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第3章

最終話 ずっと一緒にしてみた

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 ※李村りむら 椎縫しいぬ視点

 
 遠くの方で私の名前を呼ぶ声が聞こえる。

 薄く目を開けると眩しい光と一緒に誰かが私を覗き込んでいる。

 瞬時に自分が寝かされているのだと気づいた。

 呼吸が上手くできない。
 パニックになって手足をバタつかせる私は複数人に取り押さえられ、襲ってくる眠気に耐えられず深い眠りに落ちた。

 それからどれくらい経ったのか、私の口から管が抜かれた。いわゆる人工呼吸器というものだ。

 私は学校からの帰り道、花屋の店先で交通事故に遭い、一週間以上もの間、生死の境を彷徨っていたらしい。
 部屋の片隅には枯れたカーネーションが生けられていた。

 当然のようにその辺りの記憶はなく、言われるがままに治療を続け、起きる練習をしてやっと一人で歩けるようになった。

 退院できたのはそこから一ヶ月後。
 もうしばらくは学校を休むことになり、私は自宅マンションの一室で退屈な日々を過ごすことを余儀なくされた。

「……暇だなぁ。久々にゲームでもしようかな」

 取り出したのは、乙女ゲーム『アオバラIII』

 大好評だった『Ⅰ』、クソゲーと言われた『II』、そして評価がぱっとしない『Ⅲ』、完全クリアして以来、棚の上に置きっぱなしにしていたものだ。

 ゲームを起動してすぐに懐かしいBGMとタイトルコール。
 そしてメインヒロイン、攻略対象者たち、悪役令嬢が描かれたタイトル画面に切り替わった。

「リムラシーヌ・ブルブラック」

 私と同じ名前の悪役令嬢。

 直後、酷い頭痛に襲われた。

 目を閉じても鮮明に映像が頭の中に流れてくる不思議な感覚。

 女の人に抱かれている暖かさ。
 隣にいるピンクブロンドの女の子。
 優しく名前を呼んでくれる男の人の声。
 はしゃぐ男の子たち。

 なんでも隣にいる子と一緒に考えて、相談して、行動していた。
 たまに勝手なことをして怒られたけど、二人で一つの体を動かした。

 でも、心は別。
 あの子と私の好みは違うし、感じ方も違う。

 そして、知識。
 あの子にはない知識が私にはあった。
 だから選択肢は間違えなかった。あの子の感情に流されていない間は――

「リム!」

 ズキズキ痛む頭を押さえながら、双子の姉の名前を呼ぶ。

 十六年分の記憶が流入する苦痛は十分以上続いた。
 あまりにも痛くて救急車を呼ぼうか本気で悩んだほどだ。

 夢を見ているような、宙に浮いているような気持ち悪い感覚が続いている。

 やがて頭痛は自然と治まり、飲み物を取りに行くためによろよろとキッチンへ向かう。
 水を一気飲みして部屋へ戻る途中、洗面所の鏡に写る自分の顔が見えた。

 そっと手を伸ばし、鏡に触れる。

 ――おかしい。

 あの時はこんなにも無機質なものを触れている感覚はなかった。
 もっと肉感の強い、温かみを感じられたのに。

 強い違和感を感じつつも部屋に戻ってゲーム画面に目を落とすと、達成率が90%になっているのに気づいた。

「あれ、全クリしてあったはずなのに」

 迷うこと無く、new gameを選んだ。

 ゲームの舞台は名門王立学園。
 そこに入学したヒロインが五人の攻略対象の誰かとハッピーエンドを迎えるストーリーだ。
 選択次第ではバッドエンドもありえる、やり込み要素の強い乙女ゲームである。

 混濁する記憶に戸惑いながら見慣れた選択をしてゲームを進めていくと、ふいにボタンを押す手が止まった。

「……これ、リムラシーヌ視点?」

 最初はヒロイン視点で進んでいたゲームだったはずなのにどこで選択を間違ったのか、悪役令嬢リムラシーヌ・ブルブラックの行動を選べるようになってしまった。

「これ、知ってる。私があの子と選んできた道だ」

 与えられた選択肢のどれを選べば良いのか、手に取るように分かる。

「薬術クラスじゃなくて『剣術クラス』。剣術大会には『参加しない』。ルミナリアスからの呼び出しには『応えない』」

 一回、二回、三回……と、『行かない』を選択して七回目で『行く』を選んだ。

「ルミナリアスからの告白を『拒否』。剣術大会で負けたルミナリアスを『慰めに行く』、教室から私を連れ出そうとするルミナリアスの手を『取る』。これが私たちの正解」

 婚約していなかったリムラシーヌとルミナリアスが婚約して、一気にエンディングまでストーリーが進んだ。

「良かったね、リム」

 まだ、私の記憶は曖昧だ。
『アオバラ』シリーズが好き過ぎて、眠っている間に夢を見ていたのかもしれない。

 そんな風に思っていると最後の一枚絵が目に飛び込んできて言葉を失った。

「っ! パパ、やっぱり何でもできるじゃん」

 奇跡の魔術師、ウィルフリッド・ブルブラック。
『アオバラ』のヒロインであり、彼の妻であるリューテシア・ブルブラック。
 二人に顔立ちの似た二人の息子。
 そして、元悪役令嬢で、現王太子妃のリムラシーヌ・ブルブラック。

 更に驚くことに、リムラシーヌが持つ写真立てには彼女によく似た女の子も写っていた。

 思わずゲーム機を持ち上げ、角度を変えて食い入るように目を見張る。

「……私だ。私も写ってる。あの時のアーミィちゃんの水の魔術だ!」

 涙を堪えられず、何度も何度も頬を拭った。

 あれは夢じゃなかったんだ!
 私もあの場にいて一緒に笑い合っていたんだ!

 自分の中にあるもう一つの記憶――シーヌとしての記憶を取り戻した私は途端に心の中がぽかぽかと暖かくなり、気持ちを抑えられなくなった。

「ありがとう。パパ、ママ、にぃにぃズ、リム。ずっと大好き。大人になっても絶対に忘れないから」

 抱き締めていたゲーム機を離し、すぐにキャプチャーをスマホに転送して手早く操作した。

◇◆◇◆◇◆

「んーっ!」

 緊張をほぐすように少し大袈裟に背筋を伸ばす。
 久々の制服を着て、学校指定の鞄を背負った。

 今日から登校再開だ。

 どんな顔をして教室に入ればいいだろう。

 あの子なら……。リムなら、今の私になんて声をかけてくれるかな。

 そんなことを考えながら玄関先で前髪を整えた。

「行ってきます、みんな」

 スマホのロック画面に目を落とす。そこでは私の家族が微笑んでくれている。

 これでいつでも、どんな時でも一緒。

 パパの口癖を真似るなら、たとえ破滅するとしても! になるのかも。



 おわり
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