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第2章
第19話 父が倒れた
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リューテシアと一緒にブルブラック伯爵家に到着すると、すでに弟のトーマ、妹のリファ、そしてサーナ先生が揃っていた。
「お兄様」
「リファ。何があったんだ? お父様は心労がたたったのか?」
「それが、その……」
歯切れの悪いリファに変わって一歩前に歩み出たのはサーナ先生だった。
先生の心遣いで場所を移した俺とリューテシアは一息つく間もなく話を聞くことにした。
「今から話すことは使用人の方々からの話をまとめたものと、私の憶測を足したものになります。それをお忘れなきように」
前振りはほどほどにしてサーナ先生が語り始める。
「使用人の話では、屋敷を訪れた細身の男がご当主様に一本の黒薔薇を差し出し、こう言ったそうです」
ごくりとリューテシアが喉を鳴らした。
「黒薔薇の花粉の呪いによって命を落とした淑女がいるそうですが、何かご存知ではありませんか、と」
それはあまりにも残酷な問いかけだった。その時、父は全てを悟ったのだろう。
もしかすると父の悪い予感が当った瞬間だったのかもしれない。
父が保管していた大量の書物の中には奇跡の魔術師に関するものもあった。俺は偶然にもそれを読むことができたから魔術を取得し、当代の奇跡の魔術師になったわけだ。
父は奇跡の魔術師の可能性に賭けていたのかもしれない。
「それ以降、ご当主様は床に伏されたとのことです。私が診察した限り、外傷はなく、病気でもありません。精神的な問題かと」
「サーナ先生とお母様は黒薔薇の花粉についてはご存知だったのですか? ここに帰る前に国王陛下から黒薔薇について書かれた書物を見せていただきました」
「実はあれを見つけたのは奥様なのです。私は奥様から譲り受け、王家に献上しました」
お母様もサーナ先生もあの書物を読めたわけではないらしい。しかし、なんとなくのニュアンスを掴んで研究を始めたとか。
「ご当主様は奥様が実物を求めていた時に南の孤島で黒薔薇を採取して贈られたのです。あの一件がきっかけとなり、お二人はご結婚なされたのですよ」
そういうことだったのか。
まさか、ここにきて改めて両親の馴れ初めを聞かされることになるとは思っていなかったし、事件のきっかけになっているとも思わなかった。
「その細身の男はマリキス・ハイドで間違いないはずです。しかし、なぜ黒薔薇について知識があるのか。一時的に薬術クラスを担当していたからといって簡単に入手できる情報ではないのに」
「また悪魔が取り憑いているのですよ」
「悪魔……。カーミヤ・クリムゾン公爵夫人に取り憑いたという、あの?」
俺の発言にリューテシアも僅かに声を漏らした。
「えぇ。でも悪魔はマリキスではなく、別の人物に取り憑いている。その子がマリキスに情報を流していると考えています」
サーナ先生には二年前にカーミヤ嬢の中から神谷《かみや》 巴《ともえ》を追い出す際に使用したデルタトキシンの解毒をお願いした。
その時に転生者のことを簡単に説明しているから他の人たちよりも話が早くて助かる。
「その子とは? すでに検討がついているのですか?」
「アーミィ・イエストロイです。もちろん彼女は今も学園に居ますよね?」
「まさか、アーミィさんが!?」
「リューテシアも黒薔薇の花粉を吸っています。診察をお願いします。俺は王立学園へ行きます」
ソファから立ち上がった俺の服の袖を引っ張ったリューテシアに目配せする。
「イエストロイ公爵令嬢に制裁を加えるのですか?」
「いいや、話を聞くだけだよ。まずは黒薔薇の治療を優先し、マリキス・ハイドを探す」
俺がリビングに戻ると、トーマとリファは二人して表情を曇らせていた。
「サーナ先生から話は聞いた。俺は王立学園に向かうから、二人はお父様に付き添ってくれ。万が一の時は任せたぞ」
「お兄様! 思った通り、お母様はご病気ではありませんでした。お母様の死はお父様が招いたものなのですか!?」
「これはトーマにも話したが、仮にそうだったとしてもお母様はその運命を受け入れた上で黒薔薇を受け取っている。それに、お父様は今まで健康そのものだった。同じ黒薔薇を共有したのに片方だけが呪いを受けていないのは不自然じゃないか」
「それは……」
トーマとリファが顔を見合わせて口ごもる。
二人とも感情的になりすぎて現状を正しく理解できていないようだった。
「リファは自分の力で答えにたどり着こうとしていた。立派だよ。お父様を頼む。トーマは護衛を。リューテシアもお前に任せる。それ以外のことは何も考えるな」
「兄さん!」
「お兄様!」
同時に掴まれた両腕。
足を止めて振り向くと、弟妹は不安そうに瞳を揺らしていた。
「問題は俺が解決する。お父様にも再起していただく。心配するな」
「お兄様はいつも無茶をされます。私たちには何も説明されず、一人で全てを抱えるなんていつものことです!」
言いたくても言えないことばかりなんだ。
許せ、リファ。
リファの肩を叩き、俺の手を離すように促してくれたトーマに礼を言って屋敷を後にした。
「お兄様」
「リファ。何があったんだ? お父様は心労がたたったのか?」
「それが、その……」
歯切れの悪いリファに変わって一歩前に歩み出たのはサーナ先生だった。
先生の心遣いで場所を移した俺とリューテシアは一息つく間もなく話を聞くことにした。
「今から話すことは使用人の方々からの話をまとめたものと、私の憶測を足したものになります。それをお忘れなきように」
前振りはほどほどにしてサーナ先生が語り始める。
「使用人の話では、屋敷を訪れた細身の男がご当主様に一本の黒薔薇を差し出し、こう言ったそうです」
ごくりとリューテシアが喉を鳴らした。
「黒薔薇の花粉の呪いによって命を落とした淑女がいるそうですが、何かご存知ではありませんか、と」
それはあまりにも残酷な問いかけだった。その時、父は全てを悟ったのだろう。
もしかすると父の悪い予感が当った瞬間だったのかもしれない。
父が保管していた大量の書物の中には奇跡の魔術師に関するものもあった。俺は偶然にもそれを読むことができたから魔術を取得し、当代の奇跡の魔術師になったわけだ。
父は奇跡の魔術師の可能性に賭けていたのかもしれない。
「それ以降、ご当主様は床に伏されたとのことです。私が診察した限り、外傷はなく、病気でもありません。精神的な問題かと」
「サーナ先生とお母様は黒薔薇の花粉についてはご存知だったのですか? ここに帰る前に国王陛下から黒薔薇について書かれた書物を見せていただきました」
「実はあれを見つけたのは奥様なのです。私は奥様から譲り受け、王家に献上しました」
お母様もサーナ先生もあの書物を読めたわけではないらしい。しかし、なんとなくのニュアンスを掴んで研究を始めたとか。
「ご当主様は奥様が実物を求めていた時に南の孤島で黒薔薇を採取して贈られたのです。あの一件がきっかけとなり、お二人はご結婚なされたのですよ」
そういうことだったのか。
まさか、ここにきて改めて両親の馴れ初めを聞かされることになるとは思っていなかったし、事件のきっかけになっているとも思わなかった。
「その細身の男はマリキス・ハイドで間違いないはずです。しかし、なぜ黒薔薇について知識があるのか。一時的に薬術クラスを担当していたからといって簡単に入手できる情報ではないのに」
「また悪魔が取り憑いているのですよ」
「悪魔……。カーミヤ・クリムゾン公爵夫人に取り憑いたという、あの?」
俺の発言にリューテシアも僅かに声を漏らした。
「えぇ。でも悪魔はマリキスではなく、別の人物に取り憑いている。その子がマリキスに情報を流していると考えています」
サーナ先生には二年前にカーミヤ嬢の中から神谷《かみや》 巴《ともえ》を追い出す際に使用したデルタトキシンの解毒をお願いした。
その時に転生者のことを簡単に説明しているから他の人たちよりも話が早くて助かる。
「その子とは? すでに検討がついているのですか?」
「アーミィ・イエストロイです。もちろん彼女は今も学園に居ますよね?」
「まさか、アーミィさんが!?」
「リューテシアも黒薔薇の花粉を吸っています。診察をお願いします。俺は王立学園へ行きます」
ソファから立ち上がった俺の服の袖を引っ張ったリューテシアに目配せする。
「イエストロイ公爵令嬢に制裁を加えるのですか?」
「いいや、話を聞くだけだよ。まずは黒薔薇の治療を優先し、マリキス・ハイドを探す」
俺がリビングに戻ると、トーマとリファは二人して表情を曇らせていた。
「サーナ先生から話は聞いた。俺は王立学園に向かうから、二人はお父様に付き添ってくれ。万が一の時は任せたぞ」
「お兄様! 思った通り、お母様はご病気ではありませんでした。お母様の死はお父様が招いたものなのですか!?」
「これはトーマにも話したが、仮にそうだったとしてもお母様はその運命を受け入れた上で黒薔薇を受け取っている。それに、お父様は今まで健康そのものだった。同じ黒薔薇を共有したのに片方だけが呪いを受けていないのは不自然じゃないか」
「それは……」
トーマとリファが顔を見合わせて口ごもる。
二人とも感情的になりすぎて現状を正しく理解できていないようだった。
「リファは自分の力で答えにたどり着こうとしていた。立派だよ。お父様を頼む。トーマは護衛を。リューテシアもお前に任せる。それ以外のことは何も考えるな」
「兄さん!」
「お兄様!」
同時に掴まれた両腕。
足を止めて振り向くと、弟妹は不安そうに瞳を揺らしていた。
「問題は俺が解決する。お父様にも再起していただく。心配するな」
「お兄様はいつも無茶をされます。私たちには何も説明されず、一人で全てを抱えるなんていつものことです!」
言いたくても言えないことばかりなんだ。
許せ、リファ。
リファの肩を叩き、俺の手を離すように促してくれたトーマに礼を言って屋敷を後にした。
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