開けて着替えを出している。その後ろ姿を見ながら、自分の頬をこすって赤みを誤魔化した。
初恋とやらを、俺はしているのだろう。
出会って間もないダンディおじさんに見抜かれるくらい、俺は七海を見ているのだろう。
好きな子が一番可愛いとは、全くもって頷いてしまう。
笑っている七海の顔が、一番可愛くて、好きだ。
好きだと認めた以上、誤魔化さない。
さっきみたいに、泣きそうな七海の顔は見たくはない。
俺が、守ってやりたい。
「できたよ、達也君!」
「んじゃ行くか!」
パシッと七海の背中を叩いた俺は、嬉しそうに笑った七海の笑顔を受け止めた。
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