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第2章
第23話 妻の名前を教えた
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晴れ渡った空が広がる草原に並んで座る俺とアーミィ。
ここはイエストロイ公爵領の端っこで、俺を出迎えるためにわざわざ来てくれたのだ。
「お気遣いありがとうございました」
「いいえ、どういたしまして」
アーミィはマリキス・ハイドの刑執行シーンを見ていない。
彼女に転生している人の実年齢は不明だが、まだ見た目は十代の少女だ。そんな子に人が死ぬ光景を見せる理由がない。
それに、マリキスは彼女の推しらしいから配慮したというわけだ。
本来であれば、アーミィも何かしらの処罰を受けるべきなのだろうが、彼女がもたらしてくれた情報でマリキスを捕らえられたのも事実だ。
彼女が無駄口を叩かない限り、これは俺とアーミィだけの秘密にしていられる。
「私、国民を救うためにルミナリオの前に青薔薇が出てきた光景を見て、思い出したんです。あれって前作のルミナリオルートのエンディングなんですよ」
「へぇ」
「最後の一枚絵にはルミナリオがアップで映ってるんですけど、その背後には顔が黒塗りされた男性の姿があって、その人が誰なのか最後まで明かされないんです」
「そうなんだ」
「だから、もしかすると先生は名前が出てこないだけで、『ブルーローズを君へ』に登場していたのかなって」
今更、そんなことを知ったところで何も変わらない。
このゲームの知識がない俺だ。ここまで順調なのか分からないが、今回も無事に破滅せずにリューテシアも守れたのだから上々だろ。
「黙っていろ」
「……え?」
アーミィの声がこわばり、黄色い髪がわずかに揺れた。
「以前、きみと同じようにカーミヤ・クリムゾンに転生してきた女がいた。そいつは俺の忠告を聞かずに黙っていなかったから身を滅ぼした。でも、きみは俺の言葉を信じてくれたから、これからもきみにはこの世界で生きていて欲しい」
「悪役令嬢のカーミヤにも転生した人がいたんですか!?」
「今はもうそいつは居ないから、多分ゲームに登場した通りのカーミヤ・クリムゾンだと思う。時間があれば会ってみるといい。良い奴だよ」
「あ、あはは。先生ってモブのくせに交友関係が広いですよね」
「うるせぇ。必死に生きた結果、そうなっただけだよ」
緊張が解けて、いつもの軽口を言えるようになったアーミィに少し昔話をすることにした。
「俺が転生していると気づいたのは頭の中にピロン! って音が聞こえた時だ。きみはどうだった?」
「あー! 聞こえました! でも、うるさかったから全無視しちゃって」
あれを無視できる精神力が羨ましいよ。
この子のことだから最後まで電子音の説明は聞かなかったんだろうな。
「カーミヤ嬢に転生していた女はその音を聞いていないらしい」
「転生にも色んなパターンがあるんですねっ」
「アーミィは本当の自分の名前を思い出せるのか?」
ほへぇ? と間抜けな顔をしたアーミィはすぐに笑顔を作り直し、「全っ然、全くもって!」とはっきり答えた。
「だったらきみは本当に向こうの世界で死んでいる。俺も自分のことはほとんど思い出せないんだ」
「私、死んじゃったんですか。それは残念ですね」
「ちっとも残念そうには聞こえないけど」
「んー。なんか嫌なことがあったような気がしなくもないですけど、思い出せないから、まぁいっかー、みたいな」
あっけらかんとするアーミィは過去一番の屈託のない笑顔だ。
「その転生者さんは自分の名前を覚えていたんですか?」
「あぁ。そいつの転生は不完全だった」
「ちなみにお名前を聞いても?」
「ダメだ。二度と口にしたくない」
ちぇーっと、口をすぼめるアーミィだったが、実際にはそこまで興味はないのだろう。
雑草をちぎっては投げてを繰り返しているのだから言動が一致していない。
「じゃあ、『アオバラ』と『アオバラII』の全ルートとエンディング、バッドエンドを教えますよ。これまでお世話になったので、お礼がしたいです」
「黙っていろ、と言った」
またしてもビクッと肩を震わせて、捨てられた犬のように俺を見上げるアーミィ。しかし、自覚がないのかうっすら笑っている。
その不自然な笑顔はいつまで経っても慣れそうになかった。
何かトラウマでもあるのか、少しでも強い言葉を使うと彼女は自分の意志とは関係なく怯えてしまうらしい。
「ここはゲームの世界だが、今のきみの人生そのものでもある。まだまだ先は長いぞ」
「先生はいつからここに?」
「九歳からだ。もう十年はいることになるな」
「ふへぇ。こんなことが現実に起こるものなんですねぇ」
感心するアーミィに手を差し出した俺は一緒にイエストロイ公爵家へと歩き出した。
「お礼なら別の形で頼む」
「例えば?」
「なんでもいいが、そうだな……。俺の妻のためになることが理想だ」
「そういえば、妹さんが言ってましたよ。『お兄様はこの世で一番の婚約者想い』だって」
「最高の褒め言葉だな」
小走りで俺を抜かしたアーミィは振り向き、またしてもいつもの笑顔で聞いてきた。
「奥さんって誰ですか? 一度会ってみたいですっ!」
「また今度な」
「その今度ってちゃんと来ます? なんか社交辞令っぽい。では、名前だけでも教えてください。私、ゲームコンプリートしてるんで知ってる人かもっ」
いいけど。絶対に驚くなよ。
そう心の中で念を押してから素直に答えた。
「リューテシア・ファンドミーユだ」
その直後のアーミィの顔は死ぬまで忘れないと思う。
ここはイエストロイ公爵領の端っこで、俺を出迎えるためにわざわざ来てくれたのだ。
「お気遣いありがとうございました」
「いいえ、どういたしまして」
アーミィはマリキス・ハイドの刑執行シーンを見ていない。
彼女に転生している人の実年齢は不明だが、まだ見た目は十代の少女だ。そんな子に人が死ぬ光景を見せる理由がない。
それに、マリキスは彼女の推しらしいから配慮したというわけだ。
本来であれば、アーミィも何かしらの処罰を受けるべきなのだろうが、彼女がもたらしてくれた情報でマリキスを捕らえられたのも事実だ。
彼女が無駄口を叩かない限り、これは俺とアーミィだけの秘密にしていられる。
「私、国民を救うためにルミナリオの前に青薔薇が出てきた光景を見て、思い出したんです。あれって前作のルミナリオルートのエンディングなんですよ」
「へぇ」
「最後の一枚絵にはルミナリオがアップで映ってるんですけど、その背後には顔が黒塗りされた男性の姿があって、その人が誰なのか最後まで明かされないんです」
「そうなんだ」
「だから、もしかすると先生は名前が出てこないだけで、『ブルーローズを君へ』に登場していたのかなって」
今更、そんなことを知ったところで何も変わらない。
このゲームの知識がない俺だ。ここまで順調なのか分からないが、今回も無事に破滅せずにリューテシアも守れたのだから上々だろ。
「黙っていろ」
「……え?」
アーミィの声がこわばり、黄色い髪がわずかに揺れた。
「以前、きみと同じようにカーミヤ・クリムゾンに転生してきた女がいた。そいつは俺の忠告を聞かずに黙っていなかったから身を滅ぼした。でも、きみは俺の言葉を信じてくれたから、これからもきみにはこの世界で生きていて欲しい」
「悪役令嬢のカーミヤにも転生した人がいたんですか!?」
「今はもうそいつは居ないから、多分ゲームに登場した通りのカーミヤ・クリムゾンだと思う。時間があれば会ってみるといい。良い奴だよ」
「あ、あはは。先生ってモブのくせに交友関係が広いですよね」
「うるせぇ。必死に生きた結果、そうなっただけだよ」
緊張が解けて、いつもの軽口を言えるようになったアーミィに少し昔話をすることにした。
「俺が転生していると気づいたのは頭の中にピロン! って音が聞こえた時だ。きみはどうだった?」
「あー! 聞こえました! でも、うるさかったから全無視しちゃって」
あれを無視できる精神力が羨ましいよ。
この子のことだから最後まで電子音の説明は聞かなかったんだろうな。
「カーミヤ嬢に転生していた女はその音を聞いていないらしい」
「転生にも色んなパターンがあるんですねっ」
「アーミィは本当の自分の名前を思い出せるのか?」
ほへぇ? と間抜けな顔をしたアーミィはすぐに笑顔を作り直し、「全っ然、全くもって!」とはっきり答えた。
「だったらきみは本当に向こうの世界で死んでいる。俺も自分のことはほとんど思い出せないんだ」
「私、死んじゃったんですか。それは残念ですね」
「ちっとも残念そうには聞こえないけど」
「んー。なんか嫌なことがあったような気がしなくもないですけど、思い出せないから、まぁいっかー、みたいな」
あっけらかんとするアーミィは過去一番の屈託のない笑顔だ。
「その転生者さんは自分の名前を覚えていたんですか?」
「あぁ。そいつの転生は不完全だった」
「ちなみにお名前を聞いても?」
「ダメだ。二度と口にしたくない」
ちぇーっと、口をすぼめるアーミィだったが、実際にはそこまで興味はないのだろう。
雑草をちぎっては投げてを繰り返しているのだから言動が一致していない。
「じゃあ、『アオバラ』と『アオバラII』の全ルートとエンディング、バッドエンドを教えますよ。これまでお世話になったので、お礼がしたいです」
「黙っていろ、と言った」
またしてもビクッと肩を震わせて、捨てられた犬のように俺を見上げるアーミィ。しかし、自覚がないのかうっすら笑っている。
その不自然な笑顔はいつまで経っても慣れそうになかった。
何かトラウマでもあるのか、少しでも強い言葉を使うと彼女は自分の意志とは関係なく怯えてしまうらしい。
「ここはゲームの世界だが、今のきみの人生そのものでもある。まだまだ先は長いぞ」
「先生はいつからここに?」
「九歳からだ。もう十年はいることになるな」
「ふへぇ。こんなことが現実に起こるものなんですねぇ」
感心するアーミィに手を差し出した俺は一緒にイエストロイ公爵家へと歩き出した。
「お礼なら別の形で頼む」
「例えば?」
「なんでもいいが、そうだな……。俺の妻のためになることが理想だ」
「そういえば、妹さんが言ってましたよ。『お兄様はこの世で一番の婚約者想い』だって」
「最高の褒め言葉だな」
小走りで俺を抜かしたアーミィは振り向き、またしてもいつもの笑顔で聞いてきた。
「奥さんって誰ですか? 一度会ってみたいですっ!」
「また今度な」
「その今度ってちゃんと来ます? なんか社交辞令っぽい。では、名前だけでも教えてください。私、ゲームコンプリートしてるんで知ってる人かもっ」
いいけど。絶対に驚くなよ。
そう心の中で念を押してから素直に答えた。
「リューテシア・ファンドミーユだ」
その直後のアーミィの顔は死ぬまで忘れないと思う。
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