たとえ破滅するとしても婚約者殿とだけは離れたくない。だから、遅れてきた悪役令嬢、あんたは黙っててくれないか?

桜枕

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第2章

第11話 待ち合わせしてみた

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 休日の王都は人通りが多い。
 ブルブラック伯爵領から一番近い町の喧騒とは全然違う。

 そんな町中で俺は待ち合わせ場所で愛する妻を待っている。

 学園での臨時講師とアーミィ公爵令嬢からのお願いを終えて、久々の休みはリューテシアと一緒に過ごしたい。
 でも、マンネリ化してつまらない男だと思われたくない。
 そんな葛藤の末に今日のデート当日を迎えた。

 雑多の中どこに居ても分かるのは、リューテシアが天使、いや、女神のオーラを隠しきれていないからだ。

 小走りで向かってくるリューテシアにここだ、と手を上げる。

「お待たせしまし――」

 リューテシアの声が止まったことで、「待ってないよ。俺も今来たところだから」というキザなセリフが行方不明になった。

「どうした、リュシー?」

 近づいて声をかければリューテシアは、はっとして手遊びを始めた。

「あの……。えっと」

 頬を染めてチラチラと俺を見上げる。
 その目は俺をダメにする魅惑的な瞳だから、可能であれば家でやってほしい。

「わたしの旦那様がかっこよくて」

 ぶはっ!!

 もう結婚して二年が経つ。それでも尚、この破壊力を持っているのか。

 俺の破滅ゲージはもう満タンだぞ。
 この調子ならデート中に限界を突破してしまう。

 かっこいいと言われて嬉しくないはずがない。
 しかし、俺の胸と頭の中を巡って、リピートするのは「わたしの旦那様」という言葉だった。

 いつもはお淑やかで、一歩引いているリューテシアの独占欲が垣間見えた気がして、たまらなく嬉しい。

「あ、ありがとう」

 気を抜くと気持ち悪い笑みを公衆の面前に晒してしまいそうで、視線を落としながら告げる。

 続いて、視線はリューテシアの足元から上へ。

「知らない服だ」

 リューテシアは常にドレスを着ているわけではない。
 最初こそ、王都のご婦人方の雰囲気に流されていたが、今では好きな洋服を着て外出するようになっている。

 今日は珍しく淡い色味のワンピースだった。

「ウィル様とのお出かけ用に購入したのです。でも、色がちょっと薄くて。馴染みのお店で仕立ててもらったのですが、いかがでしょう」

 デビュタント以降、すっかり黒に近い色を好むようになったリューテシアだからこそ、そう感じるのかもしれない。

「とっても似合っているよ。なにより可愛い」

「はい。わたしも可愛いと思います」

 何度かスカートを摘み、おかしくないか確認するリューテシアは何か勘違いをしているようだ。

「違うよ。可愛いのはリュシーだよ。ワンピースを着ている姿も、似合っているか心配している姿も、小走りの姿も、髪をハーフアップにしている姿も、全部可愛いよ」

 瞬間、リューテシアの頬はピンクを超えて、真っ赤になった。

「あの、わたしったら。勘違いを! そ、それに、そんなに連呼されては、あのっ」

「今の姿も可愛いよ」

「~~~~っ!!」

 これでは埒が明かない。
 エスコートして歩き出した俺の後をついてくるリューテシアはボソボソと何かを呟きながらクールダウンしている様子だ。

 やっとのことで落ち着いたのか、いつもの声色に戻ったリューテシアを振り向き、今日の予定を伝えようとした時――。

「お家で過ごすまったりとした時間は大好きですが、こうしてお外で待ち合わせというのは、婚約時代を思い出してドキドキしますね」

「んなっ!?」

 そんなことを言われては、俺も異常にドキドキし始めちゃったじゃないか。

 やってくれたな、リューテシアめ。

◇◆◇◆◇◆

 好評だというカフェテリアに入った俺たちは向かい合って座り、早速メニュー表と睨めっこを始めた。

 先に到着したドリンクに口をつけ「美味しいね」と笑い合っていると、フードメニューも運ばれてきた。

 お互いに食べたい物を注文して、シェアすることにしたから一瞬のうちにテーブルの上は賑やかになってしまった。

「マーシャルさんはお元気でしたか?」

 パフェを一口食べたリューテシアからの質問に頷き返しながら、パンケーキを頬張る。

「相変わらずだったよ。あっという間に王宮配属の魔術師になっちゃうんだから凄いよな」

「そんなことを言ったら、ウィル様は怪物になってしまいますよ」

 くすっと笑ったことで、できるえくぼが好きだ。

「俺のはコネだからな」

「ご謙遜を。剣術の腕前と、薬術の知識を併せ持つ人はいません。それに魔術もだなんて」

「ちょっ」

 口を滑らせそうになるリューテシアを注意して辺りを見渡す。

 王都での会話には要注意だ。どこで誰が聞いているのか分からないからな。

 万が一にも俺が魔術を使えることを、しかも奇跡の魔術師だなんてことが知られたら一大事だ。
 マーシャルにも言っていないのだからこの秘密は守り抜かないと。

「イエストロイ公爵の御令嬢はいかがでしたか?」

「大層、喜んでいたよ。あの子は才能があるから、マーシャルの元で学べば良い魔術師になるだろうね」

「学園でも魔術クラスなのですか?」

「いや、薬術クラスらしい」

「らしい?」

「俺が行った時は謹慎中で、授業に出ていなかったんだ」

 リューテシアは不思議そうに首を傾げた。

「なぜ謹慎中にも関わらず、ウィル様とお会いできたのですか?」

「あー、えっと。大人しく謹慎していなかったから、だね」

「まぁ」

 最後の一口を食べて、口元をお上品に拭いたリューテシアの手が伸びてくる。

「ダメなことは、ダメとはっきり言わないといけませんよ。めっ」

 はい。


 拝啓、親愛なるお母様。
 幸せすぎて怖いです。
 俺は明日にでも破滅してしまうのでしょうか。
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