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第2章
第16話 大事件が起った
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「どういう事だよ。ユティバスは絶対じゃなかったのか!?」
卒業式の会場で拘束されたマリキス・ハイドは、奇跡の魔術師に関する記憶のみを消されて王宮へ連行された。
俺が国王陛下との謁見を終えた後でルミナリオが下した処罰は脱獄不可能とされる監獄ユティバスへの投獄だった。
断末魔を上げながらユティバスへと移送されるマリキスを俺も見送ったのだ。
そんな彼が脱獄した。これは大事件だぞ。
「詳細は看守たちに問い合わせている。じきに大陸間指名手配が通達されるだろう。事前にリューテシア夫人にも伝えておくか?」
「俺から伝えるよ。不用意に不安を煽るような真似はしたくない」
「ウィルフリッドに一任する。共犯者がいるならば、捜索は難航するかもしれん」
「そっちは任せるよ。俺はリューテシアの安全を第一に考える。マリキスは俺への復讐と、リューテシアへの接触のどちらかを優先すると思うんだ」
「リューテシア夫人に護衛をつけよう。いざという時にウィルフリッドが自宅から動けないのは避けたい」
「……考えておくよ」
叩き起こされ、最低限の化粧だけをしたリューテシアは王宮の別室で待機してくれている。
ルミナリオの使者は俺だけでなく、リューテシアも同伴するように言ってきたのだ。最初は事態が飲み込めなかったが今なら適切な判断だったと思う。
「お待たせ、リュシー。帰ろう」
「はい。お話は終わったのですね。トラブルですか?」
「ちょっとね。家に帰ってから話すよ」
屋敷に帰宅後、マリキスの一件を正直に話すとリューテシアは固く拳を握りしめた。
「奴がどこにいるのか分からないし、これから何をするのかも分からない。屋敷から出るなとは言わないけれど、どこかへ行く時は俺に教えて欲しい」
「分かりました。護衛の件も構いませんよ。ウィル様の手を煩わせるのは不本意ですから」
「ごめん。ありがとう」
その日のうちに王都のみなからず、全国、全世界にマリキス・ハイドの指名手配書が配布され、史上最悪の犯罪者としてその名を轟かせることになった。
そして、数日後。俺の元に一通の手紙が届いた。
送り主はサーナ先生で、重要な話があるから休みを取って訪問するとのことだった。
◇◆◇◆◇◆
「早速ですが、お話とは世間を騒がせている例の男の件です」
屋敷の客間に案内し、紅茶を勧めたが、サーナ先生は着席してすぐに本題を切り出した。
「以前、学園の臨時講師をされた時に謹慎中だった、アーミィ・イエストロイ公爵令嬢ですが、彼女が謹慎になった理由こそが、ユティバスに収監中の罪人に面会を求めたからなのです」
鼓動が跳ねる。
答えは目に見えているはずなのに、聞かずにはいられなかった。
「相手は誰ですか?」
「マリキス・ハイドです」
なぜ、アーミィがあいつに会いに行くんだ。
マリキスがイエストロイ公爵家と関係を持っているなんて話は聞いたことがないから、アーミィと奴に接点があるとは考えにくい。
「どうして彼女が……」
「以前、アーミィさんはマリキス様をお迎えにあがるとかなんとか言っていました。我々も本当に実行するとは思わなかったのです。公爵様にも報告したのですが、ひとまずは謹慎という形で処理されました」
「それで、アーミィは奴と面会できたのですか?」
「いいえ。門前払いされたと本人は言っていました。彼女を信じるのであれば、ですが」
接触はしていないのか。
理由はなんだ。マリキスに会うことで得られるメリットなんてあるのか。
いや、それよりもだ。
「……どうして俺に黙っていたんです?」
「坊ちゃんの前であの男の名前を出さないというのは暗黙の了解です。だから、リファお嬢様も学園長も私も言わなかったのです」
変に気を遣われた結果、俺は何も知らずにアーミィと交流したというわけだ。
「マリキスが脱走したと報告を受けた当日、そして前日はアーミィも学園に居たんですよね。誰か証明できる人は?」
「前日は各クラスに分かれての学外授業でした。アーミィさんは他の生徒たちと一緒にフィールドワークをしていたと証言されています。当日は卒業式の準備で、一年生のアーミィさんは通常授業でした」
アーミィのアリバイは成立しているということか。
話を聞く限りではアーミィは白だ。
しかし、わざわざ罪人に面会を希望したことを考慮すると彼女は要注意人物だ。
学園に戻ったサーナ先生と入れ違うように俺の屋敷を訪れたのは、弟のトーマだった。
「トーマ!? なんで、お前がここに!?」
「兄さん。例の男の件で情報を得たので一時帰国したのです」
なんて良い奴なんだ。
トーマは水をがぶ飲みして本題を切り出した。
「奴が脱獄したのは昨日の昼頃。何者かが独房を解錠したということです。脱獄ルートは判明しておらず、絶海の孤島に建つユティバスからどのようにして内地に渡ったのか不明です」
「泳いだとか?」
「それは不可能です。その日は波が高く、船すらも出せない状態でした」
「脱獄しただけで海の藻屑と消えたとかは?」
「その可能性もあります。ただ、マリキスに似た男の姿はユティバスから一番近い国で目撃されています」
どうやって、そんな場所から脱獄したんだ。
仮にアーミィが共犯者だったとしても海を渡らせることなんて可能なのか。
「ありがとう、トーマ。俺はここを動けないから助かるよ」
「いえ。もし僕が見つけたら切り捨てて、ご報告にあがります」
トーマの目が冷え冷えしている。
うちの弟君は本気だ。
トーマもリファも俺たちの卒業式という祝いの席を汚したマリキスを心底、憎んでいる。
その気持ちは俺も変わらないが、二人の方が俺よりも手がはやく、何をするか分からない怖さがある。
「一つお願いしてもいいか?」
「何でも言ってください」
「南へ向かってくれないか。俺の考えすぎだと思うが、黒薔薇の咲く島を見てきて欲しい」
「分かりました」
「ちょっとは疑えよ」
「僕なんかに兄さんの考えは到底理解できません。兄さんに従うまでです」
転生していると気づいた時から俺への対応ががらりと変わったトーマは、絶対に俺に逆らわない。
変な奴に壺でも買わされないか心配だけど、普段はもっと思慮深いらしい。
「黒薔薇を摘む必要はないからな。あくまでもマリキスの確認だ。気をつけろよ、トーマ。無茶はするな」
「重々、承知しています」
こうして、トーマはまたしてもしばらくの間、旅に出てくれた。
卒業式の会場で拘束されたマリキス・ハイドは、奇跡の魔術師に関する記憶のみを消されて王宮へ連行された。
俺が国王陛下との謁見を終えた後でルミナリオが下した処罰は脱獄不可能とされる監獄ユティバスへの投獄だった。
断末魔を上げながらユティバスへと移送されるマリキスを俺も見送ったのだ。
そんな彼が脱獄した。これは大事件だぞ。
「詳細は看守たちに問い合わせている。じきに大陸間指名手配が通達されるだろう。事前にリューテシア夫人にも伝えておくか?」
「俺から伝えるよ。不用意に不安を煽るような真似はしたくない」
「ウィルフリッドに一任する。共犯者がいるならば、捜索は難航するかもしれん」
「そっちは任せるよ。俺はリューテシアの安全を第一に考える。マリキスは俺への復讐と、リューテシアへの接触のどちらかを優先すると思うんだ」
「リューテシア夫人に護衛をつけよう。いざという時にウィルフリッドが自宅から動けないのは避けたい」
「……考えておくよ」
叩き起こされ、最低限の化粧だけをしたリューテシアは王宮の別室で待機してくれている。
ルミナリオの使者は俺だけでなく、リューテシアも同伴するように言ってきたのだ。最初は事態が飲み込めなかったが今なら適切な判断だったと思う。
「お待たせ、リュシー。帰ろう」
「はい。お話は終わったのですね。トラブルですか?」
「ちょっとね。家に帰ってから話すよ」
屋敷に帰宅後、マリキスの一件を正直に話すとリューテシアは固く拳を握りしめた。
「奴がどこにいるのか分からないし、これから何をするのかも分からない。屋敷から出るなとは言わないけれど、どこかへ行く時は俺に教えて欲しい」
「分かりました。護衛の件も構いませんよ。ウィル様の手を煩わせるのは不本意ですから」
「ごめん。ありがとう」
その日のうちに王都のみなからず、全国、全世界にマリキス・ハイドの指名手配書が配布され、史上最悪の犯罪者としてその名を轟かせることになった。
そして、数日後。俺の元に一通の手紙が届いた。
送り主はサーナ先生で、重要な話があるから休みを取って訪問するとのことだった。
◇◆◇◆◇◆
「早速ですが、お話とは世間を騒がせている例の男の件です」
屋敷の客間に案内し、紅茶を勧めたが、サーナ先生は着席してすぐに本題を切り出した。
「以前、学園の臨時講師をされた時に謹慎中だった、アーミィ・イエストロイ公爵令嬢ですが、彼女が謹慎になった理由こそが、ユティバスに収監中の罪人に面会を求めたからなのです」
鼓動が跳ねる。
答えは目に見えているはずなのに、聞かずにはいられなかった。
「相手は誰ですか?」
「マリキス・ハイドです」
なぜ、アーミィがあいつに会いに行くんだ。
マリキスがイエストロイ公爵家と関係を持っているなんて話は聞いたことがないから、アーミィと奴に接点があるとは考えにくい。
「どうして彼女が……」
「以前、アーミィさんはマリキス様をお迎えにあがるとかなんとか言っていました。我々も本当に実行するとは思わなかったのです。公爵様にも報告したのですが、ひとまずは謹慎という形で処理されました」
「それで、アーミィは奴と面会できたのですか?」
「いいえ。門前払いされたと本人は言っていました。彼女を信じるのであれば、ですが」
接触はしていないのか。
理由はなんだ。マリキスに会うことで得られるメリットなんてあるのか。
いや、それよりもだ。
「……どうして俺に黙っていたんです?」
「坊ちゃんの前であの男の名前を出さないというのは暗黙の了解です。だから、リファお嬢様も学園長も私も言わなかったのです」
変に気を遣われた結果、俺は何も知らずにアーミィと交流したというわけだ。
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アーミィのアリバイは成立しているということか。
話を聞く限りではアーミィは白だ。
しかし、わざわざ罪人に面会を希望したことを考慮すると彼女は要注意人物だ。
学園に戻ったサーナ先生と入れ違うように俺の屋敷を訪れたのは、弟のトーマだった。
「トーマ!? なんで、お前がここに!?」
「兄さん。例の男の件で情報を得たので一時帰国したのです」
なんて良い奴なんだ。
トーマは水をがぶ飲みして本題を切り出した。
「奴が脱獄したのは昨日の昼頃。何者かが独房を解錠したということです。脱獄ルートは判明しておらず、絶海の孤島に建つユティバスからどのようにして内地に渡ったのか不明です」
「泳いだとか?」
「それは不可能です。その日は波が高く、船すらも出せない状態でした」
「脱獄しただけで海の藻屑と消えたとかは?」
「その可能性もあります。ただ、マリキスに似た男の姿はユティバスから一番近い国で目撃されています」
どうやって、そんな場所から脱獄したんだ。
仮にアーミィが共犯者だったとしても海を渡らせることなんて可能なのか。
「ありがとう、トーマ。俺はここを動けないから助かるよ」
「いえ。もし僕が見つけたら切り捨てて、ご報告にあがります」
トーマの目が冷え冷えしている。
うちの弟君は本気だ。
トーマもリファも俺たちの卒業式という祝いの席を汚したマリキスを心底、憎んでいる。
その気持ちは俺も変わらないが、二人の方が俺よりも手がはやく、何をするか分からない怖さがある。
「一つお願いしてもいいか?」
「何でも言ってください」
「南へ向かってくれないか。俺の考えすぎだと思うが、黒薔薇の咲く島を見てきて欲しい」
「分かりました」
「ちょっとは疑えよ」
「僕なんかに兄さんの考えは到底理解できません。兄さんに従うまでです」
転生していると気づいた時から俺への対応ががらりと変わったトーマは、絶対に俺に逆らわない。
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