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第3章

第10話 バチバチにやり合ってみた

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 二回戦に突入した剣術大会はどんどん盛り上がっていく。

 学園創立以降、初めて女子生徒が剣術大会に参加して一回戦を突破したのだ。
 快挙なんてレベルのものではない。

 帰省したらパーティーを開かないと。

 さて、そんな我が子の相手は俺の隣に座る男の息子だった。

「クロード先輩のご子息は三男でしたっけ?」

「そうだ。兄たちと同じように鍛えた。これまでの試合を見る限り一年生代表の座はもらったも同然だ」

 つまり、リムラシーヌは相手にならないと。

 言ってくれるじゃないか。

 頑張れ、リムラシーヌ!
 腕の一本くらいへし折っても許すぞ。

 声に出さず、全力で応援していると、闘技場で挨拶を終えた二人が激しくぶつかり合っていた。

 やはり、クロード先輩の息子であるクローザ公爵令息が優勢だ。

 いくら鍛えようとも女と男では根本的な体の作りが違う。

 リムラシーヌはとにかく速い。トーマも速さに特化して鍛えようと言っていたから間違いない。

 言い方を変えれば、ただ速いだけ。
 そこに重さはない。

 今もクローザくんの力に押し負けている。完全に向こうのペースだ。
 残念ながらリムラシーヌは勝てない。

 どこかで降参してくれないと本当に怪我をしちゃう。

「我が息子の勝利のようだな」

「貴族令嬢に勝って喜ばれてもねぇ」

 こちらはこちらでバチバチやり合っているぞ。

 頑張れリムラシーヌ。いや、もう頑張るな。
 さっさと降参してくれ!

 しかし、残念なことに俺の願いは届かなかった。

 どんどんリムラシーヌの剣戟の速さが増し、クローザくんを追い込んでいく。
 彼もまた負けじとリムラシーヌを力でねじ伏せようと必死のようだ。

「っ!」

 このままではまずいッ!!
 
 VIP席の手すりに足をかけて飛び降りると、隣ではクロード先輩も同じように闘技場内に着地し、足を踏み込んでいた。

「そこまでだ、クローザ。ご令嬢の体を傷つける行為は紳士的ではない」

「終わりだ、リムラシーヌ。自分の顔と引き換えに相手の喉を貫こうとしたな」

 俺はリムラシーヌの、クロード先輩はクローザくんの模擬剣を受け止め、制止するように声をかけた。

 クローザくんがどうなっているのかは見えないが、リムラシーヌは興奮しきっており、瞳孔の開いた両眼で目の前の敵に向かって行こうと抵抗を続けている。

「おい、シーヌ。お前がついていながらこの様か。おい、リム。手を離せ。もう試合は終わった」

 無理矢理に剣を奪い取り、少しでも興奮を落ち着けられるように優しく抱き締めれば、リムラシーヌが深呼吸を始めた。

 そっと離れてクロード先輩の方を振り向くと、ちょうどこちらを向いたばかりだった。

「この子を殺そうとしたのか」

「まさか。そっちこそ嫁入り前の女の子の顔に傷を負わそうとしましたよね」

 使用しているのが模擬剣だとしても先端は尖っているし、しっかりと重みもある。
 実際に当時学生だった俺はクロード先輩に腕を折られている。

 一歩間違えれば大怪我に繋がることだってあるんだ。

刺突しとつはさすがに危険行為だろ」

「うちはより実践的な剣術指導をモットーにしていますので。暴漢に襲われたときにどうするんですか」

「私の息子は暴漢ではない」

「俺の可愛い娘の顔をぶっ叩こうとしたのに?」

 互いに模擬剣を持ち、ジリジリと歩み寄りながら文句を言い合う。

 それぞれの背後では冷静になった子供たちの「お、お父様」、「ち、父上」という不安そうな声がずっと聞こえていた。

「侮辱行為だぞ、ブルブラック伯爵」

「ほう。ここでその呼び方をしますか、オクスレイ卿」

 もう額と額がぶつかり合いそうな距離まで詰めているというのに、お互いに一歩も引かないでいると剣先同士が触れ合った。

「引き際は見極めた方がいいぞ。正式な決闘でもするか」

「いいっすよ。手袋でその綺麗な頬をひっぱたいてやりますよ」

 同時に離れ、模擬剣を構える。

 いよいよ不味いと判断した審判が止めに入ろうとしたが、正直邪魔でしかない。

「「退いてろ」」

「……はい」

 俺たちの剣幕に押されて誰も口出しできない。異様な雰囲気が闘技場に渦巻く。

「あの時の決着をつけようではないか」

「今日は俺が腕をへし折る番ですね。片腕と言わず、二、三本やっちゃいますよ」

「腕は二本しかないだろ、親バカ」

「人のこと言えるんですか。過保護公爵。サボってないで仕事行け」

 互いに引けないところまで来た。

 もう罵り合いは終わりだと言うように踏み込む体勢を整える。

 次に息を吐いたときには剣がぶつかっているだろう。


「およしなさい! 大人げない!」


 闘技場内に響き渡った女性の怒号。

 俺たちは瞬時に声の主を察して、壊れたおもちゃのようにそちらを向いた。

「これは何の騒ぎかしら。はしたない!」

「カ、カーミヤ様、その辺で……」

 そこには遅れてきた元ご令嬢二人がいた。

 腕を組み仁王立ちするカーミヤ・オクスレイ夫人と、苦笑いで彼女を宥めるリューテシア・ブルブラック夫人だ。

「あなたたち、こっちへいらっしゃい」

「「はい」」

 さっきまでの勢いはどこへやら。俺たちは脱兎の如く駆け出した。

「神聖な剣術大会を中断してしまって申し訳ありません。この試合はお互いに反則負けとして処理なさってください。うちのバカ共がご迷惑をおかけしました」

 両脇に抱えた俺とクロード先輩の頭を押さえ込み、無理矢理に頭を下げさせるカーミヤ夫人の姿に会場内はどよめき、娘たちの第二試合は幕を閉じた。

 しかし、俺たちへのお説教タイムは幕を上げたばかりなのだ。
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