たとえ破滅するとしても婚約者殿とだけは離れたくない。だから、遅れてきた悪役令嬢、あんたは黙っててくれないか?

桜枕

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第3章

第1話 娘に拒否された

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「リュシー! 子育て間違ったかな!?」

 廊下を駆け抜けて、部屋に駆け込んだ俺をぱちくりと見つめるリューテシア。
 その目は「また旦那様がおかしなことを言い始めたわ。可愛い」と言っているようだった。

 そういうことにしておこう。
 そうしなければ、俺のメンタルは保てそうにない。

「どうなさったのですか?」

 新調したドレス姿で身支度を整えたリューテシアが諭すように問いかける。
 俺も似合わないタキシードを着て、いつでも出発できる状態なのだが……。

 たった今、これまでの予定を全部壊しかねない出来事が起こった。

「リムラシーヌが行きたくないって! ルミナリアス王太子殿下と婚約したくないって!!」

「……まぁ」

 たった一言で済ませたリューテシアは静かに部屋を出ていき、愛娘のもとに向かってくれた。

 ノックして入室の許可を得たリューテシアがこちらを向いてしーっとジェスチャーして部屋の中に消えていく。

 俺は部屋に入れてくれなかったのに母親は特別らしい。

 これは精神的に堪える。

 俺はタキシードが汚れることも気にせずに壁に背中を預けて、廊下に座り込んだ。

「……やっちまったか」

 今日は俺たちの娘とルミナリオ国王陛下の息子の婚約が成立するはずの日だ。

 そのためにわざわざブルブラック伯爵領から王都に移動し、こちらの屋敷で二泊している。

 子供たちの婚約は生まれた直後から決められたことであり、娘のリムラシーヌの意志は関係ない。
 それどころか、俺やリューテシアの意見も無視したものだった。

 ルミナリオというよりも王家はどうしても俺の血が欲しいらしい。

 当時、学生だった俺が幼い王女様との結婚を拒否した結果、娘に皺寄せが来た。

 ルミナリオも必死に抗議してくれたが、一国を統治する立場となった今、自分の意思を押し通せないようになってしまったようだ。

 奇跡的にもルミナリオの息子はうちの娘のリムラシーヌと同い年。
 天命だと言われ、渋々了承したというのが今日までの経緯だ。

 そして今、娘にガチ拒否された。

「前もって話はしてたけど、まだ理解していなかったか」

 頭をかきながらそんなことを呟く。

 俺は六歳の頃、リューテシアと婚約した時の感情を知らない。だけど、九歳の時の衝撃ははっきりと覚えている。

「前世では年長さんだぞ。六歳で結婚相手が決まるなんて異常だよな」

 しばらくして扉が開き、リューテシアだけが出てきた。

 どうだった? と聞くまでもなく、リューテシアの顔は暗い。
 俺の気持ちを察してくれたように苦笑いで首を横に振られれば、俺が次に取る行動は決まっていた。

 俺は王都にある屋敷から王宮へ一人で向かい、謁見の間で額が焦げるほど土下座した。

 古くからの友人であるルミナリオは俺に同情し、幼い王太子に説明してくれた。
 ただ、前国王陛下は渋い顔を崩さなかった。

 あー、これは徹夜で接待確定だな。

 その日の夜はあらかじめ用意されていた豪華な料理を食べながら、耳にたこができるくらい嫌味を聞かされる羽目になった。

 全ては自分が招いた結果だ。甘んじて受け入れよう。
 でも、ちょっと手加減して欲しいかも。

 これが大々的に貴族たちを招いての式だったならば、大ブーイングだっただろう。
 ひっそりやろう、と提案してくれたルミナリオには感謝しかない。その友人の顔に泥を塗ったわけだから首が飛んでもおかしくない出来事だ。

 王都の屋敷に戻ったのは翌日の昼頃で眠気は限界だった。
 ボロボロの俺は寝室のベッドに倒れ込み、泥のように眠った。

 夜に目覚め、リューテシアに頭を撫でられていることに気づいた俺は飛び起きた。

「昨日はお疲れ様でした。一人で行かせてしまって申し訳ありません」

「いや、いいんだ。俺の頭でどうにかなるから安いものさ」

 くすっと笑ったリューテシアは俺を抱き寄せて、背中を撫でてくれた。
 いつもの優しくて甘いアロマの香りに包まれてまたしても眠くなってきた。

「明日、リムラシーヌが話したいと言っていましたよ」

「本当に!? 俺に!? リュシーじゃなくて!?」

「はい。お父様と二人で話がしたいと」

 耳を疑った。
 最近は反抗期気味の娘が俺と二人で話したいだって?

 反抗的な態度を取られる理由は俺にあるはずだから何も文句は言えないけど。

「……息子たちと同じような教育を施したのは間違いだったかな」

「どうでしょう。子育ては三人目ですが、初めての女の子ですからね。手探りになるのは当然ではないでしょうか」

「でも、厳し過ぎたかも」

 娘のリムラシーヌは何故か剣術の才能が息子たちよりも優れていた。
 反対に薬や花木に関しては興味にムラがある。
 魔力の知覚に関しては意図的に教えなかった。

 いわゆる貴族的な英才教育を施した。

 最初はリムラシーヌも乗り気だったから俺も熱が入ってしまって、周りが見えていなかったかもしれない。

「リュシーは俺との婚約の話を聞いた時ってどんな感じだったの?」

「正直にお答えしてよろしいのですか?」

 リューテシアがそう聞くということは、とんでもない爆弾発言をするぞ、という前振りだ。

 ごくりと唾を飲み込んでから頷く。

「嫌でしたよ。こちらの顔も見ずにつっけんどんな態度を取る貴族の息子なんて」

 まさにクリティカル。
 今すぐにでも破滅しそう。

「ですが、九歳の時は好意的でしたよ。こんなにも素敵な方と婚約していたのだと認識を改め、愛せるように、そして愛していただけるようにと心から思いました」

「……リュシー」

「きっと、リムラシーヌも同じになると思います」

 それは女の勘というやつだろうか。
 実際に会ったことがないわけだから、会ってみれば気持ちも変わるかもしれないけど。

「俺は当時、嫌だった大人になってしまった」

「お義父とう様のお気持ちは同じ立場にならなければ分かりませんわ。そうでしょ、ブルブラック伯爵?」

「そうだね。その通りだ。明日、ちゃんとあの子と向き合ってみるよ」

「はい。頑張ってください、お父様」

 肩を叩いて励ましてくれるリューテシアと軽くキスをしてもう一眠りすることにした。
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