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第3章

第5話 娘が王太子と会った

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 ハーモル男爵と別れた俺はリューテシアと合流して、今作のヒロインであるアリシア・ハーモルと談笑しているリムラシーヌを遠目で見ていた。

 やがて満足げに我が娘が戻ってくる。

「お父様、ありがとうございました」

「首尾は上々か?」

「はい。これで入学後も仲良しになれそうです」

 今はシーヌが表に出ているのだろうが、こうした場ではいつもみたいに「パパ」とは呼ばない。うちの子は公私を分けられるのだ。

「目的を達したなら長居は無用だ。さっさと終わらせよう」

 昼間の開催ということもあり、素早い撤収を呼びかけたのだが、会場が静まり返ったことで異変を察知した。

「……おいおい、勘弁してくれよ」

 俺たちの視線の先には貴族たちが開けた道を堂々と歩くルミナリオと、その息子であるルミナリアス殿下がいた。

「お、お父様、シーヌが怯えています。は、早くこの場を去りたいと」

 俺だってそうしてやりたい気持ちは山々だ。
 しかし、王族を目の前にして挨拶なしで閉幕はできない。

「久しいな、ウィルフリッド・ブルブラック卿」

「ルミナリオ国王陛下におかれましてもご健勝のこととお慶び申し上げます」

「うむ」

「父上、僕もご挨拶を」

 ルミナリオの許可を得た上で俺たちの前で手を左胸に置きながら自己紹介するルミナリアス王太子殿下の姿にたじろぐ。

 絶対に言っちゃいけないことだけど、あえて言おう。


 お前が俺の娘を破滅に向かわせる輩かッ!!


 と、心の中で怒声を上げながら胸ぐらを掴んでおいた。

 もちろん表面上は微笑みを絶やさない。

「……私がしっかりしなきゃ。うん、やれる」

 俺の後ろでそんなことをボソボソつぶやいたリムラシーヌは意を決したように一歩前に出た。

 異様な空気感の中で行われたリムラシーヌの華麗なるカーテシーに参加者たちの視線が集まる。

「お初にお目にかかります。ブルブラック伯爵家の長女、リムラシーヌ・ブルブラックでございます」

 その姿に貴族のみならず、ルミナリオもルミナリアス殿下も、そして母であるリューテシアも息を呑んだ。
 もちろん、俺だってそうだ。

 優雅なんてものではない。
 圧倒的なカリスマ性というか、全ての人の視線を奪う天性の魅力を持っていた。

「……これがウィルフリッドの娘か」

 俺も同じ気持ちだよ、ルミナリオ。
 自分の子をこんなにも恐ろしく思う日が来るなんてな。

「ここでは人が多すぎる。リューテシア夫人も、リムラシーヌ嬢も少し時間をいただこう」

 これは拒否できない流れだ。
 俺たち家族は別室へと向かい、人払いを済ませて着席した。

「なんでお前がここにいるんだよ。こんな場所で行われるホームパーティーにお忍びで王族が来るなんてありえないだろ」

 俺の豹変ぶりに焦るのはリムラシーヌだけで、ルミナリアス殿下は静観の姿勢を崩さなかった。
 この子は俺たちの関係を一番近くで見ている。リューテシアは言わずもがなだ。

「だって、お主が余と会ってくれないから! 王宮勤めを辞めて伯爵領に戻る、婚約式を直前にキャンセルする、こちらからの手紙の返事を返さない。余のこと嫌いか!?」

 面倒くさっ!
 ガキかよ。

 まるで学園時代のルミナリオを見ているようだった。

 隣ではルミナリアス殿下が呆れてため息をついている。

 そうだよな。俺も父親のそんな姿見たくないもん。
 一国の王様の泣き言なんてもっての外だ。

「婚約式に関しては心から申し訳ないと思っている。最初から非公式にしてくれていたのはルミナリオの機転のおかげだ。そんなお前を嫌いになるわけないだろ」

「ほんとか!?」

 やだわ、この国王。
 キラキラの瞳を向けるルミナリオから視線をずらすと、ルミナリアス殿下は苦笑いを浮かべていた。

「ルミナリアス殿下。改めて申し訳ありません。愚女《ぐじょ》のわがままに付き合わせて、殿下を辱めるような真似をしてしまいました」

「よいのです、ブルブラック卿。僕としても会ったことのない人との婚約は好ましく思いません」

 ちょっとトゲがあるな。これはもう一つか、二つ贈り物をするか。

 ちらりとリムラシーヌを見ると、彼女は姿勢を正して一点を見つめていた。

 リムモードだ。
 こうなると本物の伯爵令嬢だからな。
 誰の手も届かない高嶺の花になってしまう。それこそ声をかけることも臆してしまうほどだ。

「で、話ってなんだよ?」

「それは僕から説明します。少しだけ、リムラシーヌ嬢と二人きりで話をさせていただきたい」

「そ、それだけ?」

「それだけのために父を連れ出しました。僕は自分の婚約者候補は自分の目で見たい」

 子供のくせに真っ直ぐな目だ。

 娘のためには拒否したいが、どうするウィルフリッド。

「……お父様。私もお話ししてみたいです」

「いいのか?」

 小声で聞くと、きゅっと手を結んだリムラシーヌはぎこちなく笑った。

「強いな。行ってこい。無理なら逃げてこいよ」

「そのような失礼なことはしません」

「その意気だ。もう少し肩の力を抜いた方がいい。リムモードは疲れるだろ?」

 はて? と眉根を寄せるリムラシーヌはルミナリアス殿下のエスコートを受けてバルコニーへと向かった。

「お前も子供に振り回されているな」

「お互い様だ。まさか、あんなに頑固な王太子に育つとは思ってなかった。政略結婚の方が楽なのに」

「その発言、絶対に妃殿下の前でするなよ」

 リューテシアの笑顔が冷えた気がして、すぐに釘を刺しておいた。

「息子たちはどうだ?」

「二人とも王立学園の剣術クラスで切磋琢磨してるよ。長期休暇でも我が家には寄り付かなくなってしまった。ちくしょう」

「親バカだな」

「俺のことを言えるか。息子のために王都から飛んできたんだろ? 明日の公務に差し支えないのか?」

「まぁ、大丈夫であろう。それで、ルミナリアスとリムラシーヌ嬢の婚約の件はどうする?」

「本人たちに任せる。俺は恋愛結婚派だからな」

「余は政略結婚派だ。それにウィルフリッドの血が欲しい。これは前国王陛下の意向でもある」

「はいはい」

 俺の娘を遺伝子の運び屋にするなよ。
 あー、ブチキレそう。

 結局、バルコニーにいる子供たちの会話は聞こえず、しばらくすると二人が戻ってきた。

 俺とルミナリオはどちらかが合図するまでもなく立ち上がり、何事もなかったかのように部屋を後にした。

 馬車に乗り込んだ際、リムラシーヌは行きと異なり俺の隣に腰掛けた。

 そして馬車が動き出すや否やリムラシーヌは脱力し、座席に全体重を預けた。

「お疲れ様。ゆっくりお休み……ってもう寝たか」

「ずっと気を張っていましたからね」

 慈しむような笑み。母性の塊のようなリューテシアだったが、一変して唇をすぼめた。

「今日、わたしのことをほとんど見てくれませんでした。今だって肩に寄り添うリムラシーヌにデレデレしてます」

「そんなことないって。リュシーが一番綺麗で可愛いんだから」

 自分の娘に嫉妬するなんて可愛いを通り越して愛らしい。

「今日の夜はわたしだけのウィル様ですよ」

 そうだね。
 久々……というわけでもないけれど、今夜は奥様との甘い夜を過ごそう。
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