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第2章
第24話 家族が増えた
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「ありがとうございました。また命を助けられてしまって。黒薔薇に不用意に近づいた自分の浅ましさが嫌になります」
ものすごい角度で頭を下げるリューテシアの姿に驚き、つい抱き締めてしまった。
「俺だって目の前に黒薔薇を出されたら買っていたよ。母もそうだ。知的好奇心には勝てないものさ」
「ウィル様が魔術を使えなければ、わたしもいずれは……ということですよね」
「そうかもね。言ったろ、何度だって助けるって」
リューテシアは薄く微笑み、静かにうなづいた。
「ブルブラック夫人はやはり黒薔薇の呪いによって命を落とされたのでしょうか」
気まずそうな問いかけに首を振る。
これは父やトーマ、リファにも話した内容だが、お母様は時間をかけて黒薔薇の花粉に蝕まれた可能性は否定できない。
しかし、そうとも言い切れない。
「うちの父は黒薔薇を持ち帰ったが何ともなかったそうだ。母親だけというのは納得いかない。もしかすると、未知の病気だったのかもしれないな。まぁ、父の体が丈夫で呪いの完成に時間がかかっている可能性もあるが」
「……そうですか」
この問題は答えを出さない方が良いだろう、というのが俺の見解だ。
父が再起できたのは明確な答えがなかったから。そして、今は亡きお母様がすでに許していたからだと思う。
きっとお母様が生きていたとしても、父のことを責めることはなかったと断言できる。
生前、お母様がこの話を夫を含め、子供たちにもしていないということは勘ぐって欲しくないからだと思う。
俺やリファはこの問題に首を突っ込みすぎたのだ。
小難しい話は置いておいて、リューテシアは一時的とはいえ、本物の黒薔薇を所持して正真正銘の黒バラ姫となった。
こんな風に笑い話にできるのは俺が奇跡の魔術を使えるからで、あの魔術書が実家にあったおかげだ。
あれは父が保管していたものなのか、はたまた母が隠していたものなのか。
今更、確かめるつもりもない。
「一つだけ納得いかないと言えば。ウィル様が大陸を救ったのに、ルミナリオ殿下の手柄になっていることです」
「ちょっ! 言い方ってものがあるでしょ!? いくら寝室だからって不用心すぎるって」
「だって。ウィル様が奇跡の魔術師なのに」
「いいんだよ。明るみになると今以上に生きづらくなる。これから生まれてくる子供たちに不自由はさせたくない」
「やっぱりウィル様は家族想いの良いお父様になりますね」
照れ隠しする俺は意を決してリューテシアの目を見てはっきりと告げた。
「リュシーとの子供が欲しい」
「よ、よろしいのですか!?」
「こんな堂々とする話ではないのかもしれないけど、大切なことだろ?」
「はい。……わたしが母になれるのですね」
「体には負担をかけることになるけど、お願いできるかな?」
「もちろんです。昔、わたしの部屋でのお話を覚えていますか?」
「もちろん。数年後には子沢山ですわ、だろ」
二人して顔を見合わせて、ほくそ笑む。
こんな幸せな時間を共有できる家族が増えるなんて素敵なことだ。
この時の俺はそう思っていた。
◇◆◇◆◇◆
別室に押し込められた俺は立っては座ってを繰り返し、部屋の中をうろうろしている。
座っていれば、貧乏ゆすりが止まらない。
一度立ち上がれば、足が勝手に動き、壁から壁までの往復を何度も繰り返してしまう。
「兄さん」
「これが落ち着いていられるか!」
「まだ何も言っていません」
「お兄様、子供たちがびっくりしてしまいます。声を控えてください」
目を閉じて座っているトーマ、息子二人の面倒を見てくれているリファ、そして子供たちに怒鳴ってしまったことを謝罪して、再び着席した俺は震える手でティーカップを持った。
冷め切った紅茶の味なんて分からない。
「ウィルフリッドよ。もう三度目だろう。こういう時、男は何もできないのだ。黙って待つのみ」
「そうだよ、ウィルフリッドくん。信じて待っていればいいんだよ」
涼しい声で俺を諭してくれているブルブラック伯爵とリューテシアの父であるファンドミーユ子爵。
しかし、彼らも目が泳いでいたり、全身が小刻みに震えていたりと落ち着きがない。
見ているこっちが冷静になってしまうほどだ。
とはいえ、俺だって我慢の限界だ。
うぉをぉぉぉぉぉぉぉ!
リューテシアと代わってやりたい!!
実家で療養していたリューテシアが産気づいたと聞きつけて来てみれば、男子は全員別室に押し込められた。
男共だけでは……と心配して来てくれたリファがいなければ、息子たちを更に不安にさせていただろう。
ひと目でもリューテシアを見られれば安心できるのにぃぃぃぃ!
やがて、慌ただしかった廊下が静かになり、俺たちの部屋にも不気味な静かさが訪れた。
コンコン。
「ウィルフリッド様。こちらへ」
ノックに続き、冷淡な声に呼ばれた俺はファンドミーユ子爵家の侍女の後に続き、一室に入った。
「ウィル様」
「リュシー!」
ベッドに寝かされ、汗をぐっしょりかいているリューテシアに駆け寄る。
「よく頑張ってくれた。ありがとう! ゆっくり休んでくれ」
「是非、抱いてあげてください」
振り向くと、生まれたばかりの赤ちゃんを抱いている女性がいた。
「どうぞ、先生。元気な女の子ですよっ」
まさかのアーミィだった。
産婆の中に混じって気づかなかったが、間違いなく彼女だ。
ごくりと唾を飲み込んで、震える手を伸ばす。
息子たちよりもずっと軽い赤ん坊を落としてしまわないように抱き寄せ、元気に泣き叫んでいる我が子を見つめていると涙が溢れてきた。
「リュシー、きみの目にそっくりな女の子だ。ありがとう」
「鼻はウィル様似でしょうか」
生まれたばかりの子をアーミィに預けると、彼女は水の魔術で生成したお湯で産湯の準備を整えてくれていた。
「祈りも捧げておきますね」
「ありがとう」
リューテシアと赤ん坊を任せて退室すると、幼い息子たちが待ち構えていた。
母子共に健康だと伝え、その日の夜はリューテシアを休ませることだけを優先した。
後日、リューテシアの体調が戻ってから盛大な祝いの場が設けられた。
「一度、部屋に戻ろう。あまり無茶をして欲しくない」
「はい。この子にもお昼寝してもらいますね」
俺は各所から冷やかされながらもリューテシアを自室へと引っ込めた。
妻の体調を優先して何が悪いってんだ。
「先生、この度はおめでとうございます」
挨拶に来てくれたアーミィに頭を下げる。
「こちらこそ、ありがとう。まさか、きみが俺の子を取り上げてくれるとは思ってもみなかった」
「お礼の方法としてはこれが一番かなーって。いっぱい勉強したんですよ」
あれからアーミィが心を入れ替えて、学園での授業を全て受け直したというのは有名な話だ。
最終的に公爵令嬢が助産師とは驚いた。きっと多方面から文句を言われたことだろう。
「私も『アオバラ』のヒロインの出産に立ち会うなんて想像もしていませんでした」
そうだろうな。
彼女にとってはヒロインの命を奪う手伝いをした罪滅ぼしのつもりなのかもしれないが、もうリューテシアとは仲直りというか、よく出かけたりしているから気にしなくていいと思う。
アーミィは自分に厳しく、誠実な子だ。時に破滅的なまでに自分を追い詰める危なっかしい傾向がある。
だからこそ、あの時、下手に罰を与えなくて良かったと改めて思う。
「アーミィがくれた水で沐浴させるとすごく喜ぶんだよ。また大量に頼むよ」
「マーシャル様のお墨付きですからねっ! こんなもので良ければ、いくらだって置いて帰りますよ」
そう言いながら手から水を出すアーミィの顔は自信に満ち溢れていた。
「で、マーシャルとはどう?」
にやりと笑ってみれば、顔を真っ赤にしたアーミィは「秘密ですっ」とそっぽを向いて行ってしまった。
バレバレなんだよなぁ。
ともあれ、俺は今回も破滅を回避できたことになるのだろう。
これからも俺とリューテシア、そして子供たちが破滅しないように守っていくわけだ。
これからも家族五人の幸せな生活が続きますように。
ものすごい角度で頭を下げるリューテシアの姿に驚き、つい抱き締めてしまった。
「俺だって目の前に黒薔薇を出されたら買っていたよ。母もそうだ。知的好奇心には勝てないものさ」
「ウィル様が魔術を使えなければ、わたしもいずれは……ということですよね」
「そうかもね。言ったろ、何度だって助けるって」
リューテシアは薄く微笑み、静かにうなづいた。
「ブルブラック夫人はやはり黒薔薇の呪いによって命を落とされたのでしょうか」
気まずそうな問いかけに首を振る。
これは父やトーマ、リファにも話した内容だが、お母様は時間をかけて黒薔薇の花粉に蝕まれた可能性は否定できない。
しかし、そうとも言い切れない。
「うちの父は黒薔薇を持ち帰ったが何ともなかったそうだ。母親だけというのは納得いかない。もしかすると、未知の病気だったのかもしれないな。まぁ、父の体が丈夫で呪いの完成に時間がかかっている可能性もあるが」
「……そうですか」
この問題は答えを出さない方が良いだろう、というのが俺の見解だ。
父が再起できたのは明確な答えがなかったから。そして、今は亡きお母様がすでに許していたからだと思う。
きっとお母様が生きていたとしても、父のことを責めることはなかったと断言できる。
生前、お母様がこの話を夫を含め、子供たちにもしていないということは勘ぐって欲しくないからだと思う。
俺やリファはこの問題に首を突っ込みすぎたのだ。
小難しい話は置いておいて、リューテシアは一時的とはいえ、本物の黒薔薇を所持して正真正銘の黒バラ姫となった。
こんな風に笑い話にできるのは俺が奇跡の魔術を使えるからで、あの魔術書が実家にあったおかげだ。
あれは父が保管していたものなのか、はたまた母が隠していたものなのか。
今更、確かめるつもりもない。
「一つだけ納得いかないと言えば。ウィル様が大陸を救ったのに、ルミナリオ殿下の手柄になっていることです」
「ちょっ! 言い方ってものがあるでしょ!? いくら寝室だからって不用心すぎるって」
「だって。ウィル様が奇跡の魔術師なのに」
「いいんだよ。明るみになると今以上に生きづらくなる。これから生まれてくる子供たちに不自由はさせたくない」
「やっぱりウィル様は家族想いの良いお父様になりますね」
照れ隠しする俺は意を決してリューテシアの目を見てはっきりと告げた。
「リュシーとの子供が欲しい」
「よ、よろしいのですか!?」
「こんな堂々とする話ではないのかもしれないけど、大切なことだろ?」
「はい。……わたしが母になれるのですね」
「体には負担をかけることになるけど、お願いできるかな?」
「もちろんです。昔、わたしの部屋でのお話を覚えていますか?」
「もちろん。数年後には子沢山ですわ、だろ」
二人して顔を見合わせて、ほくそ笑む。
こんな幸せな時間を共有できる家族が増えるなんて素敵なことだ。
この時の俺はそう思っていた。
◇◆◇◆◇◆
別室に押し込められた俺は立っては座ってを繰り返し、部屋の中をうろうろしている。
座っていれば、貧乏ゆすりが止まらない。
一度立ち上がれば、足が勝手に動き、壁から壁までの往復を何度も繰り返してしまう。
「兄さん」
「これが落ち着いていられるか!」
「まだ何も言っていません」
「お兄様、子供たちがびっくりしてしまいます。声を控えてください」
目を閉じて座っているトーマ、息子二人の面倒を見てくれているリファ、そして子供たちに怒鳴ってしまったことを謝罪して、再び着席した俺は震える手でティーカップを持った。
冷め切った紅茶の味なんて分からない。
「ウィルフリッドよ。もう三度目だろう。こういう時、男は何もできないのだ。黙って待つのみ」
「そうだよ、ウィルフリッドくん。信じて待っていればいいんだよ」
涼しい声で俺を諭してくれているブルブラック伯爵とリューテシアの父であるファンドミーユ子爵。
しかし、彼らも目が泳いでいたり、全身が小刻みに震えていたりと落ち着きがない。
見ているこっちが冷静になってしまうほどだ。
とはいえ、俺だって我慢の限界だ。
うぉをぉぉぉぉぉぉぉ!
リューテシアと代わってやりたい!!
実家で療養していたリューテシアが産気づいたと聞きつけて来てみれば、男子は全員別室に押し込められた。
男共だけでは……と心配して来てくれたリファがいなければ、息子たちを更に不安にさせていただろう。
ひと目でもリューテシアを見られれば安心できるのにぃぃぃぃ!
やがて、慌ただしかった廊下が静かになり、俺たちの部屋にも不気味な静かさが訪れた。
コンコン。
「ウィルフリッド様。こちらへ」
ノックに続き、冷淡な声に呼ばれた俺はファンドミーユ子爵家の侍女の後に続き、一室に入った。
「ウィル様」
「リュシー!」
ベッドに寝かされ、汗をぐっしょりかいているリューテシアに駆け寄る。
「よく頑張ってくれた。ありがとう! ゆっくり休んでくれ」
「是非、抱いてあげてください」
振り向くと、生まれたばかりの赤ちゃんを抱いている女性がいた。
「どうぞ、先生。元気な女の子ですよっ」
まさかのアーミィだった。
産婆の中に混じって気づかなかったが、間違いなく彼女だ。
ごくりと唾を飲み込んで、震える手を伸ばす。
息子たちよりもずっと軽い赤ん坊を落としてしまわないように抱き寄せ、元気に泣き叫んでいる我が子を見つめていると涙が溢れてきた。
「リュシー、きみの目にそっくりな女の子だ。ありがとう」
「鼻はウィル様似でしょうか」
生まれたばかりの子をアーミィに預けると、彼女は水の魔術で生成したお湯で産湯の準備を整えてくれていた。
「祈りも捧げておきますね」
「ありがとう」
リューテシアと赤ん坊を任せて退室すると、幼い息子たちが待ち構えていた。
母子共に健康だと伝え、その日の夜はリューテシアを休ませることだけを優先した。
後日、リューテシアの体調が戻ってから盛大な祝いの場が設けられた。
「一度、部屋に戻ろう。あまり無茶をして欲しくない」
「はい。この子にもお昼寝してもらいますね」
俺は各所から冷やかされながらもリューテシアを自室へと引っ込めた。
妻の体調を優先して何が悪いってんだ。
「先生、この度はおめでとうございます」
挨拶に来てくれたアーミィに頭を下げる。
「こちらこそ、ありがとう。まさか、きみが俺の子を取り上げてくれるとは思ってもみなかった」
「お礼の方法としてはこれが一番かなーって。いっぱい勉強したんですよ」
あれからアーミィが心を入れ替えて、学園での授業を全て受け直したというのは有名な話だ。
最終的に公爵令嬢が助産師とは驚いた。きっと多方面から文句を言われたことだろう。
「私も『アオバラ』のヒロインの出産に立ち会うなんて想像もしていませんでした」
そうだろうな。
彼女にとってはヒロインの命を奪う手伝いをした罪滅ぼしのつもりなのかもしれないが、もうリューテシアとは仲直りというか、よく出かけたりしているから気にしなくていいと思う。
アーミィは自分に厳しく、誠実な子だ。時に破滅的なまでに自分を追い詰める危なっかしい傾向がある。
だからこそ、あの時、下手に罰を与えなくて良かったと改めて思う。
「アーミィがくれた水で沐浴させるとすごく喜ぶんだよ。また大量に頼むよ」
「マーシャル様のお墨付きですからねっ! こんなもので良ければ、いくらだって置いて帰りますよ」
そう言いながら手から水を出すアーミィの顔は自信に満ち溢れていた。
「で、マーシャルとはどう?」
にやりと笑ってみれば、顔を真っ赤にしたアーミィは「秘密ですっ」とそっぽを向いて行ってしまった。
バレバレなんだよなぁ。
ともあれ、俺は今回も破滅を回避できたことになるのだろう。
これからも俺とリューテシア、そして子供たちが破滅しないように守っていくわけだ。
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