50 / 84
第2章
第9話 やっと帰宅できた
しおりを挟む
揺れる馬車の速度がやけに遅く感じる。
はやる気持ちを抑えつける代わりに忙しなく足が動いてしまう。
目を閉じては開きを繰り返し、景色を見たり、本を読んだりして時間を潰した。
「着きました」
「ありがとう! 荷物は気にしないでくれ」
馬車の荷台からバッグを取り、飛び降りる。
たった一週間だけど、ものすごく懐かしい気持ちで屋敷を見上げる。
「戻ったぞ!」
ドアノッカーを壊す勢いで叩きつけ、使用人たちに帰宅を告げれば、すぐに扉が開かれた。
「おかえりなさい!」
「リュシー!?」
扉を押し開け、胸に飛び込んできたリューテシアを抱き締めながら転けないように足に力を込める。
まさか、リューテシアがいの一番に出迎えてくれるとは思ってもみなかった。
「リュシーだ。会いたかった」
「わたしもです。お勤め、ご苦労様でした」
夕日を反射して煌めくピンクブロンドの髪が揺れる。
「あっ。ウィル様からわたしの香りがします」
胸に顔を押しつけていたリューテシアは何度か匂いを嗅ぎ、俺を見上げて微笑んだ。
その笑顔の破壊力は半端ではなかった。
「分かる? お香を焚いちゃったんだよね」
「わたしの部屋から一つなくなっていたのはウィル様の仕業だったのですね」
「ごめん。出発前に急いで鞄に突っ込んだから。結構、探した?」
「怒ってなんていませんよ。別の人の香りがするよりもずっといいです」
「そんなわけないだろ。俺はリューテシア一筋なんだからさ!」
少しばかり大きな声を出してしまい、リューテシアは頬を染めて、したり顔だ。
俺の手を取り、自分の頬にすりすりする奥様が愛らしい。
そんな彼女に見惚れていると、リューテシアはおもむろに俺の手を鼻に近づけた。
「なんの香りでしょうか。……金木犀?」
ビクッ!!
そ、そうだ。
学園を出発する直前にアーミィに手を握られたんだった。
「あ、いや、これは違くて。感極まった教え子に握られただけなんだ!」
「感極まる?」
小首を傾げる姿は以前と同じで可愛らしいのに、声にトゲがあるような気がしてならない。
「と、とりあえず、中に入ろうか」
さすがに家の外で抱き合ったり、口論するのはマズイ。
素早く玄関に入ってみれば、使用人たちも勢揃いしていた。
「おかえりなさいませ、ウィルフリッド坊ちゃん。お荷物を」
「あ、ありがとう。リュシー、着替えを終えたら説明するよ。きみが心配するようなことはないから誤解しないで欲しい」
「分かりました。お聞きします」
使用人たちの前だから、キリッとした顔を作り直して一度私室へ向かう。
手早く着替えを終えてダイニングルームに向かえば、背筋を伸ばしたリューテシアが待ち構えていた。
ラスボス部屋に入る前の勇者の気分だ。
短く息を吐いてから着席して、この一週間の出来事を話した。
「――というわけで、イエストロイ公爵家の御令嬢にマーシャルを紹介することになってしまったんだ。そしたら手を握られてしまって。俺も驚いたよ」
「そういうことでしたか。早とちりしてしまい、申し訳ありません」
「いやいや! 疑われるようなことをした俺が悪いんだから!」
互いに謝り合っていると、ちょうど良いタイミングで扉が開き、暖かい料理が並べられた。
「料理長に頼んでウィル様の好きな物を作っていただきました」
リューテシアの言う通り、見事に好物しかない。
これではリューテシアが困るのではないか、と思ってしまいそうだが、俺と彼女の味覚は似ている。
普段は節制しているから、今日くらいは肉をたらふく食べても叱られることはないだろう。
「リュシーは何も変わったことはなかったか?」
「そうですね。特には……」
特には、か。
何もないことは良いことだけれど、それはそれで寂しいというか。
俺が会いた過ぎてお香を炊いたなんて、馬鹿みたいじゃないか。
そして、夜。
一週間ぶりの寝室のベッドに飛び込む。
学園の寮のものとは比べ物にならないくらいに上質なベッドは俺の体をしっかりと包み込んでくれる。
「ん? なんでこんな場所に俺の枕が?」
ふと、違和感を感じてベッドの真ん中に置かれた枕を持ち上げる。
「あっ。それは……っ!」
リューテシアは寝室だけは使用人に掃除をさせない。
一番のプライベート空間は自分で清掃すると言って聞かないのだ。大切な物の類もここに保管しているから、あまり人に入って欲しくないようだ。
「リュシー?」
ベッドの端に腰掛けていたリューテシアは耳まで真っ赤にして、自分の枕に顔をうずめた。
ぐりぐりと顔を押しつけ、しばらくしてから俺の方を向く。
「わたしだって、ウィル様を近くに感じたかったのです」
そう言ってまたすぐに枕で顔を隠す。
なんて、可愛いんだ。
大好きな人にそんなことを言われて、理性を制御できる男がこの世に存在するのだろうか。
俺は無理だ。
この世界に転生した時点で、下半身のだらしなさで破滅すると宣言された俺だが今日くらいはいいだろ!?
相手は他ならぬ、妻だぞ!
はやる気持ちを抑えつける代わりに忙しなく足が動いてしまう。
目を閉じては開きを繰り返し、景色を見たり、本を読んだりして時間を潰した。
「着きました」
「ありがとう! 荷物は気にしないでくれ」
馬車の荷台からバッグを取り、飛び降りる。
たった一週間だけど、ものすごく懐かしい気持ちで屋敷を見上げる。
「戻ったぞ!」
ドアノッカーを壊す勢いで叩きつけ、使用人たちに帰宅を告げれば、すぐに扉が開かれた。
「おかえりなさい!」
「リュシー!?」
扉を押し開け、胸に飛び込んできたリューテシアを抱き締めながら転けないように足に力を込める。
まさか、リューテシアがいの一番に出迎えてくれるとは思ってもみなかった。
「リュシーだ。会いたかった」
「わたしもです。お勤め、ご苦労様でした」
夕日を反射して煌めくピンクブロンドの髪が揺れる。
「あっ。ウィル様からわたしの香りがします」
胸に顔を押しつけていたリューテシアは何度か匂いを嗅ぎ、俺を見上げて微笑んだ。
その笑顔の破壊力は半端ではなかった。
「分かる? お香を焚いちゃったんだよね」
「わたしの部屋から一つなくなっていたのはウィル様の仕業だったのですね」
「ごめん。出発前に急いで鞄に突っ込んだから。結構、探した?」
「怒ってなんていませんよ。別の人の香りがするよりもずっといいです」
「そんなわけないだろ。俺はリューテシア一筋なんだからさ!」
少しばかり大きな声を出してしまい、リューテシアは頬を染めて、したり顔だ。
俺の手を取り、自分の頬にすりすりする奥様が愛らしい。
そんな彼女に見惚れていると、リューテシアはおもむろに俺の手を鼻に近づけた。
「なんの香りでしょうか。……金木犀?」
ビクッ!!
そ、そうだ。
学園を出発する直前にアーミィに手を握られたんだった。
「あ、いや、これは違くて。感極まった教え子に握られただけなんだ!」
「感極まる?」
小首を傾げる姿は以前と同じで可愛らしいのに、声にトゲがあるような気がしてならない。
「と、とりあえず、中に入ろうか」
さすがに家の外で抱き合ったり、口論するのはマズイ。
素早く玄関に入ってみれば、使用人たちも勢揃いしていた。
「おかえりなさいませ、ウィルフリッド坊ちゃん。お荷物を」
「あ、ありがとう。リュシー、着替えを終えたら説明するよ。きみが心配するようなことはないから誤解しないで欲しい」
「分かりました。お聞きします」
使用人たちの前だから、キリッとした顔を作り直して一度私室へ向かう。
手早く着替えを終えてダイニングルームに向かえば、背筋を伸ばしたリューテシアが待ち構えていた。
ラスボス部屋に入る前の勇者の気分だ。
短く息を吐いてから着席して、この一週間の出来事を話した。
「――というわけで、イエストロイ公爵家の御令嬢にマーシャルを紹介することになってしまったんだ。そしたら手を握られてしまって。俺も驚いたよ」
「そういうことでしたか。早とちりしてしまい、申し訳ありません」
「いやいや! 疑われるようなことをした俺が悪いんだから!」
互いに謝り合っていると、ちょうど良いタイミングで扉が開き、暖かい料理が並べられた。
「料理長に頼んでウィル様の好きな物を作っていただきました」
リューテシアの言う通り、見事に好物しかない。
これではリューテシアが困るのではないか、と思ってしまいそうだが、俺と彼女の味覚は似ている。
普段は節制しているから、今日くらいは肉をたらふく食べても叱られることはないだろう。
「リュシーは何も変わったことはなかったか?」
「そうですね。特には……」
特には、か。
何もないことは良いことだけれど、それはそれで寂しいというか。
俺が会いた過ぎてお香を炊いたなんて、馬鹿みたいじゃないか。
そして、夜。
一週間ぶりの寝室のベッドに飛び込む。
学園の寮のものとは比べ物にならないくらいに上質なベッドは俺の体をしっかりと包み込んでくれる。
「ん? なんでこんな場所に俺の枕が?」
ふと、違和感を感じてベッドの真ん中に置かれた枕を持ち上げる。
「あっ。それは……っ!」
リューテシアは寝室だけは使用人に掃除をさせない。
一番のプライベート空間は自分で清掃すると言って聞かないのだ。大切な物の類もここに保管しているから、あまり人に入って欲しくないようだ。
「リュシー?」
ベッドの端に腰掛けていたリューテシアは耳まで真っ赤にして、自分の枕に顔をうずめた。
ぐりぐりと顔を押しつけ、しばらくしてから俺の方を向く。
「わたしだって、ウィル様を近くに感じたかったのです」
そう言ってまたすぐに枕で顔を隠す。
なんて、可愛いんだ。
大好きな人にそんなことを言われて、理性を制御できる男がこの世に存在するのだろうか。
俺は無理だ。
この世界に転生した時点で、下半身のだらしなさで破滅すると宣言された俺だが今日くらいはいいだろ!?
相手は他ならぬ、妻だぞ!
14
お気に入りに追加
156
あなたにおすすめの小説

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~
こひな
恋愛
市川みのり 31歳。
成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。
彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。
貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。
※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。
樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」
大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。
はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!!
私の必死の努力を返してー!!
乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。
気付けば物語が始まる学園への入学式の日。
私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!!
私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ!
所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。
でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!!
攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢!
必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!!
やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!!
必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。
※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。
※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

豊穣の巫女から追放されたただの村娘。しかし彼女の正体が予想外のものだったため、村は彼女が知らないうちに崩壊する。
下菊みこと
ファンタジー
豊穣の巫女に追い出された少女のお話。
豊穣の巫女に追い出された村娘、アンナ。彼女は村人達の善意で生かされていた孤児だったため、むしろお礼を言って笑顔で村を離れた。その感謝は本物だった。なにも持たない彼女は、果たしてどこに向かうのか…。
小説家になろう様でも投稿しています。

元ゲーマーのオタクが悪役令嬢? ごめん、そのゲーム全然知らない。とりま異世界ライフは普通に楽しめそうなので、設定無視して自分らしく生きます
みなみ抄花
ファンタジー
前世で死んだ自分は、どうやらやったこともないゲームの悪役令嬢に転生させられたようです。
女子力皆無の私が令嬢なんてそもそもが無理だから、設定無視して自分らしく生きますね。
勝手に転生させたどっかの神さま、ヒロインいじめとか勇者とか物語の盛り上げ役とかほんっと心底どうでも良いんで、そんなことよりチート能力もっとよこしてください。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる