たとえ破滅するとしても婚約者殿とだけは離れたくない。だから、遅れてきた悪役令嬢、あんたは黙っててくれないか?

桜枕

文字の大きさ
上 下
57 / 84
第2章

第16話 大事件が起った

しおりを挟む
「どういう事だよ。ユティバスは絶対じゃなかったのか!?」

 卒業式の会場で拘束されたマリキス・ハイドは、奇跡の魔術師に関する記憶のみを消されて王宮へ連行された。

 俺が国王陛下との謁見を終えた後でルミナリオが下した処罰は脱獄不可能とされる監獄ユティバスへの投獄だった。
 断末魔を上げながらユティバスへと移送されるマリキスを俺も見送ったのだ。

 そんな彼が脱獄した。これは大事件だぞ。

「詳細は看守たちに問い合わせている。じきに大陸間指名手配が通達されるだろう。事前にリューテシア夫人にも伝えておくか?」

「俺から伝えるよ。不用意に不安を煽るような真似はしたくない」

「ウィルフリッドに一任する。共犯者がいるならば、捜索は難航するかもしれん」

「そっちは任せるよ。俺はリューテシアの安全を第一に考える。マリキスは俺への復讐と、リューテシアへの接触のどちらかを優先すると思うんだ」

「リューテシア夫人に護衛をつけよう。いざという時にウィルフリッドが自宅から動けないのは避けたい」

「……考えておくよ」

 叩き起こされ、最低限の化粧だけをしたリューテシアは王宮の別室で待機してくれている。

 ルミナリオの使者は俺だけでなく、リューテシアも同伴するように言ってきたのだ。最初は事態が飲み込めなかったが今なら適切な判断だったと思う。

「お待たせ、リュシー。帰ろう」

「はい。お話は終わったのですね。トラブルですか?」

「ちょっとね。家に帰ってから話すよ」

 屋敷に帰宅後、マリキスの一件を正直に話すとリューテシアは固く拳を握りしめた。

「奴がどこにいるのか分からないし、これから何をするのかも分からない。屋敷から出るなとは言わないけれど、どこかへ行く時は俺に教えて欲しい」

「分かりました。護衛の件も構いませんよ。ウィル様の手を煩わせるのは不本意ですから」

「ごめん。ありがとう」

 その日のうちに王都のみなからず、全国、全世界にマリキス・ハイドの指名手配書が配布され、史上最悪の犯罪者としてその名を轟かせることになった。

 そして、数日後。俺の元に一通の手紙が届いた。
 送り主はサーナ先生で、重要な話があるから休みを取って訪問するとのことだった。

◇◆◇◆◇◆

「早速ですが、お話とは世間を騒がせている例の男の件です」

 屋敷の客間に案内し、紅茶を勧めたが、サーナ先生は着席してすぐに本題を切り出した。

「以前、学園の臨時講師をされた時に謹慎中だった、アーミィ・イエストロイ公爵令嬢ですが、彼女が謹慎になった理由こそが、ユティバスに収監中の罪人に面会を求めたからなのです」

 鼓動が跳ねる。
 答えは目に見えているはずなのに、聞かずにはいられなかった。

「相手は誰ですか?」

「マリキス・ハイドです」

 なぜ、アーミィがあいつに会いに行くんだ。

 マリキスがイエストロイ公爵家と関係を持っているなんて話は聞いたことがないから、アーミィと奴に接点があるとは考えにくい。

「どうして彼女が……」

「以前、アーミィさんはマリキス様をお迎えにあがるとかなんとか言っていました。我々も本当に実行するとは思わなかったのです。公爵様にも報告したのですが、ひとまずは謹慎という形で処理されました」

「それで、アーミィは奴と面会できたのですか?」

「いいえ。門前払いされたと本人は言っていました。彼女を信じるのであれば、ですが」

 接触はしていないのか。

 理由はなんだ。マリキスに会うことで得られるメリットなんてあるのか。
 いや、それよりもだ。

「……どうして俺に黙っていたんです?」

「坊ちゃんの前であの男の名前を出さないというのは暗黙の了解です。だから、リファお嬢様も学園長も私も言わなかったのです」

 変に気を遣われた結果、俺は何も知らずにアーミィと交流したというわけだ。

「マリキスが脱走したと報告を受けた当日、そして前日はアーミィも学園に居たんですよね。誰か証明できる人は?」

「前日は各クラスに分かれての学外授業でした。アーミィさんは他の生徒たちと一緒にフィールドワークをしていたと証言されています。当日は卒業式の準備で、一年生のアーミィさんは通常授業でした」

 アーミィのアリバイは成立しているということか。

 話を聞く限りではアーミィは白だ。
 しかし、わざわざ罪人に面会を希望したことを考慮すると彼女は要注意人物だ。

 学園に戻ったサーナ先生と入れ違うように俺の屋敷を訪れたのは、弟のトーマだった。

「トーマ!? なんで、お前がここに!?」

「兄さん。例の男の件で情報を得たので一時帰国したのです」

 なんて良い奴なんだ。

 トーマは水をがぶ飲みして本題を切り出した。

「奴が脱獄したのは昨日の昼頃。何者かが独房を解錠したということです。脱獄ルートは判明しておらず、絶海の孤島に建つユティバスからどのようにして内地に渡ったのか不明です」

「泳いだとか?」

「それは不可能です。その日は波が高く、船すらも出せない状態でした」

「脱獄しただけで海の藻屑と消えたとかは?」

「その可能性もあります。ただ、マリキスに似た男の姿はユティバスから一番近い国で目撃されています」

 どうやって、そんな場所から脱獄したんだ。
 仮にアーミィが共犯者だったとしても海を渡らせることなんて可能なのか。

「ありがとう、トーマ。俺はここを動けないから助かるよ」

「いえ。もし僕が見つけたら切り捨てて、ご報告にあがります」

 トーマの目が冷え冷えしている。
 うちの弟君は本気だ。

 トーマもリファも俺たちの卒業式という祝いの席を汚したマリキスを心底、憎んでいる。

 その気持ちは俺も変わらないが、二人の方が俺よりも手がはやく、何をするか分からない怖さがある。

「一つお願いしてもいいか?」

「何でも言ってください」

「南へ向かってくれないか。俺の考えすぎだと思うが、黒薔薇の咲く島を見てきて欲しい」

「分かりました」

「ちょっとは疑えよ」

「僕なんかに兄さんの考えは到底理解できません。兄さんに従うまでです」

 転生していると気づいた時から俺への対応ががらりと変わったトーマは、絶対に俺に逆らわない。
 変な奴に壺でも買わされないか心配だけど、普段はもっと思慮深いらしい。

「黒薔薇を摘む必要はないからな。あくまでもマリキスの確認だ。気をつけろよ、トーマ。無茶はするな」

「重々、承知しています」

 こうして、トーマはまたしてもしばらくの間、旅に出てくれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

気が付けば悪役令嬢

karon
ファンタジー
交通事故で死んでしまった私、赤ん坊からやり直し、小学校に入学した日に乙女ゲームの悪役令嬢になっていることを自覚する。 あきらかに勘違いのヒロインとヒロインの親友役のモブと二人ヒロインの暴走を抑えようとするが、高校の卒業式の日、とんでもないどんでん返しが。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

悪役令嬢アンジェリカの最後の悪あがき

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【追放決定の悪役令嬢に転生したので、最後に悪あがきをしてみよう】 乙女ゲームのシナリオライターとして活躍していた私。ハードワークで意識を失い、次に目覚めた場所は自分のシナリオの乙女ゲームの世界の中。しかも悪役令嬢アンジェリカ・デーゼナーとして断罪されている真っ最中だった。そして下された罰は爵位を取られ、へき地への追放。けれど、ここは私の書き上げたシナリオのゲーム世界。なので作者として、最後の悪あがきをしてみることにした――。 ※他サイトでも投稿中

『悪役』のイメージが違うことで起きた悲しい事故

ラララキヲ
ファンタジー
 ある男爵が手を出していたメイドが密かに娘を産んでいた。それを知った男爵は平民として生きていた娘を探し出して養子とした。  娘の名前はルーニー。  とても可愛い外見をしていた。  彼女は人を惹き付ける特別な外見をしていたが、特別なのはそれだけではなかった。  彼女は前世の記憶を持っていたのだ。  そして彼女はこの世界が前世で遊んだ乙女ゲームが舞台なのだと気付く。  格好良い攻略対象たちに意地悪な悪役令嬢。  しかしその悪役令嬢がどうもおかしい。何もしてこないどころか性格さえも設定と違うようだ。  乙女ゲームのヒロインであるルーニーは腹を立てた。  “悪役令嬢が悪役をちゃんとしないからゲームのストーリーが進まないじゃない!”と。  怒ったルーニーは悪役令嬢を責める。  そして物語は動き出した…………── ※!!※細かい描写などはありませんが女性が酷い目に遭った展開となるので嫌な方はお気をつけ下さい。 ※!!※『子供が絵本のシンデレラ読んでと頼んだらヤバイ方のシンデレラを読まれた』みたいな話です。 ◇テンプレ乙女ゲームの世界。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げる予定です。

シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした

黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

変な転入生が現れましたので色々ご指摘さしあげたら、悪役令嬢呼ばわりされましたわ

奏音 美都
恋愛
上流階級の貴族子息や令嬢が通うロイヤル学院に、庶民階級からの特待生が転入してきましたの。  スチュワートやロナルド、アリアにジョセフィーンといった名前が並ぶ中……ハルコだなんて、おかしな

処理中です...