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第2章
第1話 また一人遅れてきた
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ピロン!
【ようこそ、『ブルーローズを君へⅡ』の世界へ。あなたはイエストロイ公爵家の――】
「ちょっと待って! ツー!? 今、ツーって言わなかった!?」
ガタンッ!
気持ちの悪い浮遊感と聞き慣れない電子音を途中で遮った少女は、机を叩き付けて立ち上がった。
そのあまりにも大きな音にクラス中が静まり返る。
「いくら公爵令嬢といっても授業中に居眠りはいけません。早くお座りなさい」
眼鏡を押えた鋭い眼光の女性教師の一喝を受け、少女は反射的に椅子に腰掛け直し、辺りをキョロキョロ見渡した。
(怒られちゃった)
場所は名門王立学園の教室。
今年入学したばかりの彼女は奇抜な髪の色をした同級生に目を見張る。
(ほへぇ。本当にゲームの世界だ。うわ、攻略対象キャラもヒロインもいる)
頭の中に響いた謎の電子音の内容を納得した少女はビシッと手を挙げ、医務室に行きます! と嘘をついて教室を抜け出した。
「アーミィ・イエストロイ。金髪というか、黄色髪がトレードマークの悪役令嬢。これが私……。これはあれだ。いわゆる、異世界転生ってやつ」
女子トイレに備え付けられた鏡を眺める。
自分の頬をつねり、髪を振り乱したアーミィは正しく現状を理解し、さっさと校舎をあとにした。
(ここがアオバラⅡの世界なら……あった!)
目的地は西門の壁。
そこには歴代の魔術大会優勝賞受賞者の名前が彫られている。
(マーシャル!! 推しの名前があった!)
今は授業中なのだから、ぴょんぴょん飛び跳ねても誰にも文句は言われない。
彼女は前世でプレイしたゲームの記憶を取り戻してご満悦だ。
続いて北門へと向かう。
途中、雑務に勤しむおじさんを見つけたが、話しかけられる前に公爵令嬢の気品で華麗にスルーして突き進んだ。
北門の壁には歴代の薬術大会優勝賞受賞者の名前が彫られている。
「前作ヒロインの名前発見! んー? これって誰ルートを進んだのかな?」
真っ先にリューテシア・ファンドミーユの名前を見つけたアーミィは視線をずらし、馴染みのない名前に釘付けになった。
「……ウィルフリッド? どちら様ですか。そんなキャラ居たかな。しかも特別賞ってなんだろ」
不思議なことに自分のプロフィールは思い出せないが、前世でプレイしていたゲームの内容だけは鮮明に思い出すことができた。
ただ、ウィルフリッドという人物の情報はない。
違和感に戸惑いつつも最後に東門へ向かう。
そこには歴代の剣術大会優勝者の名前が彫られている。
彼女が最も見たい人の名前が刻まれている場所だ。
「はわぁ! マリキス様!! 最推し! イケおじ最ッ高!」
恍惚の笑みを浮かべたのは一瞬で、マリキス・ハイドの名前に向かって手を合わせ、「ありがたや、ありがたや」と念仏のように唱えながら拝み倒した。
ふぅと気持ちを落ち着け、再度顔を上げる。
(えーと、クロード様も発見。あら、ディードの名前がないってことは彼のルートではない?)
彼女はアーミィ・イエストロイの記憶と、前世の記憶の一部を思い出し、統合して状況を整理している。
たった今、自分が転生していると気づいたばかりなのに、驚くほど冷静に行動できていた。
「トーマ。知らない名前だなぁ。ここでもウィルフリッド。いったい何者? これって薬術クラスと剣術クラスを掛け持ちしてたの!? 男なのに薬術クラス!? 異端!」
腕組みして思案顔のアーミィが唸り続ける。
そのとき、学園のチャイムが鳴った。
「ここがⅡの世界じゃなければなぁ。いや、待って。マリキス様はまだ学園にいるはず!」
そうと決めつければ善は急げだ。
次の授業は選択必修科目である薬術。一年生から三年生まで学年に関係なく一つの教室で行われる。
その担当教員こそが、彼女の最推しキャラであるマリキス・ハイドなのだ。
「遅れましたー」
「一年生のアーミィさんですね。内申点を減点しておきます。次からは気をつけるように。席はリファお嬢……失礼。リファさんの隣へ」
「はい。すみませんでした」
あまりにも素直なアーミィ・イエストロイの言動にクラス中が好奇な眼差しを向ける。
これまでのアーミィ公爵令嬢といえば、校則無視は当たり前。胸元を強調するように改造した制服を着こなす傍若無人な生徒だった。
それがたったの一時間で別人のようになってしまった。
「また一緒の席になりましたね」
「よろしくお願いします」
隣の席になったのは最上級生であるリファ・ブルブラック。
アーミィの記憶の中にはもちろん彼女のプロフィール情報も入っているが、アーミィに転生している少女の記憶の中にはリファなんて生徒は存在しなかった。
「あの! サーナ先生に質問があります」
「なんですか、アーミィさん」
「マリキス先生はどうしたんですか? なぜ、このクラスの担任をしていないのですか?」
「授業に関係のないことは質問しないように。減点した上でお答えします。あの人はこの学園に相応しくないと判断され、学園長によって懲戒免職となりました。現在は、ユティバスに収監されています」
アーミィの動揺は明らかだった。
(ユ、ユティバス――!? 前作の悪役令嬢、カーミヤ・クリムゾンがヒロイン毒殺未遂の罪で幽閉されていた刑務所!)
そんな場所に推しのキャラが収監されているとなれば、心中穏やかではない。
それもそのはず、前作の隠し攻略対象キャラであるマリキスにそんなエンディングは用意されていないのだ。
「そんな……。マリキス様に会えると思っていたのに」
「マリキス、さま? 失礼ですが、あの方は私の兄から婚約者を奪おうとした上に、卒業式と言う晴れの舞台を台無しにした罪人ですよ。そんな人に敬称をつけるなんて人格を疑います」
「罪人?」
アーミィは一瞬のうちに記憶を呼び起こし、二年前の卒業式に何が起ったのか情報を得た。
マリキス・ハイドが前作のヒロインであるリューテシア・ファンドミーユを辱める行為をしたのは間違いない。しかし、懲戒免職は納得できても、監獄に収監されるはずがないのだ。
「……私の記憶が混濁している。いや、改竄《かいざん》されている?」
「さっきから何をぶつぶつと言っているの?」
「すみません、先輩。お兄様というのは、ウィルフリッド・ブルブラックですか?」
「えぇ。この世で一番婚約者想いの方、私が敬愛している自慢の兄です」
アーミィが不敵に笑う。リファも負けておらず、普段は絶対に見せない人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
(そのウィルフリッドという謎のキャラがヒロインを掻っ攫ったの? それで、マリキス様が悪役に堕とされたということ?)
我慢できずに、くくくっと喉が鳴る。
「つまり、マリキス様はフリー!!!!」
「フ、フリー!? アーミィさん、話を聞いていましたか? 彼は脱獄不可能とされるユティバスに収容されているのですよ」
薬術クラスの担任サーナ先生の制止を振り切ったアーミィは、学園の屋上まで続く階段を駆け上り、フェンスの上によじ登って叫んだ。
「アオバラⅡの世界なんていらない! マリキス様、この私がお迎えにあがります! 今しばらく、お待ち下さい!!」
その声を聞きつけ、生徒たちが教室の窓から顔を覗かせる。
アーミィはまずは剣術クラスが授業をしている闘技場へ。続いて魔術クラスの特別教室へ。出会える全ての攻略対象キャラとヒロインに向かって宣言した。
「私はおなたたちの相手をしている暇はありません! 恋愛ごっこならお好きにどうぞ! 私は推しのために命をかけ、この乙女ゲームを放棄します!」
ピロン! ピロン! ピロン! ピロン! ピロン! ピロン! ピロン!
彼女の頭の中では警戒音がけたたましく鳴り響いている。
しかし、アーミィ・イエストロイは止まらない。
乙女ゲーム『ブルーローズを君へⅡ』の舞台である王立学園から逃亡した彼女は、推しの待つ監獄へと歩みを進めた。
【ようこそ、『ブルーローズを君へⅡ』の世界へ。あなたはイエストロイ公爵家の――】
「ちょっと待って! ツー!? 今、ツーって言わなかった!?」
ガタンッ!
気持ちの悪い浮遊感と聞き慣れない電子音を途中で遮った少女は、机を叩き付けて立ち上がった。
そのあまりにも大きな音にクラス中が静まり返る。
「いくら公爵令嬢といっても授業中に居眠りはいけません。早くお座りなさい」
眼鏡を押えた鋭い眼光の女性教師の一喝を受け、少女は反射的に椅子に腰掛け直し、辺りをキョロキョロ見渡した。
(怒られちゃった)
場所は名門王立学園の教室。
今年入学したばかりの彼女は奇抜な髪の色をした同級生に目を見張る。
(ほへぇ。本当にゲームの世界だ。うわ、攻略対象キャラもヒロインもいる)
頭の中に響いた謎の電子音の内容を納得した少女はビシッと手を挙げ、医務室に行きます! と嘘をついて教室を抜け出した。
「アーミィ・イエストロイ。金髪というか、黄色髪がトレードマークの悪役令嬢。これが私……。これはあれだ。いわゆる、異世界転生ってやつ」
女子トイレに備え付けられた鏡を眺める。
自分の頬をつねり、髪を振り乱したアーミィは正しく現状を理解し、さっさと校舎をあとにした。
(ここがアオバラⅡの世界なら……あった!)
目的地は西門の壁。
そこには歴代の魔術大会優勝賞受賞者の名前が彫られている。
(マーシャル!! 推しの名前があった!)
今は授業中なのだから、ぴょんぴょん飛び跳ねても誰にも文句は言われない。
彼女は前世でプレイしたゲームの記憶を取り戻してご満悦だ。
続いて北門へと向かう。
途中、雑務に勤しむおじさんを見つけたが、話しかけられる前に公爵令嬢の気品で華麗にスルーして突き進んだ。
北門の壁には歴代の薬術大会優勝賞受賞者の名前が彫られている。
「前作ヒロインの名前発見! んー? これって誰ルートを進んだのかな?」
真っ先にリューテシア・ファンドミーユの名前を見つけたアーミィは視線をずらし、馴染みのない名前に釘付けになった。
「……ウィルフリッド? どちら様ですか。そんなキャラ居たかな。しかも特別賞ってなんだろ」
不思議なことに自分のプロフィールは思い出せないが、前世でプレイしていたゲームの内容だけは鮮明に思い出すことができた。
ただ、ウィルフリッドという人物の情報はない。
違和感に戸惑いつつも最後に東門へ向かう。
そこには歴代の剣術大会優勝者の名前が彫られている。
彼女が最も見たい人の名前が刻まれている場所だ。
「はわぁ! マリキス様!! 最推し! イケおじ最ッ高!」
恍惚の笑みを浮かべたのは一瞬で、マリキス・ハイドの名前に向かって手を合わせ、「ありがたや、ありがたや」と念仏のように唱えながら拝み倒した。
ふぅと気持ちを落ち着け、再度顔を上げる。
(えーと、クロード様も発見。あら、ディードの名前がないってことは彼のルートではない?)
彼女はアーミィ・イエストロイの記憶と、前世の記憶の一部を思い出し、統合して状況を整理している。
たった今、自分が転生していると気づいたばかりなのに、驚くほど冷静に行動できていた。
「トーマ。知らない名前だなぁ。ここでもウィルフリッド。いったい何者? これって薬術クラスと剣術クラスを掛け持ちしてたの!? 男なのに薬術クラス!? 異端!」
腕組みして思案顔のアーミィが唸り続ける。
そのとき、学園のチャイムが鳴った。
「ここがⅡの世界じゃなければなぁ。いや、待って。マリキス様はまだ学園にいるはず!」
そうと決めつければ善は急げだ。
次の授業は選択必修科目である薬術。一年生から三年生まで学年に関係なく一つの教室で行われる。
その担当教員こそが、彼女の最推しキャラであるマリキス・ハイドなのだ。
「遅れましたー」
「一年生のアーミィさんですね。内申点を減点しておきます。次からは気をつけるように。席はリファお嬢……失礼。リファさんの隣へ」
「はい。すみませんでした」
あまりにも素直なアーミィ・イエストロイの言動にクラス中が好奇な眼差しを向ける。
これまでのアーミィ公爵令嬢といえば、校則無視は当たり前。胸元を強調するように改造した制服を着こなす傍若無人な生徒だった。
それがたったの一時間で別人のようになってしまった。
「また一緒の席になりましたね」
「よろしくお願いします」
隣の席になったのは最上級生であるリファ・ブルブラック。
アーミィの記憶の中にはもちろん彼女のプロフィール情報も入っているが、アーミィに転生している少女の記憶の中にはリファなんて生徒は存在しなかった。
「あの! サーナ先生に質問があります」
「なんですか、アーミィさん」
「マリキス先生はどうしたんですか? なぜ、このクラスの担任をしていないのですか?」
「授業に関係のないことは質問しないように。減点した上でお答えします。あの人はこの学園に相応しくないと判断され、学園長によって懲戒免職となりました。現在は、ユティバスに収監されています」
アーミィの動揺は明らかだった。
(ユ、ユティバス――!? 前作の悪役令嬢、カーミヤ・クリムゾンがヒロイン毒殺未遂の罪で幽閉されていた刑務所!)
そんな場所に推しのキャラが収監されているとなれば、心中穏やかではない。
それもそのはず、前作の隠し攻略対象キャラであるマリキスにそんなエンディングは用意されていないのだ。
「そんな……。マリキス様に会えると思っていたのに」
「マリキス、さま? 失礼ですが、あの方は私の兄から婚約者を奪おうとした上に、卒業式と言う晴れの舞台を台無しにした罪人ですよ。そんな人に敬称をつけるなんて人格を疑います」
「罪人?」
アーミィは一瞬のうちに記憶を呼び起こし、二年前の卒業式に何が起ったのか情報を得た。
マリキス・ハイドが前作のヒロインであるリューテシア・ファンドミーユを辱める行為をしたのは間違いない。しかし、懲戒免職は納得できても、監獄に収監されるはずがないのだ。
「……私の記憶が混濁している。いや、改竄《かいざん》されている?」
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「えぇ。この世で一番婚約者想いの方、私が敬愛している自慢の兄です」
アーミィが不敵に笑う。リファも負けておらず、普段は絶対に見せない人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
(そのウィルフリッドという謎のキャラがヒロインを掻っ攫ったの? それで、マリキス様が悪役に堕とされたということ?)
我慢できずに、くくくっと喉が鳴る。
「つまり、マリキス様はフリー!!!!」
「フ、フリー!? アーミィさん、話を聞いていましたか? 彼は脱獄不可能とされるユティバスに収容されているのですよ」
薬術クラスの担任サーナ先生の制止を振り切ったアーミィは、学園の屋上まで続く階段を駆け上り、フェンスの上によじ登って叫んだ。
「アオバラⅡの世界なんていらない! マリキス様、この私がお迎えにあがります! 今しばらく、お待ち下さい!!」
その声を聞きつけ、生徒たちが教室の窓から顔を覗かせる。
アーミィはまずは剣術クラスが授業をしている闘技場へ。続いて魔術クラスの特別教室へ。出会える全ての攻略対象キャラとヒロインに向かって宣言した。
「私はおなたたちの相手をしている暇はありません! 恋愛ごっこならお好きにどうぞ! 私は推しのために命をかけ、この乙女ゲームを放棄します!」
ピロン! ピロン! ピロン! ピロン! ピロン! ピロン! ピロン!
彼女の頭の中では警戒音がけたたましく鳴り響いている。
しかし、アーミィ・イエストロイは止まらない。
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