妖艶幽玄奇譚

樹々

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第一幕

奇ノ二十三『大人と子供』

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 弾む息はなかなか整わなかった。顔の横に置いた両手を持ち上げることもできずにいる。

 痺れた唇は、腫れているように感じた。何度も、何度も、紫藤の唇に塞がれたそこは、微かに震えていて。先ほどまで折り重なっていた熱は、何かを決意した顔で離れていった。

 体の隅々まで、紫藤に注がれた力が満ちている。破壊の力を込められ、感度が極端に上がっている。指一本でも触れられたら、浅ましい声が出てしまう。噴き出す汗は、なかなか引かなかった。


『……清次郎……! 清次郎……!』


 野獣のように攻め立てながら、それでいて泣きながら俺を抱いていた紫藤。それほど傷付けてしまったのかと思うと、止めてくれとは口が裂けても言えなかった。


『私の……私の清次郎なのだ……! 私の……!』

『しど……さ……ま……!』

『私の……!!』


 しがみ付く体は、ずっと震えていた。怒りのためなのか、悲しいからか。

 久しぶりに抱かれる側に回った俺に、彼の攻めは強すぎて。何度も気を失いそうになったけれど。

 目を逸らしてはいけないと、本能が疼いていた。紫藤の目の前から、離れてはいけないと。

 折り重なる体を受け止め続け、どれほど時間が過ぎたのかも分からなくなった頃。紫藤の熱がまた、体を焦がしそうなほど熱く注がれた。受け止めきれずに溢れた白濁が、ベッドを湿らせていた。


『……うぅっ……ひっく……清次郎……清次郎……』


 重なったまま、泣き続ける紫藤に、意識が朦朧としながらも気になった。声を掛けたくても、喉が震えて言葉を発することができなくなっていた。指一本すら持ち上げられなくて、彼の背を撫でることもままならない。

 早く謝って、許しを請いたい。

 これほどに主を泣かせるとは。家臣として、自分が許せなくなる。

 肩に埋もれた紫藤を何とか抱き締めようと、動かない腕を持ち上げようとした俺よりも早く、紫藤が顔を上げていた。


『……お主を失えば、私は私ではいられなくなる……! お主が離れるなどと……!!』


 涙に濡れた顔が、そう、言った。

 腕で涙をこすった紫藤がベッドから降りて行く。追い掛けることもできずに、声を掛けることすらできずに、浴衣を羽織った彼を見送ることしかできなくて。

 俺一人を置いて部屋を出た紫藤の行き先は、聞かなくても分かる。真っ直ぐに、達也のもとへ行ったはずだ。まさか、殴ったりはしないだろうか。不安ばかりが募る。

 寝ている間とはいえ、紫藤以外の男に口付けてしまうとは。達也にも後で謝っておかなければ。俺のせいで、紫藤と達也の関係が悪くなることだけは避けたい。ようやく兄弟のように、打ち解けあってきたのだから。

 額から流れ落ちていく汗を拭うこともできないまま、荒い呼吸を少しでも整えようと試みる。動けるようになったらすぐに下に下りよう。二人の仲が悪化しないよう、手を尽くさなければ。

 とはいえ、暫くは動けそうにない。体の外も中も、紫藤の匂いが染みついている。未だに抱き締められていると錯覚するほどに。

 天井を見上げながら、出ていった紫藤が気になって仕方がなかった。一秒が長く感じる。

 震える唇を開き、なるべく多くの酸素を吸った。時折、詰まる呼吸をどうにか戻していく。

 抱かれるだけならまだしも、二度も破壊の力を込めて出されている。彼の力が大量に入ってくると、力が使える代わりに感度が上がってしまうのが難点だった。

 そのため内から注がれるのはあまり好きではなかったけれど、少しでも紫藤の気が収まればと我慢した。俺の声を上げさせるため、感度の上がった体を白い手が這っていた。素直に、今日ばかりは素直に声を上げた自分を振り返ると、少しだけ恥ずかしい。

「……ぁ……ぅ……はぁっ……!」

 そろそろ動けないかと、寝返りを打ってみようとしたけれど、体が感じてしまうだけで動かせない。奥歯を噛み締めたくても、それすらも感じてしまう。

 噴き出す汗と共に息を整え、大人しく横たわった。もう少ししたら、もう一度挑戦してみよう。大人しくしていた俺は、廊下を慌ただしく走ってくる音に首を傾げようとして出来なかった。

「清次郎……済まなんだ!! 私が悪かった!!」

 バンッと開いたドアから紫藤が駆け込んでくる。勢い良く閉められたドアが大きく軋んだ。

 ベッドに寄り添われ、俺の肩に紫藤の手が乗る。ビリッと、甘い刺激が体中を駆け抜けた。

「はぁっ……あぁっ……!」

「…………!!」

 痺れた肩に、声が抑えられなかった。紫藤の手がすぐに離れていく。乱れた息を吐き出す俺に、今度はそろりと、額に貼り付いていた黒髪をどかすように触れてきた。たったそれだけでも、体は疼く。

「済まぬ……清次郎! ほんに済まぬ……!!」

「しど……さ……ま?」

「私も……私も達也に抱き付いたことがあると……い、言われた」

 肩を落とした彼を見上げ、ああ、と思い当たる。七海が来る前、三人で寝ていた時だ。朝、俺が朝食の準備のために離れると、紫藤が達也の方へ転がってしまっていた。

 達也を俺と間違えているのは分かっていたし、多少、焼き餅はあったけれど。紫藤が達也に対して、家族のように気を許しているからこそ一緒に寝られたから。

 抱き付いているくらいで焼き餅をやけば、せっかく達也を受け入れている紫藤の心を悩ませるだろうと見逃していた。

 気にしていないと、伝えたくても舌が上手く動かない。震える唇では、まともな言葉にはならなかった。

「頭に血が上りすぎたようだ……済まぬ」

 反省している紫藤を見つめ、どうやら怒りは鎮めてくれたようだとホッとした。ホッとしたけれど、体は動かない。朝食も抜いている。早く起きて紫藤に食事を用意したかった。

「ち……から……をすって……くだ……さ……」

「何だ? 清次郎」

 舌が痺れてしまって、上手く話せない。紫藤が俺に刺激を与えないように顔を寄せてくれる。震えながら唇を開き、誘った。

「……おお! そうか、済まなんだ。今、吸ってやる」

 顔を傾け、重なった紫藤の唇を受け入れる。触れられるとヒクついたけれど、じわりと力が移動していくのが分かった。

 体中に満たされていた紫藤の力が引いていく。絡まる舌が熱くなる度に、指先まで震えていた力が引いていった。

 腕が上がり始める。足に活力が戻った。

 離れた紫藤の唇を見つめながら、苦笑した。ようやく持ち上げられた両腕で、紫藤を抱き締める。長い彼の白髪に手を通した。

「さすがに、少しつろうございましたぞ」

「済まぬ……お主が口付けたと聞いては、正気ではいられなんだ。お主を取られたようでな……」

 反省するように、俺の肩に顔を埋めている。叱られるのを待つ子供のようだ。

 数分前まで、あれほど荒れ狂っていたのが嘘のようだ。機嫌が直ってくれて良かった。

「……紫藤様が達也に口付けていれば、俺とて黙ってはおりませぬ故。もう、ようございます」

「清次郎……」

「寝ている間とはいえ、紫藤様を悲しませてしまったのは俺です。以後、気をつけます」

 滑らかなおでこに口付け、大丈夫だと告げた。紫藤の体から力が抜けている。俺に体を預け、甘えるようにすり寄っている。

 ゆっくりと彼の背中を撫でながら、どうしても気になるあの言葉だけは、正しておきたい。

「紫藤様……」

「何だ?」

 すっかりいつもの紫藤に戻った彼の頬に手を添えた。ほんのりと赤味を帯びた白い肌が、手に馴染む。漆黒の瞳が俺を見つめ、俺の姿を映している。

「俺が紫藤様から離れることなど、ありはしませぬ」

「清次郎……」

「紫藤様のお側が、俺の生きる場所です。故に、あのように悲しいことはもう、おっしゃらないで下さいませ」

 両手で頬を包むと、唇を噛み締めている。小さく頷いた紫藤をもう一度胸に抱いた。

「愛しています、紫藤様」

「……うむ」

「ずっと、お側におります」

「……うむ!」

 しがみ付く体を抱いて、命よりも大切な主を包み込んだ。

 俺が離れてしまうと思うほど、紫藤を迷わせた。達也や七海は弟として大切だが、愛情表現の口付けも一切、しないようにしよう。寝ている間も気をつけよう。

 紫藤を泣かせないために。

 守り続けるために。

「さ、起きましょう」

「うむ。そうだの」

 紫藤ともども、気怠かった体を起こした。腕の感覚を確かめてみる。かなり吸ってくれたのか、痺れはほとんど無い。歩行も問題はないようだ。

「先にシャワーを浴びて参ります。子供らにはなんと言えば良いのやら……」

 それだけが気がかりだった。見つからずにシャワーを浴びたいけれど、リビングに居るのかテレビの音が微かにしている。

「隠すことはなかろう。私とお主が良き仲であることはすでに知っておること故な」

「左様で……」

 できれば、俺が抱かれることもある、ということは知られたくなかったのだが。どれほど時が流れても、身を任せるのは勇気がいる作業だった。それを人に知られることも。

 体中に散らされた紫藤の口付けの跡を見ると、小さな溜息が出てしまう。かなり強く噛まれたのか、赤くうっ血している。これが全て消えるまで、少しかかるだろう。その間は、なるべく首が見えない服にしなければ。ボタンは外すまい。

 まあ、隠したところでとっくに気付いているだろう。少しませている達也に後でからかわれてしまう覚悟は持っておこう。

 また溜息をついた俺の腕に、紫藤がしがみついた。

「……やはり怒っておるのかの?」

 不安そうに俯く紫藤の後頭部を見つめ、苦笑した。頭を撫でてやる。サラサラした白髪が、手の間をすり抜けていく。

「いいえ」

「しかし……!」

「どう隠そうかと、思案していただけですよ」

「……隠す?」

「見える位置のもありますもので」

 自分の首筋を指し示せば、紫藤の白い手が伸びてきた。首筋に触れると、じわりと熱を感じる。噛まれていた口付けの跡が、薄くなり、消えた。

「全部治してやろう……」

 両腕が俺の首に巻きついた。近付いた唇が重なる。

 抱き付く紫藤を抱き締めた。長い白髪を撫でながら、じわり、じわりと唇越しに入ってくる治癒の力を受け入れる。

 破壊の力とは違い、治癒の力で急激に感度が上がることはない。程よくのぼせるような、じわりとした熱が流れてくる。それと共に、体中に散っていた赤い跡が引いていく。

「ん……清次郎……」

 痺れていた唇がまた、甘く痺れていく。紫藤の腰を抱き寄せながら、与えられる熱に心も寄せた。

「……このくらいでどうだ?」

 熱い、熱い吐息を吐きながら、紫藤の唇が離れていく。赤く潤んだ唇を見つめながら、引かれるように軽く合わせた。

「……はい。もう、消えたようです」

 名残惜しく感じ、滑らかな額にも、頬にも、軽い口付けを繰り返す。瞼を震わせながら瞳を閉じた紫藤は、俺が与える口付けを感じるかのように、じっとしている。

 もう一度、濡れた唇に重ね、目を閉じている紫藤をしばし見つめると、自分の体を確かめた。

 治癒の力のおかげで、目立つ噛み跡は無い。これなら、リビングまで下りても口付けの跡があったとは分からないだろう。

「ありがとうございます。これならば、見つかりますまい。さ、参りましょう」

「うむ!」

 顔を上げた紫藤がベッドから飛び降りている。俺も降りると浴衣を身に纏った。中で出されたモノは風呂場で洗い流そう。こればかりは治癒の力でもどうにもならない。顔を引き締め、部屋を出た。

 階段を下りて行けば、達也と七海はゲームをしていた。足音に気付いた二人の顔が俺をチラチラ見てくる。

 何か言葉を、と思っても、何を言えば良いのか咄嗟に出てこなかった。足早に浴室へ向かう俺の背中に達也が笑っている。

「エッチお疲れさん!」

「……達也」

「隠すなって。つか、風呂場でエッチすんなよ~~」

 振り返ればヒラヒラ手を振っていた。その頭を紫藤がパシッと叩いている。

「清次郎を虐めるでない!」

「虐めたの蘭兄じゃん!」

「そ、それは……そうだが……」

「優しくしろよ? なあ、七海」

 達也に話を振られた七海が頬を赤らめた。俯き、小さく頷いている。

 これ以上、聞いていられなくて浴室に飛び込んだ。子供にからかわれるとは、溜息をつきながら浴衣を脱いだ俺は、開いたドアに驚いた。

「体を洗ってやろう!」

「け、結構ですので!」

「遠慮するでない! 私のせいで疲れておるのだ、私が世話をせねばの!」

 止める間もなく浴衣を脱いでいる。一糸纏わぬ姿になった紫藤は、俺の背中を押して浴室に押し込んだ。

 シャワーを手にし、体に掛けてくる。椅子に座ろうとした時、ピタリと背後に貼り付かれた。これでは座れない。立ったままになってしまう。

「出さねばの……」

 耳に囁かれた時には、尻の奥に紫藤の指が当てられていた。

「し、紫藤様……! 自分でできます……ぁっ!」

 長い中指が入り込んでいた。人差し指まで入り込んでくる。一度奥まで突き入れられ、二本の指で広げるように掻き出されていく。先ほどまで抱かれていた体だ、紫藤の指を難無く受け入れてしまう。

「……ぁ……くっ!」

 震える足をどうにか立たせ、壁に手を突き堪えた。探ってくる指にも感じるけれど、まだ残っていた破壊の力のせいで感度は高めだった。

 奥歯だけは噛み締めた。達也や七海に聞かれたくはない。必死に堪えていた俺に体を寄り添わせた紫藤は、前にも触れてきた。

「……元気になったの」

「紫藤様……!」

 彼の手を離そうとした俺より早く、握り締められている。思わず声が漏れそうになった。奥歯を噛み締めることで耐える。

 ゆるゆると、紫藤の手が動いた。揺れそうになる腰を堪える俺に、囁くような紫藤の声が耳に吹き込まれる。

「たまらぬのであろう……? 破壊の力は体を巡るでな。まだ……残っていよう?」

 分かっていて何を、思った俺の体を反転させた紫藤は、熱い口付けを仕掛けてきた。唇を塞がれながら、引っ張られた手が彼の尻の方へ導かれる。

「私にも仕置きが必要であろう……?」

「し、しかし……子供らが……」

「ふふ……達也はもう、お見通しよ。七海のことも上手くやってくれるはずだ」

 俺の手を自ら動かし、尻を撫でさせている。すでに反応してしまったモノと、体に残っていた力のせいで、熱は高まるばかりだった。

 子供達の教育に悪い。長引けば勘付かれてしまう。

 分かっていても、紫藤の誘いを突っぱねることはできなかった。散々、弄られたせいで男として抱きたい気持ちが抑えられなくなっている。

 紫藤の秘部へ指を滑らせた。シャワーから流れるお湯を伴いながら中へと突き進む。中指を埋め込めば、紫藤がギュッとしがみついてきた。

 立ったままでは無理をさせてしまう。シャワーを止めて彼の腰を抱きながら床に座った。胡座を掻いて座った俺の上に、紫藤を乗せる。

「ん……仕置きなのだ……もっと……激しくせい」

「されど……」

「行くぞ、清次郎」

 まだ、指一本でしか慣らしていない場所へ、紫藤が自ら俺のモノに跨ってくる。狭い中を行く俺も、無理矢理広げて受け入れている紫藤も、どちらも苦しくなる。

「くぅっ……!」

 苦しげに呻いた紫藤は、一気に体重を掛けてくる。中に押し入った俺は、熱いそこに目眩がしそうだった。

「紫藤様……!」

「清次郎……ん……清次郎……」

 震えながら口付けが降りかかる。俺の耳や頬に唇を押し付けては、傷みを散らそうとしている。

 掴んだ腰を支えながら、下から突き上げた。律動に乗った彼の体が揺れている。結い上げなかった長い白髪が顔に貼り付き、切なそうに俺を見つめている。

 片手で髪を掻き上げてやった。近い距離で見つめ合う。誘われるままに唇を重ねれば、後ろがキュッと締まって俺を刺激する。

 どこに触れても、紫藤の体は熱かった。突き上げる力を強くしては、喘ぎを吸い込むように唇を塞いでしまう。絡める舌から時折逃げようとする彼を追い掛けては塞いだ。

「ぅん……ぅ……ん……ぁっ……はぁ……せ……んん!」

 子供らには聞かせられない。舌を吸い上げ、下を突き上げ、紫藤とともに上り詰めていく。

 やがて限界を訴えるように紫藤が俺の黒髪を握り締めた。俺も彼の腰を引きつけ、一際強く抱き寄せる。

 中に押し付けながら達した。頭にしがみ付いた紫藤もまた、たまらず達している。数度、震えた紫藤の体から力が抜けた頃、塞いでいた唇を離した。

「……ぁ……はあ……はあ……」

「大事ありませぬか?」

 だらりと力を抜いた紫藤を抱き締めながら、すぐに中から出た。体を支えながら、出したばかりのモノを掻き出していく。紫藤がまた感じる前に処理を終わらせた俺は、横抱きにして笑った。

「お互い、仕置きは終わりということで」

「……うむ」

 気怠そうな紫藤に微笑みながら、シャワーを取るため立ち上がる。浴槽に紫藤を座らせ、シャワーを掛けて洗い流してやった。

 体も髪も洗って、身を清めた俺達はリビングに戻った。大音量で流れるテレビゲームの音の中、達也と七海が居て。

 俺達が戻ったと知ると、音量を下げてニヤリと笑った達也。

「仲直りのエッチしてたんだろ? 聞こえちまうかと思ったぜ」

「……達也。はしたないぞ」

「はしたないことしてんの、清兄達じゃん。なぁ~?」

 七海に同意を求めた達也は、ニヤニヤ笑っている。聞かれた七海は赤くなって俯いた。

「……否定はせぬが、あまり口に出さないでくれ」

「分かってるよ」

 ニッと笑った達也は、テレビゲームに視線を戻した。格闘ゲームで七海と対戦していたようだ。

 七海は少しだけ俺達を振り返り、すぐにテレビの方を向いて達也の側に寄っている。教えられるままにコントローラーを握る彼は、不器用そうにキャラクターを操っている。

 二人はいつの間にか兄弟のようになっていた。達也が七海の面倒を見てくれている。おどおどしていた七海は、達也に引っ張られているうちにこの家に慣れてきたようだった。

 暫く任せても大丈夫だろう。二階へ着替えに行こうと階段に向かう。紫藤も大人しく付いてくる。

 二人で寝室に入ると、紫藤が笑った。

「達也も兄になったの」

「そのようで」

「ませておるのは生意気だがの」

 服を取り出した俺を見つめ、紫藤がにこにこと笑っている。

「まあしかし、達也に協力させれば、いつでも情がかわせるの!」

「……紫藤様」

「我慢するのはなかなか辛い故、良いではないか。そもそも! お主に触れる時間が減った故、焼き餅も大きくなったのだ。のう、そうは思わぬか?」

 紫藤は一人頷き、笑っている。

「もっと私に触れよ! さすれば、寝ぼけて私以外の者に口付けたとしても、何とか我慢してやろう!」

「……はぁ~」

 呆れた俺は、彼の体から浴衣を脱がせながら、さて、どうやって隠そうかと思案する。

 子供に手伝わせるなんてもっての他だと思う。



 思うが。



 紫藤とかわす情は、確かに外せない。



 達也が来て、七海も預かることになった今、紫藤と俺の二人きりの時間はずいぶん減った。風呂に入っている時くらいしか、二人きりの時間は存在しないかもしれない。

 まして夜も暫く、四人で眠ることになるだろう。七海が落ち着いて、言霊を操れるようになるまでは。

 二人が来る前までは、当たり前のようにずっと紫藤と過ごしていた。二人だけの時間が長かったが。

 その時間が極端に減っている。紫藤の焼き餅が加速したのも、そのせいだと言えば、そうかもしれない。

 どうやって、紫藤と二人だけの時間を確保しようか。彼が不安にならないよう、側に居る時間を増やそうか。

「のう、清次郎」

「はい?」

 考えながら、彼にズボンを履かせて見上げれば、にこりと笑っている。

「風呂場に置くマットを買ってくれ」

「何故です?」

「情をかわすために決まっておろう!」

 自分でシャツを羽織りながら言い放った紫藤に、俺はヒクッと喉を震わせた。

「二人の面倒は見てやらねばなるまい。だが、もっとお主に触れておらねば気が狂いそうになる!」

 紫藤はふんっ、と綺麗な鼻膨らませ、勢い良く鼻息を吹き出している。

「湯の時間は貴重だ。快適に過ごせるよう、努めねばの」

「…………分かりました」

「うむ。なるべく柔らかいのが良いぞ?」

「承知」

 顔が赤くなるのを誤魔化すように咳払いをした。機嫌良くシャツのボタンを留めている紫藤に背を向けながら浴衣を脱ぎ捨てる。

 マットを置けば、達也に暫くからかわれるだろうことは予想できるけれど。

 子供二人に知られることは重々承知しているけれど。

 拒めない俺だった。

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