たとえ破滅するとしても婚約者殿とだけは離れたくない。だから、遅れてきた悪役令嬢、あんたは黙っててくれないか?

桜枕

文字の大きさ
上 下
64 / 84
第2章

第23話 妻の名前を教えた

しおりを挟む
 晴れ渡った空が広がる草原に並んで座る俺とアーミィ。
 ここはイエストロイ公爵領の端っこで、俺を出迎えるためにわざわざ来てくれたのだ。

「お気遣いありがとうございました」

「いいえ、どういたしまして」

 アーミィはマリキス・ハイドの刑執行シーンを見ていない。

 彼女に転生している人の実年齢は不明だが、まだ見た目は十代の少女だ。そんな子に人が死ぬ光景を見せる理由がない。
 それに、マリキスは彼女の推しらしいから配慮したというわけだ。

 本来であれば、アーミィも何かしらの処罰を受けるべきなのだろうが、彼女がもたらしてくれた情報でマリキスを捕らえられたのも事実だ。

 彼女が無駄口を叩かない限り、これは俺とアーミィだけの秘密にしていられる。

「私、国民を救うためにルミナリオの前に青薔薇が出てきた光景を見て、思い出したんです。あれって前作のルミナリオルートのエンディングなんですよ」

「へぇ」

「最後の一枚絵にはルミナリオがアップで映ってるんですけど、その背後には顔が黒塗りされた男性の姿があって、その人が誰なのか最後まで明かされないんです」

「そうなんだ」

「だから、もしかすると先生は名前が出てこないだけで、『ブルーローズを君へ』に登場していたのかなって」

 今更、そんなことを知ったところで何も変わらない。
 このゲームの知識がない俺だ。ここまで順調なのか分からないが、今回も無事に破滅せずにリューテシアも守れたのだから上々だろ。

「黙っていろ」

「……え?」

 アーミィの声がこわばり、黄色い髪がわずかに揺れた。

「以前、きみと同じようにカーミヤ・クリムゾンに転生してきた女がいた。そいつは俺の忠告を聞かずに黙っていなかったから身を滅ぼした。でも、きみは俺の言葉を信じてくれたから、これからもきみにはこの世界で生きていて欲しい」

「悪役令嬢のカーミヤにも転生した人がいたんですか!?」

「今はもうそいつは居ないから、多分ゲームに登場した通りのカーミヤ・クリムゾンだと思う。時間があれば会ってみるといい。良い奴だよ」

「あ、あはは。先生ってモブのくせに交友関係が広いですよね」

「うるせぇ。必死に生きた結果、そうなっただけだよ」

 緊張が解けて、いつもの軽口を言えるようになったアーミィに少し昔話をすることにした。

「俺が転生していると気づいたのは頭の中にピロン! って音が聞こえた時だ。きみはどうだった?」

「あー! 聞こえました! でも、うるさかったから全無視しちゃって」

 あれを無視できる精神力が羨ましいよ。
 この子のことだから最後まで電子音の説明は聞かなかったんだろうな。

「カーミヤ嬢に転生していた女はその音を聞いていないらしい」

「転生にも色んなパターンがあるんですねっ」

「アーミィは本当の自分の名前を思い出せるのか?」

ほへぇ? と間抜けな顔をしたアーミィはすぐに笑顔を作り直し、「全っ然、全くもって!」とはっきり答えた。

「だったらきみは本当に向こうの世界で死んでいる。俺も自分のことはほとんど思い出せないんだ」

「私、死んじゃったんですか。それは残念ですね」

「ちっとも残念そうには聞こえないけど」

「んー。なんか嫌なことがあったような気がしなくもないですけど、思い出せないから、まぁいっかー、みたいな」

 あっけらかんとするアーミィは過去一番の屈託のない笑顔だ。

「その転生者さんは自分の名前を覚えていたんですか?」

「あぁ。そいつの転生は不完全だった」

「ちなみにお名前を聞いても?」

「ダメだ。二度と口にしたくない」

 ちぇーっと、口をすぼめるアーミィだったが、実際にはそこまで興味はないのだろう。
 雑草をちぎっては投げてを繰り返しているのだから言動が一致していない。

「じゃあ、『アオバラ』と『アオバラII』の全ルートとエンディング、バッドエンドを教えますよ。これまでお世話になったので、お礼がしたいです」

「黙っていろ、と言った」

 またしてもビクッと肩を震わせて、捨てられた犬のように俺を見上げるアーミィ。しかし、自覚がないのかうっすら笑っている。
 その不自然な笑顔はいつまで経っても慣れそうになかった。

 何かトラウマでもあるのか、少しでも強い言葉を使うと彼女は自分の意志とは関係なく怯えてしまうらしい。

「ここはゲームの世界だが、今のきみの人生そのものでもある。まだまだ先は長いぞ」

「先生はいつからここに?」

「九歳からだ。もう十年はいることになるな」

「ふへぇ。こんなことが現実に起こるものなんですねぇ」

 感心するアーミィに手を差し出した俺は一緒にイエストロイ公爵家へと歩き出した。

「お礼なら別の形で頼む」

「例えば?」

「なんでもいいが、そうだな……。俺の妻のためになることが理想だ」

「そういえば、妹さんが言ってましたよ。『お兄様はこの世で一番の婚約者想い』だって」

「最高の褒め言葉だな」

 小走りで俺を抜かしたアーミィは振り向き、またしてもいつもの笑顔で聞いてきた。

「奥さんって誰ですか? 一度会ってみたいですっ!」

「また今度な」

「その今度ってちゃんと来ます? なんか社交辞令っぽい。では、名前だけでも教えてください。私、ゲームコンプリートしてるんで知ってる人かもっ」

 いいけど。絶対に驚くなよ。

 そう心の中で念を押してから素直に答えた。

「リューテシア・ファンドミーユだ」

 その直後のアーミィの顔は死ぬまで忘れないと思う。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

気が付けば悪役令嬢

karon
ファンタジー
交通事故で死んでしまった私、赤ん坊からやり直し、小学校に入学した日に乙女ゲームの悪役令嬢になっていることを自覚する。 あきらかに勘違いのヒロインとヒロインの親友役のモブと二人ヒロインの暴走を抑えようとするが、高校の卒業式の日、とんでもないどんでん返しが。

『悪役』のイメージが違うことで起きた悲しい事故

ラララキヲ
ファンタジー
 ある男爵が手を出していたメイドが密かに娘を産んでいた。それを知った男爵は平民として生きていた娘を探し出して養子とした。  娘の名前はルーニー。  とても可愛い外見をしていた。  彼女は人を惹き付ける特別な外見をしていたが、特別なのはそれだけではなかった。  彼女は前世の記憶を持っていたのだ。  そして彼女はこの世界が前世で遊んだ乙女ゲームが舞台なのだと気付く。  格好良い攻略対象たちに意地悪な悪役令嬢。  しかしその悪役令嬢がどうもおかしい。何もしてこないどころか性格さえも設定と違うようだ。  乙女ゲームのヒロインであるルーニーは腹を立てた。  “悪役令嬢が悪役をちゃんとしないからゲームのストーリーが進まないじゃない!”と。  怒ったルーニーは悪役令嬢を責める。  そして物語は動き出した…………── ※!!※細かい描写などはありませんが女性が酷い目に遭った展開となるので嫌な方はお気をつけ下さい。 ※!!※『子供が絵本のシンデレラ読んでと頼んだらヤバイ方のシンデレラを読まれた』みたいな話です。 ◇テンプレ乙女ゲームの世界。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げる予定です。

悪役貴族に転生したから破滅しないように努力するけど上手くいかない!~努力が足りない?なら足りるまで努力する~

蜂谷
ファンタジー
社畜の俺は気が付いたら知らない男の子になっていた。 情報をまとめるとどうやら子供の頃に見たアニメ、ロイヤルヒーローの序盤で出てきた悪役、レオス・ヴィダールの幼少期に転生してしまったようだ。 アニメ自体は子供の頃だったのでよく覚えていないが、なぜかこいつのことはよく覚えている。 物語の序盤で悪魔を召喚させ、学園をめちゃくちゃにする。 それを主人公たちが倒し、レオスは学園を追放される。 その後領地で幽閉に近い謹慎を受けていたのだが、悪魔教に目を付けられ攫われる。 そしてその体を魔改造されて終盤のボスとして主人公に立ちふさがる。 それもヒロインの聖魔法によって倒され、彼の人生の幕は閉じる。 これが、悪役転生ってことか。 特に描写はなかったけど、こいつも怠惰で堕落した生活を送っていたに違いない。 あの肥満体だ、運動もろくにしていないだろう。 これは努力すれば眠れる才能が開花し、死亡フラグを回避できるのでは? そう考えた俺は執事のカモールに頼み込み訓練を開始する。 偏った考えで領地を無駄に統治してる親を説得し、健全で善人な人生を歩もう。 一つ一つ努力していけば、きっと開かれる未来は輝いているに違いない。 そう思っていたんだけど、俺、弱くない? 希少属性である闇魔法に目覚めたのはよかったけど、攻撃力に乏しい。 剣術もそこそこ程度、全然達人のようにうまくならない。 おまけに俺はなにもしてないのに悪魔が召喚がされている!? 俺の前途多難な転生人生が始まったのだった。 ※カクヨム、なろうでも掲載しています。

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

変な転入生が現れましたので色々ご指摘さしあげたら、悪役令嬢呼ばわりされましたわ

奏音 美都
恋愛
上流階級の貴族子息や令嬢が通うロイヤル学院に、庶民階級からの特待生が転入してきましたの。  スチュワートやロナルド、アリアにジョセフィーンといった名前が並ぶ中……ハルコだなんて、おかしな

原産地が同じでも結果が違ったお話

よもぎ
ファンタジー
とある国の貴族が通うための学園で、女生徒一人と男子生徒十数人がとある罪により捕縛されることとなった。女生徒は何の罪かも分からず牢で悶々と過ごしていたが、そこにさる貴族家の夫人が訪ねてきて……。 視点が途中で切り替わります。基本的に一人称視点で話が進みます。

やはり婚約破棄ですか…あら?ヒロインはどこかしら?

桜梅花 空木
ファンタジー
「アリソン嬢、婚約破棄をしていただけませんか?」 やはり避けられなかった。頑張ったのですがね…。 婚姻発表をする予定だった社交会での婚約破棄。所詮私は悪役令嬢。目の前にいるであろう第2王子にせめて笑顔で挨拶しようと顔を上げる。 あら?王子様に騎士様など攻略メンバーは勢揃い…。けどヒロインが見当たらないわ……?

処理中です...