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第3章
第3話 娘に吐露してしまった
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衝撃の事実を知ってから数日後、俺たちはブルブラック伯爵領へと戻ってきた。
もう十年ほど経つが、マリキス・ハイドが起こした黒薔薇事件以降、魔術の使用を自主的に禁じた俺は王族からの監視期間を終わらせた。
そして父から伯爵の爵位を譲り受け、領主としての仕事も引き継いだ。
「あれから口数が少なくなってしまわれましたが、リムラシーヌとのお話はどうだったのですか?」
「やっぱり会ったことのない人との婚約は嫌だったらしい。できることなら、あの子の気持ちを尊重してあげたい」
「そうですか。ウィル様、わたしに何か隠し事がありますね?」
ギクッ!!
正直なところ、リムラシーヌの中に転生者がいるという事実をリューテシアに話すべきかずっと悩んでいる。
「今日はあの日です。まだ時間はたっぷりありますからね」
「……はい」
俺たちの晩酌は今でも続いている。
あの雑貨店で買った絵柄違いのグラスに酒を注ぎ、小さく乾杯すれば小気味良い音を立てた。
「嘘をつくつもりはないんだ。少し考えさせて欲しい。頭の中と気持ちの整理がつけば必ず話すから」
「そう言われてしまってはわたしはもう何も言えませんね。そういえば、王立学園から入学許可証が届いていますよ」
「気が早いな。まだ先なのに」
俺とリューテシアの間には三人の子供がいる。
上の子たちは数年後には王立学園へ入学してそれぞれの道へ進むだろう。
◇◆◇◆◇◆
酒も入り、すぐに眠ってしまったリューテシアをベッドに寝かせた俺は寝室の扉を少し開けて廊下に向かって声をかけた。
「夜ふかしはやめろ。話があるなら昼間にしなさい」
「だって、昼はリムが起きてるから」
「そんなに聞かれたくない話なのか?」
「パパの方が聞かれたくないのかなーって。私、パパの淹れてくれるホットミルクが飲みたいなぁ」
「……ハァ。部屋で待ってなさい」
ご所望通りにホットミルクを持った俺はリムラシーヌの部屋へと向かい、ベッドに腰掛ける彼女にマグカップを渡した。
「ありがとう、パパ」
なんというか、手篭めにされているような気がしてならない。
つい数日前までは子供が父親に甘えているだけだと思っていたが、なんか違う。
「この話はリムには聞こえていないのだろうな?」
「ぐっすり眠っているから大丈夫」
小さな親指を立てる我が子が可愛い。
いや、さっさと話を終わらせて寝かせないと。夜ふかしは今後の成長に良くない。
「実は俺も転生者だ」
「そっか。それなら私のことを信じてくれたのも納得だなぁ」
シーヌはマグカップを置いて、ほっと一息ついた。
「ママが『アオバラ』のヒロインだったから驚いたんだけど、パパは知らない人だったからもっと驚いたんだよ。どうやったの?」
「どうって。リューテシアに婚約破棄されないように不祥事を起こさなかっただけだよ。そしたらこういう未来になった」
「つまり、ゲームのプロローグで婚約破棄される元婚約者がパパってことね! すごい! 純愛だ!」
興奮するシーヌを宥めてからこれまでに俺以外に二人の転生者が来ていることを話すと、更に興奮させる結果になってしまった。
「誰!?」
「一人はもういない。一人はシーヌもよく知っている人。アーミィだ」
「えぇ!? アーミィちゃんが!?」
アーミィとの交流は今でも続いている。というか、近くで見ていないと何をしでかすか分からないから離れたくても離れられないだけだ。
「アーミィはⅠもⅡもプレイしたらしいが、俺はゲームをやったことがないから何も知らないし、知ろうとも思わない」
「私も全部プレイした。このⅢは一番普通な評価だったよ。Ⅱほどではないけど、ネットでも叩かれてたし。やっぱりなんでもⅠが一番良いよね」
うーん。共感してやれないのが残念でならない。
「パパが私たちに頑なに魔術を教えなかったのは、私が奇跡の魔術を使えるようになるって知ってたからじゃないの?」
「そんなの知らない。俺はもう奇跡の魔術師と関わらないって決めたんだ。もちろん、子供たちにも関わらせるつもりはない」
「そっか。じゃあ、やっぱりパパがルミナリオルートの一枚絵に描かれていた男の人なんだ。で、その人の子供が私ってことか。全部、納得だなぁ」
俺を置きざりにてうんうん、と頷くシーヌ。
俺としてはどう足掻いてもゲームの強制力に抗えないのがもどかしくもあり、腹立たしい。
「娘を破滅させるわけにはいかない。この先、どうすればいいのか教えてくれ」
自分からゲームの内容を知ろうとしたのは初めてだ。
しかし、そうすることが一番適切だと確信したから問いかけた。
「ルミナリアスに近づかないことが一番じゃないかな。リムラシーヌは学園に入学してヒロインとルミナリアスを巡って争いに負けるんだ」
「じゃあ、この先もルミナリアス殿下との婚約はなしだ。俺の力で何とかしてやる。入学する学園も変更するか、なんなら行かなくてもいい」
「リムも言ってたけど、パパって過保護だよね」
え、そうなの!?
そんな自覚ないんだけど!?
「別にそこまでする必要はないと思うよ。リムも学園生活は楽しみにしているし、ヒロインとルミナリアスにだけ注意すればいいよ」
「それならいいけど……」
それから十分程度で『アオバラⅢ』のシナリオを聞いた俺は、ひとつだけ約束事を取り付けた。
「この事は黙っててくれないか?」
多分、我が子に向けるべきではない表情をしていると思う。
その証拠にシーヌの目はあからさまに不安の色が濃くなった。
「必要だと感じれば、俺から説明する。シーヌは自分のこともゲームのことも他言するな。これが守れないなら何も協力しない。たとえ、娘のお願いだったとしてもだ」
「ぅん。分かったよ、パパ。だから、そんな怖い顔をしないで。まだ感情のコントロールに慣れないからすぐに涙が……出ちゃうの」
ヤバ!?
と瞬間的に思った時には遅かった。
シーヌは両手で涙を拭いながら、喉をしゃくらせ、鼻水を啜っている。
泣かせちゃった!? 俺、泣かせちゃった!?
どうすればいいのか分からず、隣で取り乱していると、シーヌはすんっと落ち着き払って「子供の体って難しいなぁ」と愚痴っぽくつぶやいていた。
そうか、感情のコントロールがつかない。つまりそういうことか!
俺はふと幼い頃に自分が何者なのか分からなくなって、母に自分が転生者だと言い出せなかったことと、何度か感情が爆発した時のことを思い出した。
「シーヌ、事情を話してくれてありがとう。嬉しかったよ」
「私としては信じてくれてありがとうって感じ。でも、怖い顔は禁止ね」
「ごめんって。もうしない」
俺は深呼吸をひとつして、静かに語った。
「俺は言えなかったから。俺が転生していることを打ち明けられたのはリュシーだけだ。両親には言えていない」
「おじいちゃんはともかく、おばあちゃんは亡くなってるから言えないもんね」
「俺は母の葬儀の時に泣いていいのか分からなくて、心の中がぐちゃぐちゃになった。俺は本当の息子じゃない。本物のウィルフリッド・ブルブラックはもう居ないって思ったら苦しくて」
シーヌはとても六歳には見えない大人びた表情で俺をじっと見つめていた。
やめろ。
こんなことを子供に聞かせるな。
これは俺の胸の奥にしまっておけばいいだろ。
「それで泣かなかったの?」
「いや、リュシーが一緒に泣いてくれた。泣いていいって言ってくれたんだ」
「ママは昔からママだったんだね。……私はパパの娘じゃない?」
「そんなわけないだろ! リムもシーヌも俺の大切な娘だ。体は一つでも二人とも一緒に成長して欲しいと思っている」
「だったら、おばあちゃんもパパと同じ気持ちだったんじゃないかなーって私は思うけど?」
なにやってんだよ、俺。
自分の娘に慰められるなんて情けない。
「パパっていつもは完璧主義って感じだけど、意外と弱みを見せてくれるんだね。安心して。今の話、リムには内緒にしておくから。あ、でも、たまには人間らしい姿をリムにも見せてあげてね」
「あ、あぁ。え、俺そんなに人っぽくない? てか、ちょっと大人すぎない?」
「そうかな。じゃあ、パパ、子守歌を歌って」
ベッドに潜り込んで布団をポンポンと叩くシーヌの隣へ移動する。
歌は苦手だから昔読んだ絵本を読み聞かせしているとシーヌはすぐに眠ってしまった。
不覚にも俺も一緒に。
そして、翌朝――
「な、な、なぁぁあぁぁぁ!? なんで、お父様が私のベッドに!?」
「んぁ。シーヌ? じゃない、リムか?」
「……目が腫れてる。泣いた? 泣かされた……?」
みるみるうちにリムの頬はピンクから真っ赤に染まり、瞳は涙で潤む。
「お、お父様のバカァァァァ!!」
この後、リューテシアにめちゃくちゃ叱られた。
もう十年ほど経つが、マリキス・ハイドが起こした黒薔薇事件以降、魔術の使用を自主的に禁じた俺は王族からの監視期間を終わらせた。
そして父から伯爵の爵位を譲り受け、領主としての仕事も引き継いだ。
「あれから口数が少なくなってしまわれましたが、リムラシーヌとのお話はどうだったのですか?」
「やっぱり会ったことのない人との婚約は嫌だったらしい。できることなら、あの子の気持ちを尊重してあげたい」
「そうですか。ウィル様、わたしに何か隠し事がありますね?」
ギクッ!!
正直なところ、リムラシーヌの中に転生者がいるという事実をリューテシアに話すべきかずっと悩んでいる。
「今日はあの日です。まだ時間はたっぷりありますからね」
「……はい」
俺たちの晩酌は今でも続いている。
あの雑貨店で買った絵柄違いのグラスに酒を注ぎ、小さく乾杯すれば小気味良い音を立てた。
「嘘をつくつもりはないんだ。少し考えさせて欲しい。頭の中と気持ちの整理がつけば必ず話すから」
「そう言われてしまってはわたしはもう何も言えませんね。そういえば、王立学園から入学許可証が届いていますよ」
「気が早いな。まだ先なのに」
俺とリューテシアの間には三人の子供がいる。
上の子たちは数年後には王立学園へ入学してそれぞれの道へ進むだろう。
◇◆◇◆◇◆
酒も入り、すぐに眠ってしまったリューテシアをベッドに寝かせた俺は寝室の扉を少し開けて廊下に向かって声をかけた。
「夜ふかしはやめろ。話があるなら昼間にしなさい」
「だって、昼はリムが起きてるから」
「そんなに聞かれたくない話なのか?」
「パパの方が聞かれたくないのかなーって。私、パパの淹れてくれるホットミルクが飲みたいなぁ」
「……ハァ。部屋で待ってなさい」
ご所望通りにホットミルクを持った俺はリムラシーヌの部屋へと向かい、ベッドに腰掛ける彼女にマグカップを渡した。
「ありがとう、パパ」
なんというか、手篭めにされているような気がしてならない。
つい数日前までは子供が父親に甘えているだけだと思っていたが、なんか違う。
「この話はリムには聞こえていないのだろうな?」
「ぐっすり眠っているから大丈夫」
小さな親指を立てる我が子が可愛い。
いや、さっさと話を終わらせて寝かせないと。夜ふかしは今後の成長に良くない。
「実は俺も転生者だ」
「そっか。それなら私のことを信じてくれたのも納得だなぁ」
シーヌはマグカップを置いて、ほっと一息ついた。
「ママが『アオバラ』のヒロインだったから驚いたんだけど、パパは知らない人だったからもっと驚いたんだよ。どうやったの?」
「どうって。リューテシアに婚約破棄されないように不祥事を起こさなかっただけだよ。そしたらこういう未来になった」
「つまり、ゲームのプロローグで婚約破棄される元婚約者がパパってことね! すごい! 純愛だ!」
興奮するシーヌを宥めてからこれまでに俺以外に二人の転生者が来ていることを話すと、更に興奮させる結果になってしまった。
「誰!?」
「一人はもういない。一人はシーヌもよく知っている人。アーミィだ」
「えぇ!? アーミィちゃんが!?」
アーミィとの交流は今でも続いている。というか、近くで見ていないと何をしでかすか分からないから離れたくても離れられないだけだ。
「アーミィはⅠもⅡもプレイしたらしいが、俺はゲームをやったことがないから何も知らないし、知ろうとも思わない」
「私も全部プレイした。このⅢは一番普通な評価だったよ。Ⅱほどではないけど、ネットでも叩かれてたし。やっぱりなんでもⅠが一番良いよね」
うーん。共感してやれないのが残念でならない。
「パパが私たちに頑なに魔術を教えなかったのは、私が奇跡の魔術を使えるようになるって知ってたからじゃないの?」
「そんなの知らない。俺はもう奇跡の魔術師と関わらないって決めたんだ。もちろん、子供たちにも関わらせるつもりはない」
「そっか。じゃあ、やっぱりパパがルミナリオルートの一枚絵に描かれていた男の人なんだ。で、その人の子供が私ってことか。全部、納得だなぁ」
俺を置きざりにてうんうん、と頷くシーヌ。
俺としてはどう足掻いてもゲームの強制力に抗えないのがもどかしくもあり、腹立たしい。
「娘を破滅させるわけにはいかない。この先、どうすればいいのか教えてくれ」
自分からゲームの内容を知ろうとしたのは初めてだ。
しかし、そうすることが一番適切だと確信したから問いかけた。
「ルミナリアスに近づかないことが一番じゃないかな。リムラシーヌは学園に入学してヒロインとルミナリアスを巡って争いに負けるんだ」
「じゃあ、この先もルミナリアス殿下との婚約はなしだ。俺の力で何とかしてやる。入学する学園も変更するか、なんなら行かなくてもいい」
「リムも言ってたけど、パパって過保護だよね」
え、そうなの!?
そんな自覚ないんだけど!?
「別にそこまでする必要はないと思うよ。リムも学園生活は楽しみにしているし、ヒロインとルミナリアスにだけ注意すればいいよ」
「それならいいけど……」
それから十分程度で『アオバラⅢ』のシナリオを聞いた俺は、ひとつだけ約束事を取り付けた。
「この事は黙っててくれないか?」
多分、我が子に向けるべきではない表情をしていると思う。
その証拠にシーヌの目はあからさまに不安の色が濃くなった。
「必要だと感じれば、俺から説明する。シーヌは自分のこともゲームのことも他言するな。これが守れないなら何も協力しない。たとえ、娘のお願いだったとしてもだ」
「ぅん。分かったよ、パパ。だから、そんな怖い顔をしないで。まだ感情のコントロールに慣れないからすぐに涙が……出ちゃうの」
ヤバ!?
と瞬間的に思った時には遅かった。
シーヌは両手で涙を拭いながら、喉をしゃくらせ、鼻水を啜っている。
泣かせちゃった!? 俺、泣かせちゃった!?
どうすればいいのか分からず、隣で取り乱していると、シーヌはすんっと落ち着き払って「子供の体って難しいなぁ」と愚痴っぽくつぶやいていた。
そうか、感情のコントロールがつかない。つまりそういうことか!
俺はふと幼い頃に自分が何者なのか分からなくなって、母に自分が転生者だと言い出せなかったことと、何度か感情が爆発した時のことを思い出した。
「シーヌ、事情を話してくれてありがとう。嬉しかったよ」
「私としては信じてくれてありがとうって感じ。でも、怖い顔は禁止ね」
「ごめんって。もうしない」
俺は深呼吸をひとつして、静かに語った。
「俺は言えなかったから。俺が転生していることを打ち明けられたのはリュシーだけだ。両親には言えていない」
「おじいちゃんはともかく、おばあちゃんは亡くなってるから言えないもんね」
「俺は母の葬儀の時に泣いていいのか分からなくて、心の中がぐちゃぐちゃになった。俺は本当の息子じゃない。本物のウィルフリッド・ブルブラックはもう居ないって思ったら苦しくて」
シーヌはとても六歳には見えない大人びた表情で俺をじっと見つめていた。
やめろ。
こんなことを子供に聞かせるな。
これは俺の胸の奥にしまっておけばいいだろ。
「それで泣かなかったの?」
「いや、リュシーが一緒に泣いてくれた。泣いていいって言ってくれたんだ」
「ママは昔からママだったんだね。……私はパパの娘じゃない?」
「そんなわけないだろ! リムもシーヌも俺の大切な娘だ。体は一つでも二人とも一緒に成長して欲しいと思っている」
「だったら、おばあちゃんもパパと同じ気持ちだったんじゃないかなーって私は思うけど?」
なにやってんだよ、俺。
自分の娘に慰められるなんて情けない。
「パパっていつもは完璧主義って感じだけど、意外と弱みを見せてくれるんだね。安心して。今の話、リムには内緒にしておくから。あ、でも、たまには人間らしい姿をリムにも見せてあげてね」
「あ、あぁ。え、俺そんなに人っぽくない? てか、ちょっと大人すぎない?」
「そうかな。じゃあ、パパ、子守歌を歌って」
ベッドに潜り込んで布団をポンポンと叩くシーヌの隣へ移動する。
歌は苦手だから昔読んだ絵本を読み聞かせしているとシーヌはすぐに眠ってしまった。
不覚にも俺も一緒に。
そして、翌朝――
「な、な、なぁぁあぁぁぁ!? なんで、お父様が私のベッドに!?」
「んぁ。シーヌ? じゃない、リムか?」
「……目が腫れてる。泣いた? 泣かされた……?」
みるみるうちにリムの頬はピンクから真っ赤に染まり、瞳は涙で潤む。
「お、お父様のバカァァァァ!!」
この後、リューテシアにめちゃくちゃ叱られた。
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