たとえ破滅するとしても婚約者殿とだけは離れたくない。だから、遅れてきた悪役令嬢、あんたは黙っててくれないか?

桜枕

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第2章

第20話 正体を明かしてみた

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 臨時講師以降、久々に訪れた王立学園の学園長室に向かった俺は簡単に事情を説明して、アーミィ・イエストロイとの面談を願い出た。

「彼女は謹慎中にきみと交流があったそうじゃな。それに王宮での社会学習をさせたとか。どれもが良い刺激になったのじゃろう。彼女は人が変わったように熱心な学生になり、今では怠けることはなくなった」

「それは何よりです」

「教室にいると思うから顔を出すとよい」

「いえ。勉強しているのなら邪魔をするつもりはありません。放課後まで待たせてください」

 放課後まで学園の職員室で時間を潰した俺は終鈴と同時に飛び出し、一年生の教室へ向かった。

「アーミィ・イエストロイ、少し時間をいただけるだろうか」

 他の生徒たちがざわめく中、彼女だけは余裕の表情で「もちろんですよ、先生っ」と黄色い髪を揺らした。

 誰も人が来ない場所へ移動した俺は先にアーミィを教室内に入れ、扉を閉めて唯一の出入り口の前に立った。

「……空き教室。そんな所に立って、私に乱暴するつもりですか?」

「この場所を知っているんだろ?」

「存在しているとは思いませんでした。来たのは初めてです」

「単刀直入に聞こう。アーミィ・イエストロイ、きみはその子の体に転生しているな?」

 ビクッと肩を振るわせたアーミィの垂れ目が見る見るうちにつり上がっていく。
 明らかに敵意を向けられているのが分かった。

「私以外にも同じ境遇の人がいるかもとは思っていましたが、先生がそうだったなんて意外です」

「俺も意外だったよ。きみみたいな純粋そうな子が、とはね。でもよく思い出してみれば、きみは公爵令嬢らしくないし、女子寮から抜け出せていたのも不自然だ。それに、マーシャルとディードを知っていた」

「先生の言う通り、私は『アオバラ』も『アオバラⅡ』もプレイ済みの現代人です。だからこそ、推しがエンディングにはなかった、ユティバスに閉じ込められているのが許せなかった」

 アーミィが冷静に行動原理を語ってきたのは幸いだった。
 実は激昂して刺されないか心配していたのだ。

 というか、ゲームの続編があったなんて聞いてないぞ。

「きみの推しがマリキス・ハイドなのか? 本当にマリキスに会ったのか?」

「モニターの中のマリキス様はただのイケオジでした。でも、本物のマリキス様はゲームみたいにキラキラしていないし、陽の当らない場所でただ生かされているだけ。私が救わないと! って思ったんです」

 アーミィは大きめ瞳を細め、頭を抱え始める。

「この世界でどう生きればいいのか分からない私を信じてくれたのはマリキス様だけ。あの人は好きな人を奪われ、あんな冷たくて汚い場所に入れられた可哀想な人なんです」

「それは違う! あいつは自分勝手な理由で一人の少女の人生を潰そうとしたんだぞ! きみは騙されている!」

「そんなはずない! マリキス様はウィルフリッド・ブルブラックに愛する人を奪われて人生のどん底まで落とされた! ゲームに登場しない男がいるから、こんな不憫な結末になったの!」

 その言葉は俺の胸に深く突き刺さった。

「マリキス様の言った通りにすれば全てが上手くいったの。先生にも感謝してます。あなたがヒントをくれなければ、私一人では成し遂げられなかったから」

「俺だって信じていたさ。きみは天才だ。イミテーションドロップ、水の魔術、そしてゲームから得た黒薔薇と青薔薇についての知識。これらがあったからマリキスは脱獄して、復讐を始められたんだろ?」

「それはっ! そこまで知られて……」

 俺が一歩近づいても、アーミィは退く気配も向かって来る気配もなかった。

「いいか、アーミィ・イエストロイ。マリキス・ハイドは身勝手な理由で女子生徒を傷つけようとした不遜な男なんだ」

「うるさい! ウィルフリッドなんて訳の分からない男がいるから……。マリキス様はヒロインと結ばれる未来もあったはずなのに!」

 なんて暴力的な言葉なんだ。
 俺の存在を完全に否定し、リューテシアのあるべき未来を突き付けられると、胸が張り裂けそうになった。

「絶対に許さない」

 拳を握る彼女に、更に一歩近づく。

 そうだ。全ては俺が招いた結果なんだ。
 だから、俺の口からこの事実を彼女に伝えなくてはいけない。

「自己紹介がまだだったな。俺の名前はウィルフリッド・ブルブラックだ」

「……うそ。先生がウィルフリッド・ブルブラック――っ!?」

「まさかこんなことになるとは思っていなかった。騙すつもりはなかった。タイミングを見失って名乗れなかったんだ」

「そんな、先生がウィルフリッド……? こんなに優しい人が……?」

「俺がマリキスから奪ったんじゃない。俺たちの卒業式で、奴が俺から奪おうとしたんだ。だから、ルミナリオが罰した」

 目に見えて動揺するアーミィは視線を泳がせながら、唇をきつく結んだ。

「なんで、ユティバスなんかに」

「俺の正体をバラすような問題を起こしたから全員の記憶を消した上で、奴を監獄送りにすることになった。さぁ、この話を終わりだ。アーミィ、王宮から盗み出した青い薔薇はどこにある。あれが黒薔薇の治療に必要なことも当然知っているんだろ?」

 アーミィが胸元を隠しながら一歩後ずさり、無造作に置かれた机に足をぶつけた。

「そうか。あなたも『アオバラ』をプレイしたのね。だから知っているんだ。青薔薇は渡さない。マリキス様の邪魔はさせない」

「本当にそれがきみの望みなのか? 推しなんだろ? 推しが好きだった女性のみならず、この大陸に住む多くの人を殺そうとしているんだぞ。そんな推し方がファンのあるべき姿なのか!?」

 唇を噛むアーミィの瞳が潤み、やがて大粒の涙が流れ落ちた。

「分からない。だって、マリキス様が私を信じるって! やれば出来る子だって言ってくれたの!」

 アーミィ・イエストロイに転生している子は自己肯定感が低い。
 だからこそ、一番最初に出会い、彼女に取り入った大人がマリキスだったのが災いした。きっとこういうことなのだろう。

「胸にしまっているんだね」

 はっとして制服を見下ろすアーミィ。
 よく見ると彼女の制服は改造制服だった。それを無理矢理、普通の制服に戻そうとした形跡がある。

「今から俺の正体を教えてやる」

 魔力を知覚し、口から勝手に出てくる呪文を唱えると俺の手には青い薔薇が出てきた。

 悲鳴にも似た声を上げ、転びそうになるアーミィが制服のリボンを解いたが、そこに隠していたであろう青薔薇はなかった。

「うそ……。ずっと肌身離さず持っていたのに」

「これが俺の使える唯一の魔術だ。きみが青薔薇を返してくれないのなら新しく作るしかないだろ」

「先生が、本当に奇跡の魔術師、なの……」

「それ以上は黙っててくれないか? 俺と一緒に来い、アーミィ。奴がどこにいるのか教えてくれ」

 一切の抵抗をしなくなったアーミィの手首を握った俺は、彼女を連れて学園を出発した。
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