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優勝の行方(82~83)

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 審判であるダンの後に続いて、待機場から闘技場までシレンは歩いた。
 隣には、対戦相手である、戦士団若手四天王の一人、アンディーがいる。
 マルコと二人で話をする際の通称は、戦士Aだ。
 待機場から闘技場までの空間は、一応、花道ということになっている。
 シレンは、この日のために新調された、新しい鎧を身に着けていた。
 普段着る、儀礼用の派手な装飾がついた鎧ではなく、実戦用の動きやすい皮鎧である。
 但し、皮革が、シレンのイメージカラーである白に染められているため、実用一辺倒の戦士団員の鎧とは違って、派手は派手だ。
 シレンは、花道を歩ききって、闘技場の境界線を越えた。
 中央の開始線に向かって歩く。
 平行に並ぶ開始線に対して、どちらの線の側からというのではなく、線と線の間に真横から近づく方向だ。
 シレンが歩いてきた花道の背後には、戦士たちの待機場があり、さらにその背後には、王庭の壁と壁の上の王族の観覧席がある。
 開始線は、向かい合って並ぶ二人の対戦者のどちらもが、王族の視線を真横から受ける方向になるように向きが決められていた。
 でないと、対戦者のどちらか一方が、王族に対して、刃を向けて立つ向きとなるためだ。
 王族に対して、剣を向けて立つ行為は、不敬に当たる。
 試合の途中で、刀の先が王族を向く瞬間があるかもしれないが、偶然とわざとでは、意味が違った。
 ダンが二本の開始線の間を通って、通り過ぎると、開始線の端と闘技場の境界の、ほぼ中ほどの位置まで歩いて振り向いた。
 シレンとアンディーは、開始線で左右に分かれて、それぞれ自分の立ち位置にまで歩いて行く。
 アンディーは、開始線を一跨ぎした位置で止まって、振り向いた。
 シレンは、開始線を跨いでも止まらず、歩き続けて、境界線の手前まで進んで振り向いた。
 オフィーリアの作戦のとおりだ。
 相手から、もっとも遠い場所に立って、余裕をもって、刀を振るようにするためだった。
 シレンの意図がわからない、会場の観客たちが、どよめいた。
 ダンは、シレンをとがめない。
 アンディーもまた、シレンに何も言わなかった。
 かくいうアンディーは、戦士団の通常装備品である皮鎧ではなく、金属製の重甲冑を身に着けていた。
 頭には、顔全面を覆い隠す兜をかぶっている。
 どちらも、相当に重い品だ。
 相手を風で吹き飛ばそうというシレンの意図は、戦士団員達には、周知の事実だった。
 この一か月、同じ鍛錬場の空間で、マルコとバネッサを相手にしてシレンが行っていた練習を、戦士団員たちは全員が目にしている。
 当然、誰だって対策をとるだろう。
 シレンが風で来るならば、飛ばされないように、自分を重くする。
 単純な対応策だ。
 ダンが、自分の手を手刀の形にすると前方に突き出し、シレンとアンディーの間、二本の開始線の中央に、手刀の先から一直線に伸びた、見えない仕切りがあるかのようなポーズをとった。
 観客が沈黙する。
 アンディーは、シレンに対して、木刀を構えた。
 シレンは、いつかマルコに対してやったような、居合抜きの姿勢で、木刀を構える。
 ルールでは、槍でもこんでも、尖っていて、実際に切れる武器でさえなければ何でもよいのだが、二人ともスタンダードな木刀だった。
 対戦者二人の準備ができた。
「はじめぃっ!」
 ダンが、手刀を振り上げた。
 瞬間、シレンが横薙ぎに木刀を居合抜く。
 シレンの木刀の先から、不可視の衝撃波が飛び出して、アンディーを吹き飛ばす。
 アンディーは、重甲冑のまま宙を舞うと、闘技場の境界線より二メートル外に、ズシンと落ちた。
 ひっくり返った亀のようである。
 巻き起こった旋風が、土ぼこりとともに、前方の観客席まで届いて、観客を土砂まみれにした。
 けれども、観客に怪我はない。
 ただの風だ。
 観客からすれば、一種の風のアトラクションである。
「勝者、シレン!」
『はじめ』の一言で、振り上げた自分の手刀を、休む間もなく、そのままシレンに向けて振り下ろして、ダンが言った。
「うぉぉおぉぉ!」という、観客の大歓声。
 シレンは、ぺこりと一礼した。
 瞬殺だった。

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 試合後、間を置かずに次の試合を開始しないのは、セディークの作戦だ。
 待ち時間があれば、その時間に、観客は屋台で何か買い物をするしかないだろうという判断である。
 当然、売り上げは多くなる。
 売り上げに比例して、出店している屋台から、転生勇者親衛隊に納める金額は増えていくから、なるべく、観客が商品を買う機会が増えるように、イベントは組まれている。
 第一試合が、ほぼ一瞬で終わったため、第二試合の開催までには、約三十分間の隙間ができた。
 買い物時間が、三十分間確保されたということになる。
 次の試合まで時間つぶしをしなければならなくなった観客は、財布のひもを緩めるに違いない。
 技もそうだが、そういう意味でも、シレンの試合には華があった。
 続く第二試合は、接戦だ。
 戦士団若手四天王の、ビリー対チャーリー。
 マルコとシレンの間では、戦士B対戦士Cの試合と呼ばれていた。
 第一試合四試合の中では、最も話題性にかける選手たちだ。
 実力はともかく、ネームバリューだけならば、マルコの一本勝ちである。
 ビリーとチャーリー、二人の闘いの勝者いずれかが、二回戦でシレンと闘う相手になる。
 ビリーは、力任せの大男で、チャーリーは、技巧派だ。ヒット&アウェイによる闘いを得意としていた。
 風で吹き飛ばす、シレンの戦略からすると、重量級のビリーよりは、軽量級のチャーリーが勝った方が都合良い。
 チャーリーが、どれほど技巧派であっても、カチェリーナの素早い動きすら躱 かわすシレンの目には、たかが知れている。
 願いが通じたか、試合は、終始、チャーリーが優勢に闘いを進めた。
 やや、大振り気味のビリーの腕や足に、チャーリーが確実に木刀を当てていく。
 試合のルールがポイント制であったり、真剣による実際の戦闘であったならば、ポイントの積み重ねや、出血多量で、勝者はチャーリーであっただろう。
 ところが、なりふり構わず、突撃して振り回したビリーの木刀が、まぐれあたりで、チャーリーの右腕をへし折った。
 チャーリーが負けを認めて、ビリーが勝利した。
 たっぷり、三十分間をかけた末の、降参負けだ。
 試合としては、華がなかった。
 三十分間、にらみ合いや小競り合いを続けたのだから、それはそれで玄人好みの試合であったと言えなくはないが、一般客が見ても、退屈で面白い試合ではない。
 時間がかかったため、試合終了後、すぐに第三試合の開始時刻だ。
 当然、隙間時間に、買い物をしにいこうとする観客は、ほぼいなかった。
 そういう意味でも、戦士B対戦士Cの試合には華がない。
「勝者、ビリー!」
 ダン・スラゼントスが、勝ったビリーの名前を宣言した。
 まばらな拍手が、勝者を称えた。
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