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第2章

第22話 奇跡を起こしてみた

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 その頃、王都は大混乱だったらしい。

 王都にいる薬師では患者を診きれず、地方へ散っている薬師を呼んでの対応を余儀なくされていた。
 それはブルブラック伯爵家で俺の父の看病をするサーナ先生も例外ではなく、すぐに招集されてしまった。

「ウィル様も王都に向かわれるのですね」

「うん。リュシーも俺が治してみせる」

 リューテシアは目を伏せて、小さく呟いた。

「どうしてウィル様ばかりこんな目に遭うのですか? 何も悪いことはしていないのに。ただ平温な暮らしを望んでいるだけなのに」

 リューテシアの言う通りだ。
 俺は生まれた時から破滅が確定していて、そうならないために必死に足掻いてきた。

 今回だってこのまま放置すればいいだけの話だ。だけど、黒薔薇の呪いが花粉症のようなものだとすれば、やがてルミナリオたち王族も呪いにかかり、この国は滅亡してしまう。

 それを阻止するためには奇跡の魔術師の能力を使うしかないのだ。

「俺はいいよ。それよりもリュシーを危険な目に遭わせていることの方がよっぽど辛い。ごめんね。俺と一緒にいるばっかりに」

「そんなこと言わないでください。わたしは自分の意思でウィル様と一緒になりました。たとえ呪われようとも、破滅しようとも、これから先ずっと離れることはありません。だから、そんな顔をしないでください」

 リューテシアは優しく俺の頬を包み込み、軽く額にキスをした。

「いってらっしゃいませ、旦那様」

◇◆◇◆◇◆

 王都の広場に設営された簡易診療所は地獄のような光景だった。
 あちこちで咳やくしゃみをする人がごった返し、中には顔面蒼白の人までいる。

 魔術師の回復魔術も、薬師の薬術も効果は薄い。
 最後の砦である王族の治癒魔術でも効かなかった。

 この短期間であまりにも症状の進行が速い患者がいることに驚きながら、俺も薬師見習いとして診察に加わると、母と同じような症状を訴える女性と出会った。

「……これか? これが母の体を蝕んでいた病魔なのか」

 俺は答えに辿り着いたのかもしれない。
 だったらもうこの場にいる必要はない。

 俺が危険を承知でこの場所に来たのは実際に母と同じ症状が出るのか、この目で確かめたかったからだ。
 ルミナリオには止められていたが、どうしてもと願い出た。

「満足か?」

「わがままを言ってすまなかった。俺は俺の役目を果たすよ」

 王宮に向かえば、ルミナリオと国王陛下が待ち構えていた。

「奇跡の魔術師の力は絶対だ。この国を、世界の種の繁栄をもたらすために貴殿が必要なのだ」

 ようやく分かった。
 奇跡の魔術師の役目とは、黒薔薇の花粉の呪いで死にゆく人たちを治療することだ。

「ルミナリオ、バルコニーで俺の前に立ってくれないか」

「構わんが。どうするつもりだ? 余の背中に隠れるつもりか?」

「得体の知れない大した功績も挙げていない奴よりも王太子が奇跡を起こした方が国民は喜びやすいだろ」

「そんなことはできない! 余に国民に嘘をつかせるつもりか!?」

「優しい嘘だからいいだろ。それに俺は常にお前の後ろにいるから。俺の前で両手を挙げて格好つけててくれよ」

 いつまで経っても納得しないルミナリオの手を引き、バルコニーに押し出すと集まっていた国民たちが歓声を上げた。

「ほら、応えてあげないと」

「覚えておれよ、ウィルフリッド。こんな悪巧みに余を巻き込みおって」

 国民からの声に応えたルミナリオの動きに合わせて、魔術を発動させる。

 ルミナリオの目の前に現れた奇跡の青い薔薇。
 この世のものとは思えない異質な雰囲気をまとう薔薇は神秘的な光を放ちながら、その花弁から輝く粉を撒き散らした。

 青薔薇の花粉は風に流され、この大陸中の空を包み込んだ。

 そして全人類に渡り、黒薔薇の呪いを受けた者たちには治療を、それ以外の者たちには幸福感を与えて役目を終えた。

 やがて、ルミナリオが掴んだ青薔薇はガラス細工のように砕け、足元に散った。

「これで解決だな。ありがとう、ルミナリオ」

「礼を言うのはこちらの方だ。ウィルフリッドが奇跡の魔術師として覚醒してくれていたからこの世界を救うことができた。感謝する」

 互いに下げていた頭を上げて、ほくそ笑む。
 これで良かったんだ。これでリューテシアも救われた。


 時は流れ、俺たちは国を滅ぼそうとした大罪人マリキス・ハイドの処刑場へと向かっている。

 王都の広場には人集りが出来ていた。
 理由は簡単で、本日ギロチンによる公開処刑が執り行われるからである。

 マリキスの髪は以前のような艶はなく、白髪交じり。ユティバスでまともな食事を摂っていなかったのか、それともストレスによるものか、体は痩せ細っていた。

 王立学園の教師だったときの面影はない。
 粗末な囚人服を着て、誰彼構わずに叫ぶ様は実に無様だ。

「ギロチンなんて生きている間に見ることになるとはな」

 当初は毒殺という声が上がっていたし、俺も賛成だった。
 しかし、オクスレイ公爵夫人直筆の嘆願書によって、毒殺は棄却され、より見た目にインパクトのある斬首刑が選択された。

 理由としては、改めて黒薔薇を大陸に持ち込むことの危険性を知らしめると共に、同様の犯罪を防ぐためとされている。

「余としてはウィルフリッドが冷静で驚いているぞ。これでリューテシア夫人は二度も傷つけられたわけだから、黙っていないと思っていた。それに伯爵のこともある」

「もちろん許せないよ。でも、さすがに目の前に処刑台を持ち出されると、な」

 マリキスの泣き叫ぶ声は続いている。
 王都のどこに居ても彼の声は聞こえてしまうだろう。

 ショックを与えたくないからリューテシアはファンドミーユ子爵家に、アーミィはイエストロイ公爵家に居てもらうことにした。

 やがて、マリキスの声が不自然に途切れる。
 ギロチンを繋いでいたロープを処刑官が切断したのだ。

 三日月型の刃はいとも簡単に死刑囚が苦痛を感じる間もなく斬首する。
 重々しい音を立てた頭部は袋の中に落ちて、マリキス・ハイドだったものは動かなくなった。
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