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第3章

第18話 愛を囁き合った

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 アーミィがくれたのは水の魔術で作られた、いわゆる写真立てだ。

 この世界に写真はないから思い出を現物として残す手立てがない。
 そこを解消したのがこのオリジナル魔術。

 アーミィは来るべき日のために開発を進めていたらしい。

 今でも玄関に置かれた写真立ての水面には、笑顔のリムとシーヌが写っている。
 たとえ、遠く離れたとしても俺たちの大切な娘だ。

「さて、行こうか、リュシー」

「はい、ウィル様」

 今日は王族主催の夜会。
 なんでも妃教育を修了したリムラシーヌのお祝いも兼ねているとか。

 未来の王太子妃の両親である俺たちが出席しないわけにはいかない。

◇◆◇◆◇◆

 会場に着くと、いの一番にカーミヤ公爵夫人が駆けつけてくれた。

「娘さんのことを聞いたわ。よく決断したわね」

「まぁね。伝えなくてごめん。ほら、カーミヤ嬢には苦い思いをさせたくなかったから」

「リムラシーヌ嬢とは話してきたわ。あの苦しみは経験者にしか分からないもの。でも、その後は体に異常はないと説明しておいたから。妃としての役目も果たせるでしょう」

「ありがとう、カーミヤ嬢。助かるよ」

「素直にお礼を言われると調子が狂いますわね」

「ウィル様は立派に父としての役目を果たされました」

「こればかりは認めましょう。クロード様も後で挨拶に来ますわ」

 カーミヤ嬢はリューテシアを連れて、中抜けしてきた貴族夫人の輪の中に入っていった。そこにはアーミィの姿もある。

 あの三人が仲良くしている光景ってレアだよな。

「平気か、親愛なる友よ」

「あぁ。ルミナリアス殿下はどうだ?」

「問題ない。成婚前だと言うのに、イチャイチャしている姿が度々目撃されている。毎度、余に報告が上がってくるから困っているところだ」

 あ、胸が、痛い。

「まったく。ブルブラックの家系は婚前交渉の呪いでもかけられているのか?」

「ぶぅっ! や、やめろよ。そんなこと言うなよ。え、嘘だろ。嘘だと言ってくれよ、ルミナリオ!」

 肩を掴み、前後に揺すっていると、ルミナリオは不適な笑みを浮かべた。

「余と一緒に震えて眠ろうぞ」

「てめぇ! 性格悪いぞ!」

「王太子と王太子妃が婚前交渉。ははっ、笑えんなぁ」

「ちゃんと釘を刺しておけよ! お前、国王だろ!?」

「国王にそんな口のきき方をする奴に言われたくないわ。お主がリムラシーヌ嬢に言えば良かろう」

「そんなこと男親が言えるわけねぇだろ! 察しろよ! お前も親だろ!」

「余、娘いないもーん。そうなったら、そうなったで一緒に考えよう。な、親愛なる友よ」

 あぁ、もう! こいつは!

 憤りをぶつけることができなかった俺が一人悶々としていると、サーナ先生がやってきた。

「この度もお世話になりました」

「リムラシーヌお嬢様が快気なされて何よりです」

 ルミナリアス殿下の隣でほくそ笑むリムラシーヌを遠目に見ながら、サーナ先生はほっと息をついた。

「坊ちゃんはカーミヤ公爵夫人の中の人やアーミィさんの中の人のことを悪魔と呼んでいましたが、私はシーヌお嬢様のことをそうは思いません」

「俺だってそうですよ。あの子は俺たちの天使ですから。リムラシーヌも椎縫《しいぬ》も幸せになって欲しい。俺の願いは今も昔も一つだけです」

「坊ちゃんも大人になられましたね。奥様もさぞお喜びでしょう」

「どうかな。俺がもっと早くに魔術を使えていれば、お母様も救えたはずなんだ」

「私はそうは思いませんよ。きっと奥様は奇跡の魔術師であることが発覚して愛する我が子を奪われることを嫌うでしょうから、魔術を使わせなかったでしょうね。あなた様が子供たちに魔術を教えなかったように」

 俺は万が一にも奇跡の魔術師の力が子供たちに遺伝していた時のことを考えて魔術を教えなかった。

 結果的にまだ俺が当代の奇跡の魔術師のままだから良かったが、三人のうち誰かが継承していれば、我が子は王族に取られていた可能性が高い。

 そして、奇跡の魔術師が原因で破滅する可能性もある。

 俺はお母様と同じように自分の家族を守るための選択をしたんだ。

「それならいいな」

「そうですよ」

 うやうやしく一礼したサーナ先生が立ち去り、入れ替わるようにリューテシアが戻ってきた。

「リムラシーヌの幸せそうな笑顔が見れてよかったです」

「あの子はもう大丈夫だ。ルミナリアス殿下もいるし、一人の女性として自立する日もそう遠くはないさ。にぃにぃズだってそうだろ。あいつらが王宮にいれば、リムラシーヌも安心だ」

「良い子たちに育ちましたね。ウィル様の子育ては間違っていませんでした。私はそう思います」

「全部リュシーのおかげだよ。ありがとう」

「いいえ。これでウィル様はウィル様自身のみならず、わたしと子供たちも破滅の未来から救ったことになりますね」

 これまでの選択が間違っていなかったと肯定されるとやはり嬉しくなる。
 他ならぬ、リューテシアからであれば尚更だ。

「アーミィさんとの悪巧みは完了したのですか?」

「一応ね。あの子が気づくかは別だけど」

「気づきますよ、きっと。何度も奇跡を起こしたあなたと、何度も奇跡を目の当たりにしたわたしの子なのですから」

「……奇跡、起きてるといいな」

 リューテシアは――えぇ、きっと、と微笑み、俺の手を握る。

「わたしはこれからも何があったとしても、ウィル様の隣を離れることはありません。たとえ、破滅するとしてもです。愛しています、ウィル様」

「俺も愛してる。おじいちゃんになってもリュシーだけは絶対に守る。たとえ、破滅するとしても」

 俺たちは夜会会場の隅っこで寄り添い、婚約時代と同じように――いや、あの頃よりも大きい熱量で愛を囁き合ったのだった。
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